第45話 頭上から降りそそぐ星のような


「そうよ。そうに決まってるでしょ」

「ひょ、ひょうか、ひょうだな。ひゃしかに、ししうへは、いひょがひいから……」

「そうなの。分かった?」

「わ、わはっは。わはっはかひゃ、じゃんしゃー、い、いはいはら」

「おい、いい加減にしろ。プランサーが痛がってるだろ」

 ダンサーはふんと鼻を鳴らすと、プランサーから手を離す。プランサーは涙目で両頬を摩りながら言った。

「……しかし、ダンサーはまこと、父上のことを慕っているのだな」

「は、はあ? そんなのみんな同じでしょ」

「そりゃ、父上のことはもちろんお慕いしている。だが、ダンサーはなんと申すか、父上へのお慕いの度合いがまるで奥方様のようだ」

「お、奥方? ってなに? なんなの? わけの分からない言葉ばっか使って惑わすのはやめてよ。ちゃんと分かる言葉で話しなさい」

「うむ、奥さんだな。妻だ」

「お、奥さん? 妻!?」

 顔から湯気を噴き出しそうなくらい、ダンサーは真っ赤になった。

 プランサーが得たりという顔で言う。

「なるほどな。ダンサーは父上に恋慕の情を抱いているのだな」

「れんぼのじょーって、なによ! バカ! ただの刀オタクのくせして、知ったようなこと言わないで!」

 はははと明るく笑うプランサーを、ダンサーはぽかぽか殴った。


 なんていうか。

 普段こんな感じなら本当に大丈夫なんだろうなと俺は密かに安心した。

 ダンサーが一人で孤独を感じているだけで、姉達はダンサーのことを微笑ましく思っているのかもしれない。

 少なくとも、プランサーがダンサーを見つめる瞳はあたたかく、優しかった。


「サンター!」

 その時、どこからともなく幼い声が聞こえた。

 聞き覚えのある子供の声。

 だけど、こんなところで聞こえるのはおかしい声。暗闇をきょろきょろ見回す。

「サーンーター!」

 声は頭上から聞こえた。闇の中で星が瞬くような赤色が光る。その光は真っ直ぐ俺の上に降ってきた。

「いっ!?」

 鹿だ。水色の鹿、いや、トナカイか。

 それが分かったとしても、やめてそのまま突っ込まれたら俺の頭に風穴が空く。どころか、頭が吹き飛ばされそうな勢いだ。

「ぎゃああ」

 思わず悲鳴をあげて、目を閉じた。

 衝撃はあった。

 だが、それは思っていたような、例えば車に激突されたようなものではなく、あくまで子供が思いっきり抱きついてきたような重みだった。

「サンタ! サンタ見つけたよ! 探したよ! 探したんだからー!」

 俺に抱きついてそのぷくぷくほっぺたをすり寄せる。それはまさしくルドルフで、俺にぶつかる直前にちゃんと人の形に戻っていた。

「お、おう。ルドルフか。えと、でも、え? どゆこと?」

「三田様が家に戻ってらっしゃらないので心配になって、みんなで探そうということになったんです」

 安らぐ! 

 その声だけふやけそうな柔らかい声に目を向ければ、降り立ったのは深緑色のトナカイ。

 人へと姿を変えれた彼女はもちろん、キューピッドだ。キューピッドはずれた銀縁のメガネを直すと、にこりと微笑んだ。

「ルドルフがその鼻で匂いを辿って見つけてくれました。よかった。こんなところにいらっしゃったんですね」

「ああ、そうか。連絡しないでこっちに来ちゃったもんな。ごめんな、その、心配? して、くれたんだ?」

「あたりまえだよー」

 俺に抱っこされたルドルフが言う。

「きゅーちゃんがおいしいハンバーグを作ってみんなで待ってたのに、いつまで経ってもサンタ帰ってこないから、どうしたのかな? って。夜が明けても帰ってこないから、サンタになにかあったのかも! ってなって。探すことにしたの」

「まあ、ルドルフに先導してもらって、京都に着いたのは早かったんだけどな」

 オレンジ色のトナカイこと、ダッシャーが言う。

「京都に着いたらまたみんなバラバラになっちまったんだよな。最初にヴィクがいなくなりやがって……」

「だ、だって、まさかの京都ですのよ。赤霧島様が番外編で旅をした場所なのですわ。聖地巡礼ですのよ。それに、京都のアミメイトには、限定・着物姿の赤霧島様クリアファイルがあるのですわ」

 赤いトナカイ、ヴィクセンがツインテールをぴょこぴょこさせて興奮気味に言う。その手にはしっかりアミメイトの紙袋がぶら下がっていた。

 お、おう。相変わらずだな。

 ダッシャーが呆れた様子で続ける。

「で、ルドルフは出店の匂いにつられていなくなるし。それを追いかけたキュー姉はルドルフを見失って迷子になってたし、そうこうしてるうちに私もスニーカー屋さんを見つけて見入ってたら、一緒にいたはずのコメ姉とはぐれてて」

「コメ姉?」と、俺がよく見れば、そこに見慣れない姿があることに気づく。

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