第十二夜 返せ

 Uさんは古本屋で適当な文庫本を探していた。明日新幹線で東京から大阪まで出張する間の暇つぶしに、なにか一冊を手にしておきたかったのである。

 「芥川賞をとった流行りの作品か」と思い、ポップで大々的に紹介されている本を手にとっては見たものの、あらすじを読んでもあくびが出るくらい興味をそそらない。Uさんは読書がそれほど得意ではなかった。小難しいものよりも、ミステリーやライトノベルのような娯楽性の強いもののほうがよさそうである。そう思い、ぎっしりと陳列された文庫本の背表紙をざっと流していたところ、とある一冊の本に目が止まった。それは某ホラー作家の書いた怪談集だった。初版の発行はもう数十年も前のものであり、ページをぱらぱらとめくると紙が日焼けして茶色に変色してしまっている。

 多少汚れてはいるが、味があっていい。これならば自分でも楽しめそうだ。

 Uさんはその一冊だけを購入し、店を出た。


 明くる日、Uさんは始発の新幹線に無事乗り込むと、ホームで買ったホットコーヒーを手元に添えながら、早速古ぼけた怪談本を取り出した。

 いざ読もうと一ページ目をめくった瞬間、Uさんはその本の中腹になにかが挟まっていることに気付いた。買う前に中身を確認した時には何もなかったはずだが……店員が広告のチラシを挟んだのだろうか。

 Uさんがページを繰ると、そこに挟んであったものは一枚の写真だった。薄暗い和室で老夫婦と思われる男女が横に並んで正座して写っている。左のおじいさんはカメラ目線で厳格な顔をしているが、その右にいるおばあさんはにこやかな笑顔で白い歯を見せている。下部には一九八八年の日付が印されていた。

 こんなものを店員が入れるわけがない。Uさんは気味が悪くなったが、もしかしたら前の持ち主が挟んでおいたものを自分が見落としたのかもしれない……ちょうど栞が欲しかったところだし、向こうのホテルに着いたら処分しよう。

 Uさんは写真を伏せ、大阪に到着するまでの間、コーヒーを飲みながら怪談を読み進めた。

「次は新大阪、新大阪」

 車掌のアナウンスを聞いて、Uさんは裏返しにした老夫婦の写真を本に挟み、バッグに入れて車両を出た。


 出張先の営業所で仕事を終え、大阪市内のホテルに到着すると、Uさんは思い出したようにバッグから怪談本を取り出した。ずっと持ち歩いているのも気味が悪いからな……Uさんが写真を取り出そうとページをめくったときだった。

「返せ!」

 背後からしわがれた男の叫び声がはっきりと聞こえた。Uさんは驚いて振り返ったがそこには誰もいないどころか音の出るものはなにもなかった。隣の部屋から聞こえたのか……? Uさんは激しく脈動する心臓を抑えながら本を開くと、栞として使っていた写真はどこにも見当たらなかった。バッグの中を探してみても見当たらない。どこかで落とすはずなんてないのだが……。

 Uさんは消えてしまった老夫婦の写真を思い出す。直前に聞こえた男の声はあのおじいさんだったのではないか? しかし、それを確かめるすべはもはやどこにもなかった。

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