第四十二話
第二幕は、アリアンとハリーの運命的な出会いから一転、ハリーの父の葬儀という重苦しい場面から始まる。
愛する男の肉親の死を、初めて目の当たりにしたアリアンは、ハリーもやがて、老いて死んでしまうという恐怖に駆られる。その事ばかりに心が囚われるようになってしまったアリアンは、ついに地母神ダナに、自分が人間を心から愛してしまった事を告白し、ハリーを自分と同じ不老不死にしてほしいと懇願するのだ。
「いいでしょうアリアン、貴女は私の可愛い娘。ハリーが貴方と結婚し、天上で暮らすと約束するのなら、彼に不老不死の力を与えます。その代わり…」
「ありがとうお母様!ああ嬉しい!早くあの人に伝えに行かなくては!」
アリアンはダナの話しを最後まで聞かず地上に戻ってしまった。だが、ダナとアリアンの話しを立ち聞きしていたグラウディオンは、ハリーとアリアンの仲を引き裂くため、アリアンより先にハリーの元へ向かっていた。
地上ではハリーが、アリアンにプロポーズをしようと、自分を奮い立たせるように言葉を発する。
「私は母の顔も、その温もりも知らない、
身体の弱かった母は、私を産んですぐに亡くなり、ついには父までも失い、私は天涯孤独になってしまった。何故死は、こんなにも残酷に私の大切な人を次々と奪っていくのか…
だが、今の私にはアリアンがいる。
彼女こそ私の光、私の生きる理由、私の全て。
私は彼女を心の底から愛している。そして彼女も、私を愛してくれている。
彼女はきっと、私のプロポーズを喜び受け入れてくれるだろう!天上の神も、真実の愛で結ばれた我々の結婚を祝福してくれるはずだ!」
とその時、突然目の前に見知らぬ男が現れ、ハリーは怯え後ずさる。
「おまえは一体何者だ?」
「おまえに名乗る名などない。アリアンとの結婚は、私が絶対に許さない!」
グラウディオンは、ハリーを魔法で気絶させ、怒りのままに呪いをかけてしまうのだ。
「次目覚めた時、おまえは全ての記憶を無くし、アリアンを自分の娘だと思いこむようになる。この呪いは私以外決して解くことはできない。おまえのアリアンへの愛が、私の力以上に強くないかぎり…」
寝そべるハリーを冷酷に見下ろし、グラウディオンはその場を立ち去っていく。
「ハリー!」
グラウディオンといれ違うように地上に現れたアリアンは、床の上で眠るハリー起こし、ダナの言葉を告げた。
「聞いてハリー!お母様が、貴方が私と結婚し、共に天界に来るのなら、あなたのことも私と同じ不老不死にしてくれると約束してくださったわ。私達は永遠に一緒にいられるのよ!」
しかしハリーは、アリアンの言葉に笑って応える。
「何を言っているんだアリアン、私達は血をわけた親子だ。不老不死になどなれるわけはないし、結婚なんてできるはずがない」
「一体どうしたのハリー?私達は深く愛し合う恋人同士よ?」
「いいやアリアン、君は私の大切な娘だ。
寂しいがいつかは他の男性に目を向けられるようにならなくてはいけないよ」
すぐにグラウディオンの仕業だと気づいたアリアンは、即座に天界に行き、ハリーの呪いを解くようグラウディオンに迫ったが、グラウディオンは、アリアンの願いを聞こうとはしない。
「あの人間が貴方を本気で愛していたら、私の呪いなど簡単にとけるはずだ。しかし解けないという事は、彼は大して貴方を愛していないということ!そんな人間に貴方を渡すわけにはいかない!」
「グラウディオン!今日からあなたは私にとって邪悪な悪魔と同じ存在になったわ!あなたなんて大嫌い!金輪際二度と私の前に現れないで!」
「アリアン!私は貴方のために…」
「汚らわしい手で触らないで!」
アリアンに手を伸ばすも、怒りもあらわに振り払われ、グラウディオンは一人立ちすくんだまま、姉への敵わぬ恋心と葛藤を独白する。
「幼い頃から共に過ごしてきた美しき姉アリアン。いつしか私の想いは親愛を遥かに超え、彼女を一人の女性として深く愛するようになってしまった。だが、血の繋がった姉弟は、例え神の子であっても結婚し夫婦になることは許されない。それでも、側にいられるだけで幸せだと、ずっと見守ってきたというのに!何故なんだアリアン?あんな人間の一体どこがいいというのか?」
オリヴァー演じるグラウディオンは、観客に問いかけるように訴え頭を抱える。
「ああ、私こそ誰よりも彼女を愛している!
