第7話 007

 アミエイラは俺から手を離すことなく引っ付きながら歩く。正直、歩き辛いのだが、今までにないデレ具合なので、このままにする。


 っと。そう言えば、訊いてないことがあった。アミエイラがとても可愛いから忘れてた。


「なあアミエイラ」


「なに?」


「その、『大罪の刻印』をお前から取り除く? 解除する? まあ、要はお前から『大罪の刻印』を消したいわけなんだが、その刻印が現れた日に、なにか特別なことはあったか?」


 そう。アミエイラの刻印をどうにかしなくては、アミエイラが魔王を倒したところで、堂々と村に戻ることはできないのだ。


 それに、いつまでもあっていいものでもないしな。アミエイラには、普通に喋って、普通に笑ってもらいたい。刻印を受け取る前のように、無邪気に笑っていてほしい。


 まあ、俺がアミエイラの満面の笑みを見たいだけって言うのもあるんだけどな!


 俺がそんなことを考えている間にも、アミエイラは考えるようなしぐさを見せる。が、残念そうに首を横にする。


「昔のことだから、あまり覚えてない……」


「そうか……」


 まあ、刻印を刻まれたのも何年も前の話だ。憶えていなくても仕方がない。


 しかし、『大罪の刻印』とはそれなりに有名なはずだ。帰ったらおっさんに訊いてみよう。あの人、見た目に反して博識だしな。


「あ、でも、刻印を刻まれたとき、声が聞こえてきた……気がする」


「声? って、気がするって……」


 俺が少しだけ呆れたように言うと、アミエイラは頬を膨らませる。


「だって痛かったんだもん。痛いから、憶えてなくてもしかたないもん」


 もんって……今日は連発絶好調ですね。


 ともあれ、確かに、痛みが酷ければ声を聞くどころでもないか。


「悪かったよ。それで、その声はなんて言ってたんだ?」


 ふてくされるアミエイラの頭を撫でながら訊く。


 アミエイラは、頬を膨らませたまま考えるそぶりを見せる。いや、考えると言うよりは思い出すと言った方が正しいか。


「……確か、僕は神、君に力を与える。これは勇者足りえる君にしかできないことだ。すまないが、君には『傲慢』を背負ってもらう……みたいなこと」


「はあ?」


 アミエイラの言葉を聞いた瞬間、俺は自分でも驚くほど低い声が出てしまった。


 しかし、それもしかたないことだ。


 なにせ、それはきちんと自己紹介をしていて、その自己紹介を聞いて俺が気付かないわけがないのだから。


「あいつ……こんなの聞いてねぇそ……ッ!」


 神。確かにアミエイラはそう言った。


 神と聞いて、俺に思い当たるのは一人しかいない。俺をこの世界に送ったあの男だ。


 俺は知らず拳に力が入る。


「カナト……何やってるの? 変な顔してるよ? とても不細工」


「……ああ、悪い」


 心配そうな顔で俺を見上げるアミエイラ。俺は、力んだ手から力を抜く。


 ここで怒り狂っても仕方がない。ここではあいつに文句も言えないのだ。次に会える機会があれば問いただしてやる。


 俺はそう心に決めると、自分を落ち着けるために一度深呼吸をする。


「っし! 悪かったな、嫌なところ見せちまって」


「うん。本当。見苦しかった……」


 俺の謝罪に、アミエイラはふるふると首を振る。相変わらずの毒舌ではあるが、彼女の表情と合致していない。けれど、彼女の気持ちはきちんと伝わってくる。


 彼女が、俺のことを心配してくれているのが嬉しく、俺は自然と頬が緩む。


「お二人さ~ん! いちゃいちゃしてるところ悪いけど、もうすぐ街が見えてくるよ~」


