第七十四夜 祖父の声
Rさんが小学生の時の話である。
Rさんの祖父は長いがん闘病の末に静かに息を引き取った。享年七十二歳。それまで安定していた容態が急に悪化してからはすぐだった。Rさんたち一家が病室に駆け付けたころにはもう祖父は目覚めることはなかった。おじいちゃん子だったRさんは、その時『死』というものを目の前で学んだ。
その夜、Rさんが泣き疲れて眠っていると、家の固定電話が激しく鳴っているのを聞いて目が覚めた。もう夜も深い。それなのに電話してくるなんてよっぽどのことに違いない。電話は鳴り続けている。これほど大きな音なのに、両親は気付いていないのだろうか? Rさんはなんだか自分が電話を取らないといけないような感覚がしてベッドから起き上がった。
リビングに行って、鳴りやまない電話機の前に立つ。表示されている番号は非通知だった。普段だったら絶対に取らないはずなのに、なぜか誘われるように手が伸びる。
Rさんが受話器を取ると、向こうから聞こえてくるのは聞き覚えのある声。
「Rか? Rなんだろ? なあ、わしを置いていかないでくれ」
「おじいちゃん?」
信じがたいことに、今日亡くなったはずの祖父の声が語り掛けてくるのである。どうやら切迫しているような風だが、その声に寸分の違いもない。
「おじいちゃん、どうしたの? 生きてたの?」
「もちろんだよ。なあ、ここから出してくれ、寒くて暗い、ここにいたら本当に死んでしまう。助けに来てくれないか?」
「わかったよ。いまお父さん呼んでくるから――」
Rさんがそう言った瞬間に、祖父の声色はがらりと変わった。
「違う! お前が来るんだよ! R! 早くお前がこっちに来い!」
あんなに優しかった祖父とはまるで別人である。ちょうどテレビでよく聞く犯罪者の声のような、モザイクのかかった低い声が激しく怒鳴ってくる。Rさんはそのあまりの急変に身がすくんでしまった。
すると、ぷつっと通話が切れた。はっとして見上げると、Rさんの父親が電話の電源を止めていたのである。
「ねえ、さっきおじいちゃんから電話があって、それで――」
そう言いかけた時、父親は真剣な顔で制した。
「今聞いたことは全部忘れなさい。いいね? おじいちゃんは死んだんだ。電話なんかかかってこない」
Rさんの父親は何か知っているような風だったが、それについて教えてくれることは一切なかったという。
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