でもこのままでは、彼女が私を許すことは決してないだろう。私は一体どうすればいいんだ!」
グラウディオンの苦悩と共に、第二幕が終わった。
(よしよし、大丈夫だ!)
自分が演じてるわけでもないのに、息をするのも忘れるほど緊張して観ていたトーマスは、観客の反応に手応えを感じ一人喜ぶ。
いよいよ次は、トーマスが中心に執筆をおこなった第三幕。シリアスな第二幕までと異なり、アリアンを巡る男達の争いが多少コミカルに描かれている。エディの口上が始まり、トーマスの緊張と興奮は益々高まっていった。
「世にも恐ろしいのは男の嫉妬。
グラウディオンの呪いにより、音楽を奏でるようにアリアンへの愛を囁いていた唇は閉ざされ、今やハリーはアリアンの父親気取り。
しかしアリアンは諦めなかった。それまで夜の逢瀬を楽しむ恋人同士だったが、アリアンはハリーに自分への愛を思い出させるため、地上で共に暮らし始める。
だがいつの時代も、美女というのは人々に目敏く見つけ出されてしまうもの。ハリーの元に突然現れた絶世の美女の噂は王達の知るところとなり、アリアンは半ば強引に、王宮に連れてこられてしまうのだ」
エディが立ち去り舞台に出てきたのは、今回地母神ダナの声とアーサー王の一人二役を演じるダニエル、そしてその息子チャールズ王子演じるチャーリーだ。
「聞いた話によると、その女の前では太陽すら霞んでしまうらしい。おまえが気にいれば、妃にするのもいいかもしれないな」
「父上、人の噂というのは大袈裟に伝わってくるもの。絶世の美女は確かに見てみたいですが、私はまだ一人の女性と縛られたくはありません。もっとあらゆる女性と出会い、探究しつくしたいのです」
「だがチャールズ、おまえはいずれ王位を継ぐ私の後継者なのだぞ。亡くなった妻も、おまえの結婚式を見れずにこの世を去るのは心残りだと言っていた。そろそろ一人の女性に…」
「連れてまいりました!」
二人が美女の登場を待ちわびているところへ、家来達に連れてこられたアリアンとハリーがやって来る。
「申し訳ありません、この男と無理矢理引き離すなら私を殺しなさいと絶対に聞かなくて」
アーサー王とチャールズ王子は、アリアンの想像を遥かに超えた美しさに茫然と見惚れる。
「なんということだ!私は今までに、これほど美しい女性を見た事がない!サファイアの光すら敵わない神秘的に輝く碧い瞳、真っ白な雪の結晶を思わせる肌に、慎ましく咲く紅い唇は私の口づけを待ちわびているようだ!ああ、私はついに永遠の恋人に出会うことができたのだ!父上!私は今すぐ彼女と結婚します!」
「いや、おまえに結婚はまだ早い!彼女は私の妃にする!」
「何を言っているのですか!あなたは母が亡くなった時、私の妻は生涯ただ一人、これほどまでに愛せる女性は二度と現れないとおっしゃっていたではないですか!」
「ああそうさ!だが未来とは常に想像を超えてくるもの!私は今運命の女神に出会ってしまったのだ!彼女こそ私の生涯の恋人!」
二人の争いをうんざりと聞いていたアリアンは、自分の隣でただ黙って立っているハリーを横目で見つめ、嘆かわしい気持ちを吐露する。
「ハリーは、私がこんな人間達の妃にされそうだというのに何も言わない。あの夢のように甘美で幸福だった時間を、何一つとして思い出そうとしない。もう限界。私の心にあるのは、愛する人に愛されない絶望だけ。だったらもう、全てどうにでもなればいい」
自暴自棄になったアリアンは、突然大きな声を上げ二人に告げた。
「お二人とも、どうしても私を妃にしたいなら、男らしく決闘でお決めになったらどうかしら?私は、戦いに勝利した男の妃となります」
アーサー王とチャールズ王子は躊躇うことなく互いに剣を抜く。
「父上、例え親といえども容赦はしません!彼女を妃にするのはこの私だ!」
「生意気な小童が!彼女に相応しいのはこの国の王である私だ!」
正気を失った二人は親子の情も忘れ、互いに罵り合う。そこへ突然、グラウディオンが飛び出してきた。二度と顔を見たくないと言われた日から、毎日のように隠れてアリアンの様子を見守っていたのだ。
「なぜだ!貴方が愛しているのは、貴方の隣りで何もせずただ間抜けに突ったっているこの男だろう!こんな男諦めて天界に戻ってくればいいだけの話じゃないか!それが何故勝った人間の妃になるなんて話になるんだ!」
「ハリーに恋人として愛されないなら、誰といたって同じ事。どうしても私に戻ってきて欲しいなら、貴方もこの人間達と決闘してみたらどう?
