第12話【第三章】
【第三章】
「だからなキリア、何度も言ってんだろうが。あのおっさんがお前の背後から近づくもんだから――」
「でも、突然吹き矢で気絶させることないじゃないか、デッド! 乱暴だよ! 彼は、マスターは味方なんだ!」
「お生憎様、判断するより早く手が出ちまった。まあ重傷を負ったわけでもなし、問題ないだろうが。大体キリア、お前だって満身創痍だったし」
「そ、それは……」
ここまでの会話を、俺は身じろぎせずに聞いていた。盗み聞きしていると思われない方が得策だと思ったのだ。
「なあリンエル、お前はどう思う? キリアの身に宿る者として」
「僕は無駄なく目的をこなしてる! どれは彼女が一番よく知ってるよ! ね、リンエル?」
「……」
「リンエル?」
何やら不吉な予感。リンエルに何かあったのか。それは、俺も気になるところだ。
気絶中のふりはもういいだろう。俺は目を開けてのっそりと上半身を上げた。その場であぐらをかく。
俺が気絶させられてから、あまり時間が経っているわけではないらしい。それは、石畳のひんやりとした感覚と周囲の血生臭さから察せられる。微かに首筋に痛みがあるな。なるほど、吹き矢で気絶させられたというのは本当らしい。
「誰か俺にも状況を――」
と言いかけて、俺の視界は防がれた。正確には、真っ直ぐ飛んできた物体によって遮られた。
「うおっと!」
俺が上半身を逸らすと、その物体は持ち主の方へと戻っていった。ブーメラン状の武器だ。
それが戻っていく先にいたのは、以前酒場の跡地で会話をしたデッドルア――デッドだった。
「貴様、何者だ?」
無機質な、しかし相手の心を鷲掴みにするような声音。
その格好は、テンガロンハットに白いシャツ、紺色のジーパン。臍にピアスをしている以外、何のこだわりも感じられない。頬はややこけていて、キリアよりもかなり大人びて見える。
怪物狩りにしては、随分と軽装だ。背後には刀身の細いサーベルとブーメランを背負い、右腕にはボウガンを装備している。
胸は控えめで、戦闘に支障はなさそうだ。……ってどこを見てるんだ、俺は。
俺は、改めてデッドと目を合わせた。キリアのそれと違い、落ち着きのある深いブルーの瞳をしている。
「俺が何者かって? 相手の名前を訊くなら、自分からだろ? ママに習わなかったか?」
そう言ってやると、デッドはじとっとした一瞥を俺にくれた。生ごみを見るような視線だった。
だが、俺は気にしない。伊達に十数年、チンピラの相手をしてきたわけじゃない。
それでも、彼女の態度に只ならぬものを感じたのか、キリアが割って入ってきた。
「二人共、そんなピリピリしないでよ! マスター、改めて紹介するけど、この人はデッドルア・アルカーズ。僕の兄弟子だよ」
「ああ、ってことは『先生』とやらの教え子か?」
こくんと頷くキリアに、舌打ちをして顔を背ける女性――デッド。
「それでデッド、この人はドン・ゴルン。今は僕の旅路の道案内を頼んでる」
デッドはシカトを決め込む。まあ、よくいる跳ねっ返りだわな。
「一足遅かったぜ。あーあ」
後頭部をガシガシ掻きながら、デッドは背中を向けてしまった。
ん? 『一足遅かった』? って、まさか。
「なあお前ら、同じ門下生の中で、この骸骨をぶっ倒す競争でもしてたのか?」
「ああそうだよ、悪いか?」
「ちょっとデッド! ちゃんと説明しなよ! 全く……」
なるほど。せっかくの獲物を弟弟子に取られてご機嫌斜めというわけか、この若造は。
って、悠長に構えている場合ではない。
俺は話題を、自己紹介大会から切り替えた。
「さっきの話だけどよ、リンエルに何かあったのか?」
「あたしから直接説明するわ」
すると、キリアは眼帯を捲った。その隙間からリンエルの半透明な姿がするり、と滑り出てくる。
「皆、聞いて。ここ数日の戦闘で、張り切り過ぎちゃったのよ、あたし。いつもなら、放っていてもらえるだけで魔力は回復するんだけど、今回はそうも言っていられないのよね」
「つまり、今のキリアは魔術が使えない、と?」
「そうそう。ドンの言う通り」
腰に手を当て、うんうんと頷くリンエル。いや、納得してる場合じゃないだろ。
「リンエル、どうすれば魔力を吸収できる?」
「そうね、あたしの故郷――『精霊の里』にでも連れて行ってもらえれば」
「せ、『精霊の里』?」
オウム返しに奇声を上げる俺を、キリアが見上げる。
「どこにあるの、マスター?」
「悪い、知らん」
端的な俺の答えに、皆がズッコケた。我関せずといった風情のデッドまでも。
「し、知らんって……。本当に?」
「だって考えてもみろよ、キリア。俺が精霊の存在を信じ始めたのは、昨日リンエルと会ってからなんだぞ? 今まで存在を信じていなかった精霊の拠り所に案内しろ? いくら何でも無茶だろう」
ふと、俺はキリアの言葉を思い出した。
「なあキリア、お前、情報が欲しいって言ってたよな。あの骸骨がそれを持ってるのか? もうくたばっちまってるが」
「あ、そうだった!」
ぱちん、と掌を打ち鳴らすキリア。
すると彼は目を輝かせて、しかし警戒は解かずに、骸骨の下へと駆け寄った。玉座と思しき大きな椅子の下に手を突っ込む。そして、
「あった!」
再び俺たちの下に戻ってくる。その手に握られていたのは、小さな水晶玉だった。キリア自身が持っていたのと同じような。
キリアはそれをそっと床に置き、呼びかける。
「先生! 先生!」
すると不思議なことに、この場にいない人間の声が、頭の中に滑り込んできた。
はっきりとした、初老の女性の声だ。
(キリア・ルイ、おはようございます。この水晶玉に語りかけているということは、『闇の城』に巣食う吸血鬼を駆逐したのですね)
「はい、先生! でも、リンエルが力を使いすぎてしまって……」
(なるほど。『精霊の里』へ向かう必要があると?)
