第183-2話 マツリの騒動

「お二人とも、間もなくです。」


翌朝、日が昇る前に置きだし、冷たさを感じる水で体を流した後に、その際こちらでの水浴びの作法を聞いたりしながら、準備を整え、礼拝度の脇、こんなところに出入りできる場所があるのかと、そんな場所でオユキとトモエが控え、今日二人の補助役として付けられた修道女にそう声をかけられる。


「分かりました。最後に確認ですが。ここからはオユキさんが御言葉の小箱を運んで、私は、戦と武技の神、その神像の前から、それで間違いありませんか。」

「はい。その、最後までなかなか決まらなかったのですが、戦と武技の神が男神であるため、その方が良いだろうと、公爵様も言われたようでして。」


こちらの段取りは昨夜急遽変更になった。

長い距離オユキが慣れない体勢で歩くと、トモエよりも裾を踏んだり、立ち上がり際に髪を踏んだりと、どうしても粗相が起きるため、トモエが行っていたのだが。


「ええ、分かりました。その、裾を上げたりは、出来ないんですよね。」

「申し訳ございません。」

「いえ、仕方ない事ですから。お手数ですが、補助はお願いします。」

「お任せください。司祭様の祈りが始まりましたね、では。」


そうしてオユキが修道女からきらびやかな台座に乗せられた御言葉の小箱を、その台座ごと受取、事前に教わった通りの姿勢で、それを持つ。


「はい。素晴らしく良い姿勢です。」

「すいません、どうしても目線の位置に来て、前が見えないので。」

「心得ております。そろそろですね。トモエさまも。私が前を、そちらの二人が後ろに立ちます。

 出来る限りの事はさせて頂きますので、どうぞ安心してくださいね。」


そうして、司祭の祈りが一度止まったところに、修道女を先頭にして、オユキ達も控えていた場所から礼拝堂に踏み出す。

その控の場は、礼拝に来た人々に気づかれにくい位置にあることもさながら、椅子の横に並ぶ騎士の背に隠れる位置に来ることもあり、まだ誰にも気づかれていない。

そうして、前をゆるゆると歩く修道女について、オユキとトモエも進む。

オユキは目より少し高い位置で台座を前に掲げるように持っているため、足元は見えるが、その先をろくに見ることは出来ない。前を行く修道女のローブの裾、それと間隔が常に同じになるようにと、ローブの裾を踏まぬようにと、気を付けながら前に進む。

既に礼拝堂の中は座れる席は一つもないため、門は開け放たれたままではあるが、騎士達が代わりに並び、それ以上の人が入ってこないようにしている。

そんな場所を少し横切り、中央に、準備の一環で神像の位置まで変えた様だ、創造神、その右手に戦と武技の神、左手に水と癒しの神、その前では司祭が祈りを捧げ、巫女が何かの歌を歌い始める。

そのタイミングで、左右に礼拝者が肩が当たるほどの間隔で、無理に詰め込む様にして座る長椅子、そこに叱れた白い絨毯の上を進み始める。

その時、その絨毯の左右に、水の壁が立ち上がる。

礼拝堂の中にも水路はあるが、そこからというわけでもなく、トモエたちの歩くその絨毯、その横から、どこからか吹き上がる水が壁を作り、司祭が祈りを捧げる説教台までの道を確かなものとする。

礼拝者はその演出に、静かにどよめき、この後どうなるのか、そういった注目をオユキ達にも注ぎ始める。

人の耳目を集めるのは慣れてはいるが、こういった類の物は初めてだと、そう感じながら、オユキはただ自分の足取りに集中して前に進む修道女を、同じ距離を保つように追いかける。

どうしても歩幅が小さく、通常の歩みで行かれると、オユキは大股になるか速足になるかを選ばざるを得ず、加えてこの体勢、粗相が起きることも多かったが、今回は修道女が歩幅を変えない代わりに、かなりゆっくりと歩いてくれているため、特に何事もなく、説教台の前にたどり着き、その横を通り過ぎ、戦と武技の神、その前に据えられた供物台の上に、ここまで運んできた台座を置く。