 振り返りながら、俺たちに言うシア。その顔はにやにやと邪な笑みを浮かべていた。


 これは、後で絶対からかわれるな……。


 今からかってこないのは、温情か、それとも現状を鑑みての判断か。まあ、なんにせよだ、少し気を抜きすぎた。ちゃんと気を引き締めないとな。


「そういや、行きはなんも無かったな」


「だね~。ってことは、帰りに襲撃されたのかな?」


「どうだろうな。タイミングが合わなかっただけかもしれん。なんにせよ、気を抜くなよ?」


 そう言ったレイの視線は俺たちの方を向いており、その言葉はからかい半分、本気の忠告半分といったところだ。


 俺はレイとシアの気づかいに、微苦笑をもらす。


「分かってるよ。それよか、もうすぐ見えてくるんだろ? どれがそれ?」


 恥ずかしながら、俺はコールタには一度しか言ったことが無い。だから、もうすぐ街が見えてくると言われても、どれが見え始めるのか分からなかった。


「ああ。そろそろ、大きな時計塔が――――」


「ちょっと、まて……様子が可笑しいぞ!」


 レイの声を遮って、イルミナスのパーティーメンバーの一人が声を上げる。


 そして、俺以外の全員がその異変に気づき始めた。


 俺は何が変なのかが分からず、疑問を浮かべるばかりだ。しかし、皆の尋常じゃないくらいの緊迫感が、その異変がただ事ではないということを教えてくれた。


「急ぎましょう」


 イルミナスが、常の涼し気な声を潜め、焦ったように言う。


 その言葉に否応は無く、皆一斉に駆け出す。


 走って行けば、俺もその違和感にたどり着けると思った。何が変で、何があったのか、それを知ることができると。


 前に進めば必然的に街が見えてくる……はずなのに。


 草木も無く、酷く開けた場所で俺たちは足を止めた。そこには何もなく、ただただ広大な空間が広がるばかりだ。


 俺はなぜか、その空間に、ゾッとするほどの寒気と、胃が痛くなるほどの嫌悪感を覚えた。


「お、おい。街はもうすぐじゃなかったのか?」


 嫌な感覚を抑えながら、未だ見えぬ街に、俺は誰にでもなく訊ねる。が、皆信じられないものでも見たかのような表情で固まっており、俺の問いに答える者はいない。


 隣に立つアミエイラを見ても同様で、彼女にしては珍しく驚愕をあらわにしていた。


 皆が思考停止している中、俺は必死に考える。


 俺まで思考停止してしまっていては、それこそ時間を無駄にする。


 俺は、今ある全ての情報を統合して、皆が驚いている理由を推察する。そして、この現状の異常さを理解しようとする。


 考えろ。ヒントはあったはずだ。


 未だ見えぬ街。草木の生えぬ広大過ぎる空間。遠くから見えるはずなのに、まったくもって影も形も無かった大きな時計塔。皆の驚愕の度合い。


 そこまで考えれば、一つ二つは思いつく。その中で一番最悪で、一番度し難いほどの驚愕を俺に与えた答えが、目の前の状況の答えだ。


「ああ、そうかよ。そう言うことかちくしょうッ!!」


 ここにいたって、俺も理解する。コールタの街に何があったのか。


 確かに、これなら驚いちまってもしかたない。気付いた俺もそんなことがあり得るのかってくらいに驚いちまってる。


 けど、現にそれを肯定する状況が揃っちまってる。


「つまり、こういうことか! ――――この広大な空間こそが、街がここにあった証で! ここにあった街は、人も、建物も、何もかも残さずに消えちまったって! そう言うことかよ!!」


 俺は怒鳴るように俺が思い至ったことを言い放つ。


 いったいどうなってんだ! なんだって、こんなことに!


