令和五年(二〇二三)八月
知的障害者にタゲられたらどうする?
ここ数ヶ月、就労移行支援事業所(以下、就労移行)という所に通っている。就職の予備校みたいな所だと思ってくれたらいい。
自分は無職の時期が長引いたので、再就職に手こずっており、一人で戦うには心もとないために、そういう場所へ通う事になった、という訳だ。
就労移行では、知的障害者・身体障害者・精神障害者の三者が一緒になっている。知的障害者や身体障害者は、精神障害者の自分にとっては、今まで交流がなかった人達なので、新鮮な気持ちで通所している。
貸与されたPCで仕事を探し、紹介状をもらいにハローワークへ行く。それ以外にも、ビジネスマナー講習やエクセル、ワード、パワーポイントの学習時間などもある。半年に一度、技能検定試験も実施している。
そういう事業があるなんて、全然知らずに一年間、ひとりで孤独に就職活動をしていた。
それに比したら孤独さによるしんどさはかなり減った。仕事そのものはなかなか決まらないけれども。
七月六日の午前に、スタッフのI上さんと面談した。内容はA樹さんとの件である。
A樹さん。男性。軽度(と思われる)知的障害者で十八才。高校を卒業したのはついこの前。身長一八〇センチを越えてると思われる。おかっぱ頭。
パソコンが好きらしい。電車のシミュレーターをやってると聞いた気がする。よく自分に声優の話をしてくる程度に声優が好きらしい。
でも、文化放送A&G+(声優オタクなら知ってるであろうサイト)の話をしても、ピンとこなかったりする程度の深さといった所のようだ。
開襟シャツにスラックス。スニーカー。昼に一品を多く持ってきており、ゆっくり食べている。猫を飼っているらしい。語尾が小さくなる傾向が強い。こんな所だろうか。
さて、I上さんとの面談で伝えた事は以下の通りで、順不同・時系列も雑だ。
脈絡なく、相手氏にキスしたいと言われた件。
「ひかる」と下の名前のみ、唐突に言われた件。
「好きです」と言われた件。
個々の出来事はともかく、連続すると精神の負担とダメージがでかいという事。就労移行を辞める選択肢もあるかなって程度に考えてる、なぜなら逃げるためにだ。というのを伝えた。
スタッフ氏はドン引きしつつ聞いていた。相手氏は人間らしく、自分の都合しか考えないワガママさを持っている。彼が自分へ、言いたい事を一方的に言って、引き上げる事なんかがそうだ。
スタッフ氏からは「記憶力が悪いように見えて、案外自分の言葉も覚えていますね」そういう邪悪さも共有できた。
天使のような知的障害者なんておらんのだ、それぞれ人間くさい部分を持っているのだ。それが多分、多数の障害者の実際なのだろう。
I上さん曰く、自分が辞める必要はなく、場合によっては相手氏が辞めさせられるだろう、とも話してくれた。
逆に、自分が聞いてドン引きしたエピソードがあった。それは、入退出をタブレットで管理してるのだけど、その田上の項目に相手氏の写真(自撮りだ)をどんどん撮影しまくっていたという事だ。
自己他者の境界があいまいな、子どもがやるようなイタズラ、ないし問題行動をしていたという点だ。
察するに、二つの解釈や分析がなりたつ。自分(田上)と一緒になりたい、田上になりたいがために行う問題行動だと考えられる。
もうひとつは自分の気を引くための問題行動だと思われる。その思考や過程は脇に置いておいて、結果だけにフォーカスしたら、見えてくるのは問題行動だけだ。他者(田上を含む利用者全員)の迷惑を考えてない。
そこには、衝動の結果しかない。
そして、知的障害者ゆえの語彙力のなさからくる、つたない言葉だ。いや、言語にすらなってないだろう。それは自分にとっては嫌悪感であり、コミュニケーションの拒絶であると感じられるのだ。