ただし魔法ではなく、人間と同じ剣術でね」
男を誑かす悪女のように言い放つアリアンの言葉を聞くや、グラウディオンは側にいた家来の鞘から剣を抜きとる。
「月の女神を我が者にしようとする厚かましい人間ども!私がお前たちを倒してやるぞ!」
しかし、初めて剣を持つグラウディオンの構えはひどいヘッピリ腰で、その姿は観客達の笑いを誘う。そのまま3人の派手な立ち回りが始まったが、やがて彼らの動きは、無音でスローモーションの演出となり、ハリーが心の内を語りだす。
「ああ、なぜこんなことになってしまったのか
私を一途に愛するアリアンと過ごすうちに、私は彼女に抱く愛は、父が子を想う愛を遥かに越えてしまった。この想いは神に背くものであり、王の元へいけば、きっとアリアンは何不自由ない暮らしができ、互いを忘れる事ができるだろうとここへ来てしまったが、私は今心の底から後悔している。彼女は私の娘であるはずなのに、この胸のつかえは一体なんだ?私は、とても大切なことを忘れているのではないか?」
ハリーが気持ちを吐露し終えると同時に、決闘をしていた3人の動きは元の速さに戻り、チャールズがアーサーとグラウディオンをなぎ倒す。
「やったぞ!これで彼女は私の妃だ!」
チャールズ王子は勝利を宣言し、アリアンを自分の元へ引き寄せる。
「ああ、なんてことだ!近くで見ると更に美しい!触れた肌は絹のように滑らかで柔らかく、早く隅から隅までこの手であばいてみたい。
まずはあなたの名前を教えてくれ!私の妃となる女神の名を呼びたいのだ」
「私の名はアリアン」
アリアンはチャールズに言われるがまま、自分の名を教える。そんなチャールズとアリアンのやり取りを見ていたハリーは、何かを思い出しそうになり頭を抱えた。
「同じような会話を、私もアリアンと…
いや、この思い出はおかしい、だが、私の脳裏に浮かぶ、暗闇を照らす月と共に現れた美しい人、あの人は…」
ハリーが苦悩で顔を歪めている間にも、チャールズ王子の手はアリアンを抱き寄せ身体を密着させていく。
「アリアン、あなたはもう私の妻だ!どうかその薔薇の蕾のように愛らしい唇に口づけをさせてくれ!」
アリアンは諦めたように目を瞑り、興奮しきったチャールズ王子の口づけを受け入れようとする。だが次の瞬間、ハリーはチャールズ王子を力一杯突き飛ばすのだ。
「アリアンは私の恋人だ!」
ハリーの叫びに、一瞬驚き固まっていたアリアンは、感極まるように喜びハリーに駆け寄る。
「ああハリー!思い出してくれたのね!私達が恋人同士だったことを!」
ハリーは力強く頷きアリアンを抱きしめると、二人で逃げようと手を繋ぎ、全速力で階段を駆け上がり消えていく。
「待て!」
アーサー王、チャールズ王子も、二人の後を追い、誰もいなくなった階下の舞台で、グラウディオンだけは、驚愕の表情を浮かべ一人佇む。
「何故だ?まさか私の呪いが解けたと言うのか?」
そう言い残し、グラウディオンもまた、階上へと駆け上がって行った。
(いよいよ最終幕だ!)
俳優達の熱演に、トーマスは、自分の運命の審判がこの舞台が終わると同時に下される事など忘れ、ただの一観客として手に汗握り、アリアンとハリーの登場を待ちわびた。
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