第1話 入学式①

「ふはぁ」


 気だるさを大量に含みこんだ息と共に、僕は天井を見上げた。

 きらきらと星のように、電球が何個も何個もぶら下がっている。ひぃ、ふぅ、みぃ、よぅ、中学校の時と比べると一列に二つは少ない。あっ、けど大きさと明るさはこちらの勝ちだな、とかどうでもいいことを頭の隅っこの方でぼんやりと考えていた。


「であるからして、悔いのない高校生活を是非とも過ごして頂きたいと思い、我が高では校則に――」


 うんちゃらかんちゃらと、体育館の壇上で延々と語り続けられる演説――最早、一種の催眠術にも思える。その効果を促進させるかのごとく、羊が一匹、二匹というノリで電球を数えていた僕も馬鹿といえば馬鹿だけど。


「であるからしてして、生徒の心得、第一項、敬語を正しく使う。第二項、服装はきちんと着用。第三項、若いうちは足を――」


 この催眠音波の中、他の生徒はなにをしているのだろう。壇上から目を逸らし、欠伸まじりに辺りを見回す。


「んー、文化系だな。……俺さぁ、体力に自信ないわけよ」

「いやいや、体育系だろ? 汗と共に過ごす青春! 熱いねぇ」

「うげげぇ、かったるい校則。……入るか入らないかくらい、私たちの好きにさせろって感じ! あーぁ、帰宅部もありにしてくれないかな」

「あはは。でもでも、意外と楽しいかもしれないよ」


 校長の話など聞く耳持たん、といわんばかり、男子女子共々――大半の生徒が紙の束を片手に、ひそひそとお喋りをしていた。

 あれは確か――校門前で配布されていた案内冊子だ。ごそりごそごそ、鞄の中へと手を伸ばす。暇つぶしには丁度いいかな。


 パラパラとページを捲ると、

『元気溢れる新入生募集中』

 真新しい紙の匂いと共に、どこも似たような文字列が目に入る。

 この学校はいずれかの部活、委員会などに入るよう校則に義務付けられており、必ずどこかに所属しなくてはならない。


「以上、校長先生からのお話でした。これより次のプログラム、クラブ紹介に入りたいと思います。もうしばらくの間、ご静聴よろしくお願い致します」


 マイクを通して響き渡る司会役の言葉に続き、壇上の裏から男子女子生徒――ぞろぞろと、数十人が入り混じって出てきた。

 入学式と一緒くたにする当たり、無理やりにでもクラブ紹介を見なくてはいけないところは、ある意味でベストなプログラムの組み方かもしれない。


 はっきり言うと、面倒くさい話だ。

 校長の長い話に加え、クラブ紹介――冊子を見る限り、中々の数がある。全校生徒強制的に所属しなくてはならないので、数が多いのは当然と言えば当然か。

「『囲碁部』でっす! 新入生の諸君、未知なる一手を探してみないかい!?」

 まあまあ、椅子があるだけ――マシかな。

 

……。

…………。

……………………。


「どうもどうも! 『陸上部』をよろしくぅ!!」


 つつがなくクラブ紹介は進み、つつがなく終わりを迎えようとしていた。

 どうやら、紹介の順番は『あいうえお』のようだ。すごくどうでもいい法則を発見してしまった。お尻の方もいい具合に暖かくなってきて、目蓋が重たくなってくる。

 昨晩、よく眠れなかったからかな。


「それでは、最後の挨拶を生徒会長からどうぞ。司会進行役、風宮蓮でした」


 むにゃ、と欠伸を一つ。


「あー、あー、あー、ごほん。挨拶の前に一言、皆の者よく聞け」


 むにゃむにゃ、二つ。

 ふぁ、欠伸が止まらな――、


「弱! 肉!! 強! 食!!」


 ――さすがに目が覚めた。


「ワシの好きな言葉じゃ。覚えておくがよい」


 じゃ、弱肉強食? 

 覚えておいて意味はあるのか? といった疑問は途方の彼方へと過ぎ去り――開口早々こんなとんでも発言をしているのは、一体全体どのような人物なのだろう。

 自然、視線が壇上へと向けられる。


「ぅ、わ……」


 思わず声が漏れた。

 凛とした立ち姿、それに見合う長く艶やかな漆黒の髪、パチリとした大きな瞳は黒真珠のように煌びやかで――ああ、日本美人。大和撫子と言っても過言ではない。どのパーツもくっきりとしているため、遠目からでもよく目立つ。


「ふむ、新入生の諸君に告げる。先刻までの窮屈な話、眠くなるのも致し方のないことではある。が、これから話す内容には両の眼をしかと見開き、重々と耳を傾けて置くが吉と言っておこう」


 きゅ、窮屈って――先ほどまでの話、一蹴ですか。

楚々とした見た目に反し、威風堂々とした立ち振る舞い――嫌味な感じなど、微塵もなかった。なんというか、逆に清々しい。


「この世界は、言葉により統制されている。どの国にも、支配者として君臨する者が存在している。して、この学校――『葉言高校』もしかりである。つまり、現・生徒会長の弓丘天音。ワシにより統制されているといってもよい」


 この発言自体は、普通の内容だ。

 どこの国にも、言葉により勝ち上がり、言葉により成り上がり、支配者として君臨する者が存在する。

 例を出すなら、日本で言うところの総理、外国で言うところの大統領がそれに当たる。そのルールは『世界の法則』と言われ、国に限らず企業や団体、学校に置いても例外ではない。全てに通ずると言っていいだろう。


 そして、秩序と安定は保たれている。

 現・生徒会長――弓丘天音。彼女も言葉により勝ち上がり、成り上がり、『葉言高校』の頂点。生徒会長として君臨しているんだ。

 一言でいうなら――最強。


「ワシに統制されるのが不服だと申す者、挑んでみせよ。無論、この『葉言高校』生徒会長――弓丘天音に!」 


 だ、大胆不適な発言だ。

 新入生に対しての威嚇としか思えない。 


「……まぁ、僕には関係ない話かな」


 なんとなしに呟き、冊子に視線を戻す。

 生徒会長に成り代わろう、などといった野望など皆無。普通の高校生活を過ごすことができれば、それで十分だ。部活、委員会――ふぁあ。うーん、楽なものを探すとしよう。


「……まぁ、僕には関係ない話かな」


 んんっ! 

僕、同じこともう一回――呟いたっけ?


「男ならば夢、野心の一つくらい持て。して、視線は最後までこちらに向けておけ。欠伸は噛み殺せ。眠たそうに口を広げるな――男が下がる」


 えぇ、と――、


「のう、そこの欠伸小僧」


 ――壇上から、鋭い視線が突き刺さる。

 ぼ、僕のことじゃ、ないよね? 

 右、左、右、左。ゲームの隠しコマンドのよう、周囲を見渡す。いやぁ、いくらなんでも違うでしょう。一応、作り笑いを浮かべながら自分を指差してみる。


「そう。お主じゃよ、お主」


 嘘、だろ?

 壇上から僕までの距離――激しく遠い。あそこから、僕の声が聞こえたとでもいうのだろうか? じ、地獄耳すぎるよ。


「お主の欠伸は一、二、三。仏の顔も三度まで、とでも言うべきか。……自らの不運を呪え、お仕置きじゃ」


 天高く、生徒会長は人差し指を掲げ、


「我が『言霊』は、天の音を鳴らす者――『雷神』!」


 轟音が体育館に鳴り響いた。

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