第14話
※
森を出て、安全確認をして野宿をした翌日。煌びやかな朝日を浴びて、俺は目を覚ました。
立ち上がって伸びをする。すると、首筋にじとっという感覚が走った。
「あちぃな、もう汗をかいちまった」
振り返ると、キリアは既に出発準備を完了していた。
「おい、お前! 俺を置き去りにする気か? 薄情者だな!」
「あ、ごめん、マスター」
いつも通りのキリアの挙動に、俺はかくんと首を脱力させた。
「しばらく寝かせておいてあげようと思って。マスターは僕やデッドみたいな訓練を受けてないからね」
「まあそうだな。こうして炎天下でも活き活きしていられるように、お前らは訓練されたわけだ。先生って、余程のドSらしいな」
「辛ければ止めてもよかったんだよ? 修行や訓練なんて」
「え?」
俺は日差しを手で遮る姿勢のまま、固まった。
「お前に辛い思いをさせるほどの訓練なんてあんのか?」
「……マスター、僕を聖人か何かだと思ってる? 生身の人間だよ。怪我もするし、挫折だってある」
「む……わ、悪かったな。ところで、デッドはどうした?」
キリアが向き直る。そちらには、街へ通じる一本道があった。
「賞金の受け取りに行ったよ。たぶん、僕たちを待ってるんじゃないかな」
「そうか」
ん? 本当にそうか? 俺の脳裏に違和感が走る。
デッドの性格からして、賞金全額を自分の所有物だと主張して、トンズラしてしまったと思っていたが。
俺の思考を読んだのか、キリアはこう言った。
「これは先生の教えなんだけどね。共同任務で手にした物品や賞金は、きちんと分け合わないといけないんだ。自分のことしか考えない奴は、自分の命までをも危うくする、ってね」
俺は『闇の城』でのことを思い出す。骸骨を倒した時、先生の声が心に響くのを感じ、キリアとデッドは服従の構えを取った。
とりわけデッドは、先生を『我が師』と呼んでいたし、その点は従順なのだろう。
「さ、行くよ、マスター。日が完全に昇る前に、街に着かなきゃ。暑くてかなわないよ」
「そう、だな」
俺は中途半端な声を出し、キリアの前に立って歩き始めた。
※
街の入り口からも、彼女の声はよく聞こえた。
「あたいたちが吸血鬼をぶっ殺したんだ、本当だよ! なあほら、この袖に付いた血! 見てくれ! 解析魔法にかければ、吸血鬼のものだって分かるはずだ! だから賞金をくれよ!」
俺は深々とため息をつきながら、問うた。
「何してんだ、デッド?」
「おう、おっさん! お前も説得してくれ! この保安官、証拠がないと賞金はやれねえとかほざきやがる!」
「正論だな」
「な? ドンもそう思うだろ? 全く以て正論――は?」
「だーかーらー、デッド! マスターは保安官の主張の方が強いって言ったんだよ!」
僕だってそう思う、と付け加えるキリア。
「あーもううっせえな! おい保安官! すぐに捜索隊を組織して、『闇の城』を調べてくれ! 玉座の間に骸骨の――吸血鬼の死体がある!」
「そいつは無理な相談だな、若いの」
その重みのある声に、俺とキリアもまた、保安官の詰所を覗き込んだ。
さっと場所を開け、敬礼する保安官。彼に頷き、敬礼を解かせてから、その人物は暗がりからのっそりと現れた。
腰の曲がった老人だった。背中で手を組み、やや疲れた様子の制服を着ている。
「仮にあんたらが吸血鬼を倒してくれたとして、その確認に行く保安官はどうすればよい? グールやゾンビがいなくなっても、危険はまだまだ潜在しているぞ。何せあそこは、未だに『闇の森』なんじゃからな」
「つまり、あんたらは犠牲者を出したくないから、確認作業ができない、と?」
「その通りじゃ、若いの」
すると唐突に、デッドは踏み込んだ。すぐさま最初の保安官を突き飛ばし、老人の胸倉を掴んで引っ張り上げる。
「ちょ、ちょっと待ってよ、デッド! 僕たちが殺傷すべきなのは怪物たちと悪党たちだけだ、善良な市民に怪我をさせるわけにはいかない!」
「ああ⁉ キリア、てめえだって知ってるはずだぜ、俺がどうしてこんな人間になっちまったか!」
『こんな人間』? どういう意味だ? 喧嘩っ早いとか、暴力的だとか、金に頓着しすぎているとか、そういうことか?
