第4話 泣きっ面に蜂

「グルルルルるる」


 その音が聞こえてくる方向を向いてみると、そこにはなんと狼がいた。しかも、かなり大きめの狼だ。


「……っ!!」


 人は本当に驚いた時には声は出ないというが、本当にそうだったらしい。まるで声がでない。驚きと恐怖が入り混じり、声帯が機能しなくなるのだ。


 空腹も相まってまともに思考が展開できない。ヤバイ、どうしよう。本当にどうしよう、もう頭が回らない。


 そうだ、まだこの狼が俺を襲うとは決まっていない。ただこのイノシシの匂いに釣られてきたのだろう。だから、この獲物を素直に渡せば見逃してくれるんじゃないか??


 おおー、ほぼ死にかけの俺にしてはよく考えた方だな。この体勢のまま狼を刺激しないようにジリジリと下がってみる。イノシシだけを意識させるんだ。


「ガルゥッ!!」


 あ、詰んだ。完全に俺に目が向いてる。こりゃ終了のお知らせだな。もう諦めよう、いや、まだ俺には手がある。最後は運に身を任せよう。


「【ランダム武器生成】!」


『ランダム武器:松明を生成しました』


 来たー! この状況下において、最強にして最善の手! たまにはこのスキルも役に立つんだな! 


 どうだ! これさえあればお前は俺に近づけないだろう? まあ、俺もお前を倒せないし、近づけないのだがな。


 そして、こそっともう一つ出しておく。自分ように欲しいのだ。ただ、ここはあくまでも森の中で、容易に火が燃え移るため最新の注意を払っておく。


 両手に火を持った状態のまま、ジリジリと狼に近づいていく。うん、明らかに嫌そうな顔をしているな、いいぞ、その調子だ。


「グルルルル……」


 そんな悲しそうな顔をしても無駄だぞ? 俺には命が掛かってるからな! お前は自力で別の獲物を捕らえることだってできるだろう? 頼む見逃してくれ!


「ガルッ!」


 願いが通じたのか、狼は不機嫌そうに踵を返していった。


「ふぁー」


 疲れたー、ただまあ俺は狼を撃退したんだ、しかもこの運ゲースキルで。生き残れただけ良かったよ。


 あ、そうだ! 俺にはご褒美が待ってるんだったな! イノシシの肉をようやく食えるぞ!


 歓喜に包まれた俺は後方にあるはずのイノシシを見ようと振り返った。すると、そこにあるはずのイノシシの死骸はなく、何も無い空間がそこにはあった。


「え?」


 どういうことだ? 何故ここにあるはずの肉がない? 俺が倒して俺が食う予定だったんだぞ??


 よくよく見てみると、そこにはそこそこ大きな足跡があった。恐らく、先ほどの狼の仲間か、別の第三者が横取りしたのだろう。


「くっそー! やられたー!」


 だから狼も俺を逃したのか。襲う必要が無くなったから。クソだなマジで、どんだけ過酷な環境なんだよここは。


 気づくと両手に持っていた松明も消滅していた。その火をどこかに移しておけば、まだ火は使えただろうに……


 泣きっ面に蜂、とはまさにこのことだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る