相手氏は、田上とコミュニケーションした気になって満足しているが、自分にはそうは感じられない断絶やギャップがある。それはとても辛い。そしてこの知的障害者とどう向き合ったらいいかの答えが出てくるのだ。
言葉を尽くすのだ。子どもにも伝わる表現で、ゆっくりと。だがしかし、それが無駄だと分かったら……悲しいが、無視するに限る。それしか思いつかない。
だがしかし、そうしたら、いきなりアイスピックや包丁を持ってきて、刺されたりするのかなあと考えたりするのだ。ホモ(言い方)の痴情のもつれほど、しんどいものはない。さらに知的障害者ならなおさらだ。
パワー系池沼ってな悪い言葉もあるが、言い得て妙なんだよなあ。相手氏が暴れることは、今までないけど。A樹さんが落ち着かない様子で、事業所内のフロアをうろちょろしてたのは、何度も見かけたけど。
当の相手氏は、相変わらず脈絡のない質問をしてきたり、こちらが話してる最中に目線を背面の時計にやる、まるで猫のように空中を凝視するのも含め、その動物っぷりが「ザ・知的障害者」なのだよなあ、しんどい。
この虚しさ、コミュニケーションってなんだろう?って気持ちになるので、彼と一度会話してみるのを体験するといい。多分、まともに会話なんかできやしないだろうけど。
その前に、A樹さんがアナタの眼の前から、逃げてしまうかも知れない。
さてこの雑文が、我らが朝日新聞に掲載されるような事ならば、ここでこういうフレーズが出るだろう。「こういう考えって差別なんだろうか?」と。
うるせえ、差別かどうかなんて事より、目の前の知的障害者に何をされるか分からない恐怖のが、はるかに勝ってるんだよバカが!と自分は言いたい。
そういえば、相手氏。非言語のコミュニケーションも妙に「距離が近い」んだよな。十数センチの近さににじり寄ってきた相手氏を「近いから離れて」と、左手で押し返す事を何度した事か。
そんな程度に、コミュニケーションが人間をしておらず、動物のそれをしているのだ。
全然関係ないが、調べものをしてたら見つけた、ある掲示板にあった「ここでの池沼は、迷惑行為を働く知的障害者の事を示します。迷惑行為をしない知的障害者を差別する意図はありません。」の但し書きに納得してしまったのをメモしておく。
ちなみに池沼(ちしょう)とは知的障害者の蔑称として広く知られてる語。悪いインターネット界隈でだけど。
さて、今回のように知的障害者に絡まれたら、どうしたらいいのだろう? 言っても相手氏に通じた感覚は全くないし、同じことの繰り返しが日々あるし。しかも相手氏はどんどんエスカレートしてくる。
繰り返しになるが、「好きです」だの「キスしたい」だの「ひかる」と下の名前を呼ばれた時はドン引きしてしまったし、対応も嫌悪感を隠すので精一杯だった。
バカヤロウ! と怒鳴ればよかったのか? 未だに対応が適切だったか悩んでいる。
相手氏は若い。今年で十九才になるはずだ。高校を卒業して就職せず(できなかったのだろうなあ、察するに関係者の努力だけでは、どうにもならない事情が見えてくる。偏見だけど)、就労移行支援事業所に通っている。そんな人だ。
社会で働いた経験はないようで、経歴は学生のみのようだ。なので、電車内などで唐突に行われる、他者からの悪意や、攻撃的な態度に遭遇した事はないと思われる。夜遅くに酔っ払ったリーマンに蹴られた経験とか、ないだろうなあ。自分は運悪くあるのだ、詳細は省くけど。
話を戻して、苦手なのは男性の大人。自分(田上)も男性の大人なのに、苦手じゃないらしい。どういう事だと思ったら、自分の事を(性的に?)好きらしい。
なぜ性的にを?にしたかというと、未確認というか、相手に聞いても性的な好きなのか、人類愛の好きなのかは言語化できないので答えようがないようだ。