「けっ!」
デッドは軽く突き飛ばすようにして、老人を解放した。
「あーあ、骨折り損のくたびれ儲け、ってか? 世知辛い世の中になったもんだぜ!」
ぺっ、と保安官詰め所の入り口に唾を吐きつける。
全く、飛んだ性悪だな、コイツ。思わず肩を竦めた。
だが、俺のもう一人のパーティメンバーは、この事態を看過できなかったらしい。
「おいデッド!」
キリアが、頭一つ分は背の高いデッドに噛みついていた。
「いくら賞金が手に入らなかったからって、普通の人間に危害を加えていい理由なんてない!」
「はっ、笑わせやがる。『普通』? 一体何だ、そりゃあ? この地域で保安官ともなりゃあ、皆悪党の一人や二人、ぶっ殺してるはずだぜ。見ろよ、あいつらの腰元! 立派なリボルバーを提げてるじゃねえか! それがこいつらの『普通』なんだ、俺がこの場で一人二人に怪我を負わせて、どうにかなる問題じゃねえよ!」
キリアの視線がそちらに逸れる。
「だからって、むざむざ暴力に晒す必要は――」
と言いかけたキリアが、吹っ飛んだ。
一瞬のことだが、俺は仔細に状況を把握した。デッドが足払いをかけ、キリアが横転する反対側から拳を叩き込んだのだ。頬の部分にあたるだろうか。
すぐさま体勢を立て直すキリア。唇の端が切れて、血が滴っている。
咄嗟に短剣を手に取り、声もなく突進。まさか殺すつもりではないだろう。
だが、冷静さを失ったキリアは、今のデッドからすれば赤子同然だった。わざと大きな所作で振り上げられた、デッドの右足。それはすとん、と落っこちて、キリアの脳天を直撃した。
「あっ! おい、キリア! 大丈夫か!」
俺はリボルバーを抜こうとして、固まった。デッドの長剣の先端が、俺の喉元に突きつけられていたのだ。
「動くなよ、おっさん」
唾を飲むことすら叶わない。本気で殺されるかと思った。
だが、いつまで経っても剣は振るわれず、すっと引っ込んで鞘に収まってしまった。
「ぐっ……」
呻きながら立ち上がろうとするキリア。そのそばを通過しながら、デッドは言った。
「これだから金持ちの坊ちゃんは」
と。
※
取り敢えず、デッドと別れた俺とキリアは、休憩所になる宿を探していた。
この街は、比較的『闇の森』に近いとはいえ、保安官や重装備をした軍人の配備が行き届いており、危険とは思われない。
石造りの、白亜の建物に両脇を挟まれるようにして、俺たちは進んだ。
「ごめんね、マスター……」
「いや、ああいう殺気じみた野郎の相手は慣れてる。それよりキリア、お前は大丈夫か?」
「まあね。僕だって、このぐらいの痛みは何度も経験してる」
「先生の下で、修行中にか?」
「うん」
ふむ。先生とやらは、やっぱり随分と弟子の教育にご執心のようだな。スパルタとも言う。
「あっ!」
「どうした、キリア?」
「公衆浴場だって! 汗を洗い流せるよ!」
「ふーん?」
俺はキリアの見入っていた看板に顔を近づけた。どうやら入浴後の休憩所も兼ねているようだ。
「でもキリア、金はどうするんだ?」
「ああ、『四つ手の親分』たちを殲滅した時の賞金があるよ」
俺はほっと息をついた。確かに先立つものは必要だ。キリアだって、冒険の途中に少しは小遣い稼ぎをしなければならないのだろう。
「じゃあ、早速入るか」
「うん!」
随分と無邪気な笑み。へぇ、キリアみたいな戦闘少年でも、風呂は大事なんだな。
どうやらこの時間帯は空いているらしく、脱衣所には誰もいなかった。使われている棚もそう多くはない。
無言でキリアについていく。キリアに合わせて俺も服を脱ぐ。洗濯しなけりゃな。
無防備なキリアの背中に、やはり無言でついていく。軽い魔法でもかけられているのか、石材でできた扉は横滑りして開いた。
石鹸の香りと湯気が優しく身体を包み込み、続いて悲鳴が――悲鳴?
「ど、どうした⁉」
俺が慌てて浴室内を見渡すと、女性の入浴者たちがタライやらたわしやらを投げつけてくるところだった。
「うわっ! ちょっと! ここ男湯だぞ!」
だってキリアが入っていったのだから。そりゃあ、ここは男湯のはず――って、あれ?
振り返るキリア。腰から下はタオルで隠されているが、微かな、しかし確かな胸の膨らみがある。どう見ても男性のそれには見えない。
「マスター」
「……」
「マスター?」
「……」
ぶちり、と、血管か何かが千切れる音がした。顔を上げると、耳の先まで真っ赤になったキリアがぶるぶる震えていた。
「……ここは、混浴じゃないッ‼」
直後、俺は見事なドロップキックに見舞われ、浴室内からぶっ飛ばされていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます