第3話 暴走ツインテール

 入学式の後、僕は鬱々とした気分で割り振られた教室へと足を運ぶ。

 一歩、一歩が非常に重い、重すぎる。普通なら、これからの新生活に胸を膨らませて自然と足取りも軽くなるはずなんだけど。


 向かう道中――ひそひそ。


 僕を指差しながら、周りの生徒たちがなにかを喋り合っている。近付いてくる人など皆無だ。新入生で元気よく賑わう廊下の中、人が勝手に避けていってくれる。いやぁ、歩きやすい! 僕はモーゼか。


 ……あの騒動の後だ。


 未知なる対象として、僕を避けるのは当然かもしれない。入学初日、晴れて生徒会長に就任――すごい、すごすぎるよ! 

 自画自賛してみるものの、虚無感は募るばかりだ。これからどうすればいいんだろうね。 


 僕の『言霊』に、そこまで大それた力はないんだから。


『言霊』とは、個々が持つ性質のことを指す。

 この世界は誰しもが言葉に力を持っており、言葉を現象化することが当たり前となっている。

 しかしながら、言葉を現象化するに置いて、皆一様に同じことができるわけではない。人の持つ個性とでも言うべきか。例を上げるならば、先ほどの生徒会長のよう『雷』にするなど――その他、様々だ。


 僕にもまた、自分の『言霊』がある。


 断言しよう。偶然に偶然が重なったと言っていい。生徒会長? そんな器、僕にあるわけがない。無茶、無茶なんだ。

 何故なら、僕の、僕の『言霊』は――、


「ぁ、あのぅ」


 ――背後から、控えめな声。

 多分、僕以外の誰かに対してだろうと、気にせず進み続ける。確か、僕の教室はこの廊下の奥、真っ直ぐ――、


「まっ、待っ!」


 ――あそこか、隅っこだ。


「待ってよーっ!」


 打って変わって、大きな声。

 び、びっくりした。どうやら、僕だったようだ。慌てて振り向き、


「……ぁ、止まってくれた。言動、言動言也君だよね」


「そうだけど、君は――」 


 と、言い掛けて言葉を失った。

 少し吊り上がった猫のような瞳。ぴこぴことした栗色のツインテール。全体的に幼い顔立ちをしており、小動物的な印象に見受けられる。

 自然、手が頭の方に伸び――おぉ、危ない。無意識、撫でたいという衝動に駆られてしまった。率直に言おう、めちゃくちゃ可愛らしい。

 知り合い? なわけもないよな。なんの用だろう。


「夕凪、水城夕凪って言うの。よろしくね」


 唐突な自己紹介、差し出される右手――、


「え、あ。ょしく」


 ――微妙に声が裏返る。

 笑われると思ったが特に反応はなく――うんうん、と首を上下に振りながら言葉の続きを待っていた。今の心配は取り越し苦労だったらしい。

 仕切り直すよう、僕はコホンと咳を一つ、


「よろしく」

「ねね。もしかして、言也君も一年五組なの?」

「えっと、あの奥の教室だから――一年五組、だね」

「あは、同じクラスなんだ。あ、夕凪のことも気軽に夕凪って呼んでね」

「ぁ、うん。……ゆ、ゅゆ、夕凪」

「ふふふーん」


 ぶんぶんと、リズムよい握手。

 突然すぎる。え、えぇ? いきなり呼び捨てだなんて、なにかのフラグ立った? 入学式の僕を見て、一目惚れしちゃいました系ですかね。やや、そいつは参った。

 そして、彼女――夕凪は愛らしい笑顔で、


「早速だけど、挑んでもいいかな?」


 ああ、本当に参った。

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