第一章 人形再会 アイシア編

第4話 出会い

 旅に出る前に俺はまず肋骨センサーを作った。元々オリンピアに埋め込まれていた俺の肋骨をベースに作った方位磁石で、他の肋骨がある方角を指し示してくれる便利アイテムだ。


「はぁ……俺の作った心シリーズ人形に会うの怖いな。俺は一度そいつらを捨てたんだぜ? 俺のことを恨んでたらどうしよう」


「あり得ますね。まあ、その時は素直に謝りましょう。この旅は、マスターが捨てた可哀想な人形達への謝罪の旅としましょう」


「気軽に言うね。下手したら俺、殺されるかもしれないんだぞ。オリンピアだって元々戦闘用に作ったわけでもないのに、あんなに強くなってたんだ。みんなどんな化け物に成長しているか分からん」


「その時は死に様をしかと記録しておきます」


 ノートとそんな会話をしながら外に出た俺は、昔作った飛龍のゴーレムを〈収納ストレージ〉から取り出す。


「ガルゥゥ!」


「お、元気だな。ノート、こいつ名前なんだっけ」


「ナンバー3554、飛龍ドラゴナーフトです」


「ドラゴナーフト、とりあえずこっちの方角に飛んでくれ」


 俺は大きな翼の生えたドラゴンの背に跨り、西を目指して飛び立つ。


 そうして数日ほどドラゴナーフトに跨って空の旅を続ける。たまに地面に降りて休息を取った。


「方角的に、千年王国ヴィルノードかもしれませんね」


 飛龍の背の上でノートが言う。


「ヴィルノード? ってかノート、お前そんな知識も取り入れてたのか。役立ってるけどさ……もしかしてお前、いつか俺が外に出ることを予想してたのか?」


「さあ、どうでしょうね。そんなことより、ヴィルノード王国は、規模はそれほどでもないですが、人族の国の中では最も長く繁栄している国です。それ故、千年王国と呼ばれています。この方角にはヴィルノードの王都、アイヴィルがあります。そろそろ見えてくると思いますよ」


「ふーん」


「あ、マスター、下方に魔物に襲われている人間がいます」


「ふーん。この辺は物騒だな」


「……助けないのですか?」


「あ、そういうこと? たしかに、助けた方がいいかもしれないな。どんな魔物だ?」


「みたところオーガの群れですね。マスターなら問題なく倒せるでしょう」


「そっか。ドラゴナーフト、オーガの群れのところに下ろしてくれ」


「ギャウ!」


 着地と同時にドラゴナーフトが尾でオーガを三匹薙ぎ払い、残ったオーガを俺がファイアボールで焼き殺した。


「……遅かったか」


 俺の視線の先には女騎士が、腹にロングソードを突き立てられて死んでいる。


「マスター、かろうじてまだ息がありますよ。助けましょう」


 死んでいなかったようだ。


「まあ、やってみるか」


 俺は義腕を出して操作し、いつも人形にやっているように女騎士の筋繊維や内臓を縫合していく。チャカチャカと手術して傷跡は跡形もなく消え失せた。


「ふぅ、どうだ。人形用の人工血液は混ぜると死ぬから輸血はできていないが、これで命はとりとめただろう」


 俺は義腕を〈収納ストレージ〉にしまいながらそう言った。


「さて、行くか」


「待ってください、マスター。まさかこの人をここに置き去りにするつもりですか?」


「もう助けたよ」


「こんなところで寝ていたらいつ魔物に襲われるかわかりません。すぐに死にますよ」


「そうか。たしかに、せっかく直したのにすぐに壊されちゃうのはもったいないな。血も足りないだろうし、あんまり動かすのもよくない。うーん、起きるまで見張っているしかないか?」


「そのくらい、大した手間じゃあないでしょう」


「まあ、そうだけどさ」


 ドラゴナーフトを〈収納ストレージ〉に戻し、数時間ほどオーガの死体を分解して内部構造を検分して遊んでいると、女騎士が目を覚ました。そろそろ日も傾きかけた頃だった。


「はっ……わ、私は!?」


「あ、起きた」


「マスター、そこは『あ、起きた』じゃなくて、挨拶するところです」


「そうか。こんばんわ」


「……こ、こんばんわ。オーガの群れはどうなったんだ? 部下達はちゃんと逃げられたのか……? もしかして、君が私を助けてくれたのか?」


「森で倒れていたので治療した。しばらくはあまり無理はしないように。傷口が開くかもしれない」


「そうだ、傷口……影も形もないが……治癒魔法かポーションを使ってくれたのか?」


「ポーション? まあ、治癒魔法みたいな感じ。血は失われたまんまだから無理はしないでね」


(ポーションってなんだ? 傷を回復できる薬があるのだろうか? 昔はなかったものだな)


「そうか……ありがとう。心より礼を言う。私はティーシア・カティオス。ヴィルノード王国王都警備部の第13分隊隊長だ」


「俺はベル」


「ノートです」


「ベルにノートか、それにしてもこんな子供……と小妖精ピクシーか? 初めてみた。君達だけでこんな森にいたら危ないぞ」


「オーガくらいならどうとでもなるみたいだったよ。とりあえず飯でも食おう。そこにちょうど新鮮なオーガの肉がある」


 そう言って俺はオーガの生肉に食らい付いてじゅるじゅると血を啜る。ティーシアも食べるかと思い、オーガの右腕をもぎ取って投げ渡した。


「おいおい! 何をやってるんだ、ベル! オーガの肉を生で食うなんて腹を壊すぞ!」


「え、だめなの?」


「食用ではない。危険だからやめた方がいいな」


「そうなのか」


 仕方なく俺はそこらへんから猪を狩ってきて、新鮮な生肉に齧り付いた。


「こら! 生で食べるのもダメだ! 今火を起こしてやるから、ちょっと待ってくれ」


 焼こうが焼かまいがどっちも肉だし、俺の体は腹を壊したりしないので面倒だと思ったが、俺は仕方なくファイアボールでオーガの肉を炙る。


「おぉ、君は魔法が使えるのか。すごいな。だからオーガも倒せたのか……私はどれだけ神に祈っても魔法刻印を授かれなかったから、本当に羨ましいよ」


「ふーん。じゃあ、神にどれだけ祈ったら魔法刻印ってもらえるの?」


「おいおい、それを魔法が使える君が私に聞くのか……分からないが、より深く祈った者が魔法刻印を授かれると聞くな。ベルの場合はそうでもなかったのか?」


「神に祈ったことはないね」


「そうか、そういうこともあるのか。全く羨ましいよ。それにしても、そろそろ夜か、私は数時間ほど気を失っていたのか……おかしいな。そろそろ逃げた隊員達が仲間を連れて私を捜索に来てくれてもいい頃だが、もしかして、死んだと思われたかな」


「それって見捨てられたんじゃないの?」


「マスター、そういうことは言ってはいけません」


「ははっ、そうかもしれないな」


 ティーシアは自嘲するように笑った。


 そうして俺たちはティーシアの体を気遣い、その晩は森の中で野営した。ティーシアに猪の肉を焼いてあげると、思ったよりもたらふく食べていたので明日には元気になっていることだろう。

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