第13話 冒険の予感
「そんなことより先輩、呼びつけた用事はなんですか? まさかあれだけじゃないですよね?」
「ああ、実は見せたいものがあるんだ」
斉藤先輩はナオの質問に、教授と顔を見合わせニッコリと頷くと、机の上に放り出していたタブレットを差し出した。
「これは……?」
「まあ、見ろ」
動画アプリが立ち上がっている。
真ん中の再生マークをタップすると、まるで夕日を浴びたようなオレンジ色の大砂丘が目の前に迫る。
カメラが砂丘を避るようにすっと高度を上げると、雲ひとつない青空と、見渡す限り一面の砂漠、そして砂にけぶる地平線が映ったあたりでぷつりと唐突に終わった。
「あれ? 砂漠? どこの?」
私の質問に先輩はうんと頷くと、タブレットを取り返してもう一度頭からリピート再生する。
人影も動物の姿もなく、場所の手がかりになりそうな物は何も写っていない。
「特徴は赤っぽい砂の色……まさか、ナミブ砂漠とか言わないですよね?」
ナオの疑わしげな口調に、先輩はすました顔で作業机にあった一抱えほどの大きさのドローンを取り上げ、ナオにぽいと手渡す。
「これと同じドローンで撮影したんだが、カメラの電波が十秒しか受信できなくてね。手がかりはこれだけだ。正直、どこだか判んないんだ」
芝居がかったジェスチャーで「お手上げ」と言って、ペコちゃんみたいにペロッと舌を出す。
「……ぜんぜん意味分かんないんですけど。こんなドローンまで飛ばしといて、場所不明って何ですか?」
「そのあたりは私から説明しようか」
先輩が答える前に金剛寺教授が割り込んで来る。そのまま応接セットに手招きされ、私とナオは並んで腰を下ろした。
「この研究室の研究テーマは知ってるよね」
「確か、革新的輸送機械の研究と開発……って聞いたような」
「そう。これまでにない、新しい輸送機を研究している。で、最近のテーマは、ドローンの滞空時間と積載量を劇的にアップして、実用的な無人宅配デバイスを開発すること、なんだ」
「でも……」
ナオはそこで口ごもると、先輩に手渡されたアメンボみたいな形の華奢なドローンをためつすがめつする。
「あまり詳しくないんですけど、電池が持たないから距離を飛べないとか、重い物は積めないとか、いろいろ問題があるって聞いた気がします」
「そう、まさにそれがドローン輸送の問題点なんだ。だが、あの中華鍋がそれを解決する――」
「先生ぃ~、あなたまでアレをそう呼ぶんすかぁ?」
お茶を持ってきた斉藤先輩が、わざとらしくその場に崩れ落ちながら嘆く。
「確かに、一度そう言われてしまうと、もう中華鍋にしか見えないんだよな~」
ハハハと力なく笑いながら頭を掻く教授。
「正確には、重力軽減ジェネレーター試験機、だな。いや、“だった”と言うべきか」
目の前に置かれた湯飲みを取り上げてグビリと一口飲むと、
「本来は、イオノクラフトの原理を応用してドローンにかかる重力を軽減し、輸送力と航続距離を格段にアップさせる夢の新兵器! になるはず、だったんだが」
そう、残念そうにグチる。
「重力軽減って、もしかして、反重力ですかっ!!」
その途端、ナオが腰を浮かしながら大声を上げた。でも、私は何が凄いのか判らない。
ぽかんと二人の顔を見やる私に、ナオは顔を紅潮させながら叫ぶようにまくし立てる。
「反重力だよ! この世のすべての飛行機が、一発で博物館行きになる技術! いや、下手したら車も船もロケットも、もちろんバイクも、ありとあらゆる乗り物が時代遅れになる。そんな夢の――」
「あー、浜崎君、それ以上興奮しなくていい。反重力でもないし、実験は失敗したから」
「えーっ! ダメだったんですかっ?!」
悲鳴のように言うと、ナオはドスンとソファに沈み込んだ。
彼がここまで感情を見せるのは珍しい。それほど凄い技術なの?
「でも、まあ、思わぬ副産物があってね。それがあの映像なんだ」
「どういうことですか?」
ソファに墜落したままのナオの代わりに私は疑問を口にする。
「実はあのステージを作る前、もっと小さな試作機で実験したんだ。装置の上にドローンを浮かべて起動した瞬間、装置の直上から約三メートルの高さまで、円筒形の不可思議な空間が出現した。斉藤君がすかさずドローンを送り込み、装置の電源が落ちるまでの数秒間だけ、あの映像が録画出来たんだ」
「こいつで空気のサンプルも取ったぞ」
斉藤先輩がジャムの空ビンの蓋をパカパカやってみせる。
「空気の組成はここと同じ。窒素が微妙に多いけど。まぁ、測定器の誤差だろうな」
「というわけで――」
教授はソファに深く座り直すと、両手を膝の上に置いて厳かに言う。
「あの砂漠が地球上のどこなのかを解明すること。当初の目的は果たせなかったが、それが出来れば、新型輸送機械の開発はまったく別の形で実現する」
「それって、
あ、ナオが復活した。
「君たちには、直接向こうに出向いて、あの赤い砂漠の大地が一体どこなのか、その手がかりを探って貰いたいんだ」
「あの装置で、あの砂漠に行けるんだ」
研究室を出たナオは、まるで熱にうなされたように、ずっとそればかりつぶやいている。
私だってナオと付き合うようになって少しは勉強したから、彼が砂漠に憧れる気持ちは少しだけ、判る。
世界一過酷な冒険ラリー、“ダカールラリー”の創始者、故ティエリー・サビーヌ。
彼は、第一回のスタート直前、参加者に向かって「扉の向こうには、危険が待っている。扉を開くのは君だ。望むなら連れて行こう」と言ったらしい。
アフリカか、それとも中南米か。あの装置がどこに繋がる扉なのかは判らない。
でも、日本の普通の大学生じゃ絶対に体験できない大冒険と、それと同じくらいの危険があの装置の向こうにはあるのだろう。
「ねえ、ナオは怖くないの?」
「怖くない。なくして困るものもない」
「でも、ちゃんと戻ってこれるのか、それもこれからだって言ってたよ」
「それでも……」
夕焼けをにらみつけるようにしながら、ナオはつぶやく。
「挑戦したいんだ。ただここに留まって、憧れるだけなら、いつまでも夢のままだから」
夕日に照らされた彼の横顔は、なぜかとても幼く、触れば壊れてしまいそうなほどはかなく見えた。
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