知的障害者でゲイって、ダブルの障害者になるのかしら?大変ねとは思うものの、その「好き」のベクトルが自分に向いて来ると、そうも言ってられない。
「田上さん、好きです」と言われた時は「ああそう」と適度にスルーした。そう言えば「A樹を好きですか?」とも聞かれたが、自分は「好きでも嫌いでもない。そういう事を言わないように」と言ったはずだ。通じてないよなおそらく。
ここで相手氏の家族に話を聞いて、普段はどうだとか、好きな田上についての話が出ているか? とか、性的にはゲイなのかヘテロなのか確認したいとか、衝動のコントロールをどう教育してきたか? とか聞きたいが。
その家族がモンスターじゃないと、誰が保証してくれる? 藪をつついてヘビを出す事になりかねない。
「あーら、宅の天使ぼっちゃん(A樹の事だ)に好きな人ができたの、縁結びしなくっちゃ」と自分(田上)を監禁して、尻穴を相手氏に捧げられちゃう可能性だって、否定できないのだ。
そこまで悲観的に考える必要はない。ないのは分かってるが、障害者の親ってのはかなり地雷なんだ、経験で言うと。書いてて思う、どうも自分は偏見が強いなと。
小学生の時に、耳が聞こえない少年二人とボーイスカウトで遭遇し、二人のお世話係になった、いやさせられた。この耳の聞こえない少年の親達がそうだった。
自分をお世話係にしたが、耳の聞こえない人と、どうコミュニケーションを取っていいかの知見がなかった。
その辺をケアされなかったのは、かなり痛い、苦い、辛い。そして苦痛の記憶だけが残った。
障害者とその親というのは、モンスターだという偏見が残ったのは、言うまでもない。
もし仮に自分に余裕があったら、手話の一つでも学ぶ事ができただろうけど、当時の自分にはその余裕はなかったと思うんだよな。ボーイスカウト活動そのものが自分にとって苦痛だったし。
彼単体じゃなく、二人もいたのだ、耳の聞こえない少年は。それが自分の偏見に拍車をかけている。
あの時の親御さんらよ、何を考えてたのか。今なら対話の用意ができてる。でも恨み節は吐くよ。死ねばいいのに。なんというか、そういう貧乏くじを引きやすい境遇なのかな? 今現在もだけど。
苦い経験をしたから、自動思考が働いてるかも知れないな。まだ見ぬA樹さんの親御さんが地雷って今から決めつけるの事はないだろうに。
とは言うものの、知的障害者に限らず、障害者の親ってのは、躾のされてない犬とその飼い主の関係を連想してしまうのだ。野犬を野に放つな飼い主よ、てな文言も浮かんでしまうのだよな。
そういえば、相手氏は親のつきそいなしでバスを使って通所しているようだが、その程度には障害も軽いのだろう。他だと割と親御さん同伴の障害者とか見かけるしなあ。
とりあえず、相談すべき事はした。明日からまた相手氏が近い距離にきたり、「好きです」とか言ったら今度はスタッフにその場でチクって、就労移行を出禁にしてもらう方向でいいのかも知れない。
こういう時に間に入ってくれる専門家ってどこにいる? そして誰が適切? 言い方は悪いが、さかりのついた知的障害者をなだめるのは、性的な産業の従事者でかつ福祉の知識もそれなりに持ってるような人、そういうコーディネーターやケースワーカーみたいな人な気がする。
しかし、そんな人なんて知らないぞ。多分いるかもだが、あまりにニッチすぎて、弁護士や行政書士みたく、団体に紹介してくれと、電話やメールをすればいい訳じゃないとは思うのだ。困った困った。
もし仮に、何かとんでもない事態が起きて、自分がA樹さんに刺されて死んだら「売れない作家、ホモトラブルで殺される」とか見出しになるのだろうか、それは嫌だなあ。
相変わらずオチはない。相談しただけだしね。
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