19.味は変わらず値段だけ上がってくのが嫌いなのよ。

 ある日の昼休みのことだった。


 四月一日わたぬきが買ってきたコンビニのラーメンを見た渡会わたらいは開口一番、


「私、ブランド化って嫌いなのよね」


「…………はい?」


 意味が分からなかった。


 いや、意味が分からないのは今に始まったことではないか。渡会の会話はいつだって突拍子がなくて、大体が意味不明だ。


 とはいえ、意味不明のままでは会話が進まない。


 四月一日はそのままの疑問をぶつける、


「あの、ブランド化ってどういう」


 渡会は眉間にしわを寄せて不機嫌そうに、


「そのままの意味よ。耳と頭と顔と性格が悪いんじゃないの?いい火葬場紹介しましょうか?」


「何をさせる気ですか、何を……」


 そもそも性格が悪いのは渡会の方だろう、とは流石に言わなかった。


 四月一日は更に疑問をぶつける。


「いや、意味は分かりますよ。ただ、なんで突然そんなことを言い出したのかなと思ったんですよ」


 渡会は手元の紙パックに刺さっていたストローで、すっと四月一日が買ってきたラーメンを指し示し、


「それ、有名店とのコラボってやつよね」


「え?ええ。そうですよ。なんでも行列店とのコラボらしくって。気になって買ってきたんですよね」


 その瞬間渡会が、


「ジャアナヒラタゴミムシが」


「ジャア……え、なに?」


「ジャアナヒラタゴミムシよ、長いからゴミって呼ぶわね」


「呼ばないでくださいよ……っていうかなんでそんな不機嫌なんですか」


 渡会は鼻で笑い飛ばし、


「当たり前でしょう。その店、私も行ったことあるのよ」


「え、マジですか?どうでした?」


「この流れで「凄く美味しかったわよ、流石有名店ね」なんて答えが返ってくると1ミリでも思ってるその頭が嫌ね。普通よ、普通。そりゃ流石に有名店だけあってそれなりの味だけど、それだけよ。嫌ね、あの手の店は。1回有名になると話題が話題を呼ぶから。そしてそこに「人気だ」っていう事実だけが欲しいコンビニチェーンとの悪魔のコラボレーションよ」


「……そろそろ喧嘩を売っていないものがなくなってきてるんですけど、四面楚歌になりますよ、そのうち」


「ならないわよ。なったとしても蹴散らせばいいだけよ。囲ってるのが雑兵なら何の問題は無いわ」


 例えからすればその通りだ。


 ただ、現実はそうはいかないのではないか。


 四月一日は軌道修正をすべく、


「ちなみになんですけど、渡会さんが好きなラーメン屋ってどこなんですか?」


「なにそのふわっとした質問……まあいいわ。そうね……」


 渡会は腕を組んで考え込み、


「カップ○ードル」


「…………はい?」


「だから、カップヌード○よ。味は醤油ね。あれが一番好きだわ」


 謝れ。


 さぞかし名前は売れていないけど美味しいラーメン屋を教えてくれるのだろうなと思っていた読者と俺に謝れ。


 渡会は良いわけでもするように、


「そもそも、売れているとか人気っていう意味で言えば、カップヌードル○は、あまたのラーメン屋の大先輩なのよ?敬意を払いなさい、敬意を」


「別に売り上げと味は相関しないと思うんですけど……」


「うるさいわねゴミ。へし折るわよ」


 だからどこをだ。


 これ以上踏み込んでもろくなことにはならなそうだ。


 四月一日は引き下がり、手元のラーメンに手を、


「ちょっと待ちなさい」


「何ですか?」


「それ、一口ちょうだいな。そこまで言うのならば私に味見をする権利があるはずよ」


 別にそんなことは無いと思う。


 ただ、そんなことを言っても聞いてくれる人間でないことは織り込み済みだ。

 と、いう訳で、


「分かりましたよ、はい、どうぞ。一口だけですよ」


 ずっと手元の器を差し出す。すると渡会はふふっと笑いながら箸を取り、


「あら、いいのね。関節キッスになるけど」


「……いいから早くしてくださいよ」


 そうか。それが目的か。


 もしかしたら、一連の会話もここまでの流れを計算していたのかもしれない。本当にとんでもないやつだ。


「……まあ、普通に美味しいわね」


 感想自体はなんとも平々凡々だった。

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