「はい!」
(分かりました。では一度、ここにいらっしゃい。『聖女の泉』へ。いつも通り、わたくしはあなたを待っています。お仲間の方々もね)
おっと、俺も含まれていたのか。
(そちらにデッドルア・アルカーズもいらっしゃいますね?)
「はい、先生」
突然殊勝な態度になって、デッドが答える。
(よろしい。二人で同行されてる方をお守りしながらここまでいらっしゃい。新たな能力付与と、『精霊の里』への道のりをお教えしましょう)
「分かりました!」
「畏まりました、我が師よ」
片膝をつき、こうべを垂れて、二人はその言葉に聞き入っていた。
(それでは、お待ちしております)
その言葉を最後に、脳内をふわふわしていた言葉は察知できなくなった。
そんな中、俺は早速頭の中を引っ掻き回し始めた。
確かに、『聖女の泉』と呼ばれる場所は存在する。だが、それは地図上での話だ。
あまり狩りに適した場ではない――安全すぎて金にならない――ため、情報はむしろこの『闇の城』よりも少ない。
「マスター、徒歩で行くとなると、どのくらいかかる?」
「そうだな……ざっと三日ほどだろう。途中に町もあるし、キリアの有り金を恵んでもらえば楽に行けるはずだ」
「なるほど」
キリアが背嚢を揺すると、確かに金貨のぶつかり合う音がする。
「全くお前ときたら……。えーっと、『四つ手の親分』だっけ? その賞金まで掻っ攫っちまうんだから、兄弟子としてのあたいの立場がねえよ」
「そんなことないよ、デッド! 今回はたまたま僕の方が現場に着くのが早かっただけで――」
すると唐突に、ダンッ、という音が響いた。デッドがブーツの爪先で、床面を蹴りつけたらしい。
「お、おい、デッドのやつ、どうしたんだ?」
俺がキリアに耳打ちするが、キリアは軽くかぶりを振るだけ。
何かあったのだろうか? まあ、俺の推測にすぎないが。
「あ、あの、ところでさ、マスター」
「ん?」
「僕の依頼はここまでだ。『闇の城』まで案内してくれ、ってことだったから」
「ああ、言われてみればそうか」
するとキリアは背嚢を下ろし、金貨の入った袋を取り出した。
「相場が分からないから。料金は任せるよ。好きなだけ取っていって」
じゃらん、と麗しい音を響かせながら、眩い金色の奔流が俺の視界を埋め尽くす。
狩りをしていた人間からすれば、命を張って手に入れる賞金は、気質として働いて得られる賞金とは格が違う。
同じ金貨一枚でも、そのために命を懸けたのだ、という思い入れがある。
しかし。
今の俺の胸中を占めていたもの。それは、キリアの冒険を見届けたいという気持ちだった。
好奇心と言われても仕方がない。だが、彼が何を為し遂げ、それからどうするのか、俺は気になって仕方がなかった。
端的に言えば、キリアを手伝ってやりたかったのだ。
俺は袋をそっとキリアの方へ押し返し、こう言った。
「雇われの身で言うのも悪いがな、俺は金は要らん。代わりに、お前の旅に同行させてくれ」
「お、おいあんた!」
聞き耳を立てていたのか、デッドが振り返った。
「あんた、自分の言ってることが分かってんのか? 幼稚園の遠足じゃねえんだぞ!」
「だからこそだ、デッド」
俺は軽く目を上げ、デッドと視線を交わす。それからすぐにキリアに向き直った。
「任せるよ、マスター。あなたは信頼できるから」
「決まりだな」
「おいキリア! 一般人は巻き込むなと先生が――」
「構わねぇよ、俺は。どうせその先生に会いに行くんだろ? だったら俺が直接先生に許可を取るさ」
『そんじゃ、行こうぜ』――そう言って振り返り、階段に向かって歩み始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます