44.その辺のモブと私が釣り合う訳ないでしょう?

 新しい場所に馴染むには最初が肝心である。序盤でずっこけてしまうと、その後に大きく響いてしまう。


 例えば何らかの事情で始業式からの一週間をがっつりと欠席しようものなら、「既に出来上がった人間関係」に突撃していかないといけない。


 もちろん。中にはそれくらいのことはお手のもの、と言う人間がいるのも確かであるが、世の中そういう人間ばかりではなくて、つまるところ最初が実に肝心なのだ。


 そういう意味で、四月一日わたぬきに無理やり引っ張られ、始業式と、その後のホームルームに一応出席し、必要最小限の自己紹介を済ませた渡会わたらいは、決してハードモードな状況に置かれているわけではなく、友達を作ろうと思えばいくらでも作れたはずなのだ。


 なので、渡会に友達がいる気配がない上に、今日も四月一日にしか話しかけてこないのは、全て彼女自身が選択したことのはずなのだが、


「ねえ、四月一日くん。このクラスのモブは何で私に興味を持たないのかしら。おかしいと思わないかしら?」


 どうしよう。


 全く思わなかった。


 そりゃそうだ。自己紹介だって「渡会千尋ちひろ。よろしく」しか言わなかったのに、一体誰が興味を持つというのだ。


 たまたま席が近くで、毎日のように語り掛けられては毒を吐きかけられている四月一日ならともかく、席も離れていれば、話したこともない相手に、興味を持つきっかけなんてあったとは思えない。


 が、渡会はそうは思っていないようで、


「おかしいわねぇ……クラスいちの美少女が席に座って、文学少女っぽい雰囲気を醸し出しながら文庫本を読んでいるのだから、そろそろ屋上への呼び出しと、告白と、玉砕イベントがあってもおかしくないと思うのだけど」


 まるで青少年の行く末でも憂うような視線を窓の外に向けて言い切るのだった。ツッコミどころしかない。なんで玉砕する前提なんだ。


 と、いうか。


「あの文庫本ってそういう意図で読んでたんですか……?」


 言われてみれば渡会は一人で、席に座って文庫本を読んでいることが多かった。逆に、それ以外の状態をほとんど見たことが無かった。


 一応、授業中に後ろから寝息がきこえてきたことはあるので、常時本を読んでいるわけではないようだが、大体の時間は文庫本が開かれており、それ以外のアイテムは机の上に乗っていないのだ。授業中でも、である。


 本来ならば出ているべき教科書やノートは出ていないことがほとんどで、口うるさい教師が注意をしてようやく出てくる、という場面が既に何度かあった。


 持っているのならばおいておけばいいのにと思わなくもないのだが、現在のところ、渡会にそういった殊勝な行動は見られなかった。


 渡会は「なんでそんなことを聞くのか?」という塩梅で、


「そうよ?まあ内容も読んではいるけど、基本は雰囲気づくりよ。ほら、世の男子なんて、ちょっと謎をはらんだミステリアス美少女が好きじゃない。そういう感じよ。なのに誰も告白一つしやしないの。ヘタレばっかなのかしらね、このクラス」


 ため息。


 実に理不尽である。


 ただ。彼女の言う通り、見た目だけで言えば、渡会は間違いなく美少女と表現していいレベルにある。


 が、いかんせん中身が良くない。そんな部分を知っているのは四月一日だけだし、誰かに言いふらしたりしたことは一度もないのだが、もしかしたら人間には危機察知能力が備わっているのかもしれない。触らぬ神に祟りなしというやつだ。


 四月一日が、


「まあ、いいじゃないですか。ほら、こうして俺が話聞いてるわけですから」


 と言うと、渡会は「こいつ頭大丈夫か?」みたいな顔をして、


「え、そんなものありがたがるわけないじゃないの頭大丈夫かしら?貴方がぼっちっぽいいから話しかけてあげてるのよ?感謝されるのは私の方じゃないかしら?」


 酷いコメントだった。


 多分、本気でそう思っているのだと思う。渡会千尋と言う人間はつまりそういう性格なのだ。ここ一週間くらいで嫌と言うほど思い知った。


 ……あと、誰がぼっちだ。普通に友達はいるからな?

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