 俺は必死にこうなった理由を考えようとするが、なにも思い浮かばない。それはそうだ。どうやったら街がいきなり消えるって言うんだ? こんな大きな街が、誰に気付かれることなく、どうやって消えることができるんだよ? 人も、物資も、全部が全部消えちまってる。こんなこと、あり得るのか? いや、あり得るあり得ないはこの際置いておく。


 今は――


「おいお前ら! いつまで呆けてるつもりだ!」


 俺は大声で怒鳴りつけて全員の意識を現実に向ける。


「キャパ超えたからっていつまでも固まってんじゃねぇ! 一刻も早く街に戻るぞ!」


「あ、ああ!」


「わ、わかった!」


 俺は踵を返して走り出す。その俺の行動に、遅れることなくアミエイラが付いて来る。それに少し遅れて、レイとシア、イルミナス一行が追従する。


 とは言っても、今から超特急で戻ったとしても一日はかからずとも半日以上はかかる。途中休憩と野営を挟んでも一日以上かかる。もうすぐ夜だ、野営は免れない。


 どうする! そうこうしているうちに今も街が襲われてるかもしれねぇ! しかも、正体が分からねぇんじゃあ、着いたとしても対応のしようがない! そもそも、街一個消す相手だぞ? 対策なんてできるのか? 


 走りながら目まぐるしく思考を働かせる。けれど、一向に良案は浮かばない。


 どうするんだ? どうするのが正解なんだ? ……クソッ! なにも思い浮かばねぇ!


 打開策が見つからず、俺は焦燥感に襲われる。


 誰か良案を思いついてはいないかと、ちらりと他のメンバーの顔を見てみれば、皆同様に険しい顔をしていた。


 まあ、そうだよな……。


 そう都合よく打開策など見つかれば苦労はしない。


 俺たちは、焦燥感をその胸に抱きながら、その焦燥感を誤魔化すためにただひたすらに走り続けた。街がまだ無事であることを祈りながら。






 途中で野営を挟みながら走り、明け方付近になり俺たちはようやく街にたどり着いた。


 火の手も喧噪も無い。門番の姿も見える! 


