Alter Resort
白神九或
序章 login
時や場所、そして思いは違えど、皆一様にこの運命は違えなかったらしい。あるいは、小さな電子端末の中だったり、被り物の中に見えていたり、はたまた空中に映し出されたものだったのかもしれない。それでもここで交われたのは、きっと必然だった。
現実と見紛うほど高画質な空に、鈍色の塔が高く聳え立つ。電子の世界なのに広場の芝生や街路樹からは青い匂いが感じられる。そして、そこでは見たことないはずの知り合いの顔触れが一様に当たりを見回していた。その表情は高揚と期待に満ちているように見えた。実際、自身のこの胸の高鳴りもそういった感情を顕実に表していた。
ようこそ、Alter Resortへ。
パスワード:⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎
「わぁ......!」
金髪を揺らし、花螢は目を輝かせる。目に写るのは、電子の世界、Alter Resort 。ここにはなんでもあるとガクトとるしから聞いていたが、それ以上に光る世界に新鮮さを覚え、感嘆をこぼしていた。
「めっちゃ整備されてるじゃん。」
ふいに呟く声に振り向くと青い衣装に身を包んだ少女が辺りを物色していた。その後ろでは、魔法使い風の女の子がクルクルと自分の姿を眺めていた。
「あおちゃん......?しおちゃん......?」
花螢は二人に会ったことなどない。しかし、その二人はよく知るあの二人であることが、分かる。かく言う自分自身も今まで鏡で見ていた自分とは違うはずなのに、これは自身だと思えてしまう。たとえ、その姿が今まで自分の空想で理想の姿であると知っていても妙にしっくりきてしまうなんて事が起きているのだ。
「すごい!かほんぬだ!本物だ!」
そういって自分たちがあれだけ眺めたり、描いたりしていたピンクの少女に笑顔を向けられるとたちまち照れ臭さと歓喜が溢れてくる。そして、『花螢』は答えるように笑顔で向き直るのだった。
花螢がログインする少し前......。
(いったぁ!)
鮮烈な痛覚。ふわふわとしていた感覚は確かに掌と膝にヒリヒリと脳へ認知されていく。
PCの前にいたはずだった私はここに落とされたみたいだ。
全ての理想が集うAlter Resort、通称AR。
色んなデバイスからある手順を踏むことで、こうして入り込むことができる体感型仮装世界。
「にしてもリアルすぎん?」
膝の土を払いながら立ち上がる。おそらくログインが無事にできたらしい。スポーンした瞬間からのこの体の重み、痛み。現実世界のモノとよく似ていてあまり違和感がない。
あたりを見回す。公園のような広場のような場所のようで、遠くには灰色の奇抜な形の建物が見える。
「ここでは、何でも叶う......ね。」
ここの運営をしている会社からのメールによると、私たちはベータテスターらしい。ここは自分の叶えたい理想を持っていて、尚且つ高いソウゾウリョクを持つ人間が自由に世界を育むための仮装電脳空間で、私を含む14人が試験的に送り込まれたそうだ。ゆくゆくは世界中の人たちがこの場所で理想実現を、云々。まぁ少々思想が強そうな文面ではあったが、ここでの話はそう悪くないし、何より楽しそうであることはまず間違いない。
風が吹くと青い髪がなびいた。そっか、もう始まってるのか。私たちは事前に”理想の姿“を同じベータテスターのメンバーにすでに“実現”してもらった。それが、今のこの姿。それは自分のなりたい姿であったり、好きなものであったり、はたまたこれから紡ぐ話の主人公の形をしている。
「思ったよりスースーするかも。冬とかちゃんと寒いんかな。」
新しい自分を目にしてまだなんだかむず痒いけど、この高揚は確かに自分のモノなのだ。
「みんなまだかな。」
早くこの感覚を共有したい。そう思うと足は軽く、まだ見ぬそしてよく知った仲間を探しに駆けるのだった。
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