 俺たちは誰からともなく、安堵の息を漏らす。が、走るペースは落とさない。


「おお、お前たちか。そんなに慌ててどうした? 何かあったのか?」


 門に近づけば馴染みの門番がそう声をかけてくる。呑気な問いかけだが、現状を知らないのであれば仕方がないだろう。


「説明は後だ! 手続きも後回しにしてくれ! 今は時間が惜しい!」


「わ、わかった。今門を開ける!」


 俺の剣幕に押されたのか、それとも並々ならぬ雰囲気を感じ取ったのか、門番はすぐに門を開けてくれる。


 門が開ききる前に俺たちは街に入る。


 早朝すぎて人はあまりいないが、それでも街に人がいることにまた安堵してしまう。


 しかし、安堵してばかりもいられない。まだ、何も解決してはいないのだから。


 疲れ切った足に鞭を打って走る。


 目指すは領主の館だ。本来であればギルドを通して話を進めるべきなのだが、そんな時間は無い。が、全員で来ても非効率的だ。それに、その役目は俺よりも適任がいる。


「イルミナス! お前は領主の方に行って直接事の次第を報告してくれ! 俺たちはギルドに向かう!」


 イルミナスは実家が爵位持ちの騎士だ。一介の冒険者の俺たちが行くよりかはすんなり通してくれるはずだ。


「了解した。こちらは任せたまえ」


 そのことをイルミナスも理解しているのか、俺の頼みに嫌な顔一つせずに頷く。


 公私混同はしないってか。できる男は違うねぇ。


 なんて、いつも通りの愚痴を胸中で呟く。言葉にしないのは、そんなことを言っている場合ではないからだ。


 ともあれ、イルミナス達と別れギルド方に向かおうとしたその時。


「「――――――ッ!!」」


 今までに感じたことの無いような嫌悪感と悪寒が俺を襲う。隣のアミエイラも似たような反応を示しているが、それどころでは無かった。


「おい、どうした?」


「どうしたの二人とも! 止まってる場合じゃないよ!」


 そんなことは分かっている。けれど、思わず止まらざるをえなかった。


「どうしたんですか?」


 俺たちの異変に気づき、イルミナスが踵を返して戻ってくる。


「分からん。二人とも急に足を止めたんだ」


 イルミナスの問いに、レイが答える。


 その会話も、会話をしていることだけは分かるのだが、内容が入ってこない。


 体は強張り、冷汗がとめどなく溢れてくる。


 俺は、かつてないほどの緊迫感に襲われていた。


 俺は、俺たちは振り返る。


 何故だか知らないが、俺たちには分かっていた。それがもうそこまで迫っていることに。


 振り返った先には朝日が昇っており、その陽光は温かだった。だと言うのに、俺の冷汗は更に流れ、悪寒も激しさを増す。


 ――――そうして、それはやってきた。


 太陽を隠すほどの巨体。しかし、その体は虫食いのように穴が開いており、日の光を透過させてしまっている。さらには、その巨体は体を自由自在に変形させ、定形を持たずに飛行する。


「ん? なんだ、あれは……」


 その異様な者に、レイも気づいたのか声を漏らす。


 他の者も、レイの言葉につられてそれを見やる。


「なにあれ。変な形してる」


「変な形、と言うより、変形していますね」


 呑気に会話をしているようで、その声は堅い二人。


「違う、あれ、変形してない……」


「え?」


 慄きながら声を漏らすアミエイラ。


「ああ、そもそもあれは生物としての形じゃねぇ」


 俺もなんとか声を出す。そして、同時に戦闘態勢をとる。


 空を飛ぶそれは徐々にこの街に近づいてくる。


「まず、一体じゃねぇ。複数だ」


「それも、小型の。それこそ、虫と同じくらいの」


 ことここに至って、俺は確信する。


 ああ、こいつが俺たちが追い求めていたものだと。倒すべき仇敵なのだと。


「自然の摂理だ。小さく弱いものは集団を作る」


「それで、自身を大きい存在に錯覚させて身を守る」


「まさか……あれはッ!」


 俺とアミエイラの状況把握を含めた説明。そんな自身で整理するだけの言葉で、レイが察する。


「つまるところ、あれは群れだってことだ!!」


「それも、相当質の悪い、害意の強い群れ」


「――ッ!! 全員戦闘態勢!! 住民を起こして避難を開始してください!!」


 イルミナスは、群れの正体が聞くまでも無く危険なものだと理解しているのか、すぐさまメンバーに指示を出す。


「おれは領主様にこのことを告げに行きます。皆様、お気をつけて」


 そう言って、自分の役割を理解しているので、すぐさま行動に移す。


「ああ、そっちも気を付けろよ」


「ええ、お互いに」


 そう言って、イルミナスは走り出す。


「カナト、オレたちはどうする?」


 レイが槍を抜き放ち問うてくる。その横でシアが杖を構える。


「レイとシアはギルドに向かって、このことを伝えてくれ」


「了解した」


「二人はどうするの?」


「俺たちは……」


 俺はアミエイラを見る。


 アミエイラは、何も言わずに頷く。俺も、アミエイラに頷き返す。


「俺たちは、あれに用があってな。悪いが一番槍は譲ってもらうぜ?」


「……そうか。残念だ、一番槍はオレがいただきたかったんだがな」


「まあ、槍使いだもんな」


「まあな」


 俺の茶化した言葉に、レイは微笑む。


「気を付けろよ」


「お前もな」


 そう言って、俺たちは互いに拳を打ち付けると、自分のやるべきことをやるために走り出す。


「アミエイラ!」


「なに?」


 走りながらアミエイラに問う。


「あれが、恐らくは」


「うん、多分そう」


 『大罪の刻印』を持つ者と修正する者、二人の意見が一致している。


 つまり――


「あれが魔王ってことで、間違いないわけだ!」


 俺たちは二年の旅路の果て、ようやく倒すべき敵と対峙した。

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