その際に跪き、聖印を切り、祈りの仕草を取り、そういった一連の動作を、どうにか無事に終えると、緊張から解放されたこともあるのだろう、立ち上がろうとして、髪が腰から下げた剣に引っかかり、痛みを覚え、体が傾き、ふらつきそうになるのを、そっと修道女に支えられる。


「助かりました。」

「いえ、ご立派でしたよ。」


オユキが終われば、次はトモエが、聖印を切って、祈りを捧げ、それからゆっくりと供物台から台座を取り上げ、水と癒しの神の神像、その前で待つ司祭へと、ゆっくりとそれを届け、渡す。

受け取る司祭は、跪きただ両手を前へと掲げている、そこにトモエが台座を乗せれば、一先ず二人の祭事として行う部分は終わる。

そのままゆっくりと下がり、オユキと修道女の待つところに戻ったトモエが、肩から力を抜き、大きく息をつく。

まだ、儀式の最中であるため、二人で互いに小声で、話し合う。


「正直、担当を変わっていただいて有難かったです。

 こんな短時間で、ここまで疲れるとは。」

「お疲れ様でした。お見事でしたよ。」

「オユキさんも。」

「お二人とも、本当にありがとうございました。時間のない中、ここまでの役をお引き受けいただき。」


そこに他の修道女も加わり、二人にねぎらいの言葉をかける。

後はこのまま戦と武技の神、その神像の前に立ち、神の言葉が届けられるのを待ち、それが終われば、司祭たちと共に教会の奥に下がるだけ。つまり何事もなければ、後はこうして立っているだけでよい。


「先ほど、こちらに向かう際、水の壁が絨毯の両脇に立ち上がって、美しい光景でしたよ。」

「それは、見られなかったのが残念です。」

「祭祀の段取りには含まれていなかったので、神の奇跡でしょうか。」

「そういう事もあるのでしょうね。」


そうして、祭祀の邪魔にならぬようにと、そこで言葉を切り、改めてあたりを見回す。

説教台の正面、そこには見覚えのある顔が座っている。

やはり前列には貴族、それも高位の物が来るのだろう。

モラニス伯爵と目が合ったため、どうしたものかと僅かにに逡巡すると、彼が少し視線を横に動かす。

つられてそちらを見れば、目が合うと軽く頷く男性が、そこに座っている。

モラニス伯爵よりも、挨拶を優先すべき相手、そしてそれ以上がいないとなれば、つまりその人物が公爵その人なのだろう。

オユキとトモエが大きく動くわけにもいかず、目礼を行えば、相手も軽く頷いて答える。それから視線を戻してモラニス伯爵にも同様に。

そんなことをしている間に、御言葉の小箱が、司祭から御子の手へと渡され、それを説教台の上へと乗せると、以前、御言葉の小箱を開けるときに聞いた、不思議な、どの言語によるものか分からない不思議な歌が始まる。


そして、その歌を止めるように、動きが起こる。

予想されていたのは、実際に事が起こってから、そうだったのだが、加護が失われる前に、その腹積もりだろうかと、トモエは考えながら、説教台の前に、飛び出し、説教台から最も近い、しかし公爵や伯爵の座る席とは反対側、そこから立ち上がり、飛び込むようにしながら抜き放った剣を振り下ろす、そんな相手の斬撃を捌き、前蹴りをたたき込んで後ろに転がす。

そして、それに同調するように、ところどころの席から立ち上がり、ナイフや短剣を巫女と司祭に向けて投げる物が現れる。

飛んでくる刃物は、大した加護を得ている人物によるものではないのだろう、脅威となる速度でもなく、オユキが長い袖をふり、それら、司祭たちにあたりそうなものをはたき落とす。

直接触れるには、毒の可能性があるため、衣装にはもったいないことをしたと、そう思いはするが。

礼拝者の悲鳴が上がるが、それにお構いなしに、さらに数人が説教台、そこで騒動など知らぬとばかりに祈りを捧げる司祭と、巫女を狙って剣や短剣を手に数人が向かって来る。

オユキとトモエは、それぞれ慣れない、儀式用であり、あくまで実用ではない片手剣を鞘から抜き、それらに対処を行おうとするが、流石に数が多く、あくまで狙いは司祭と巫女と、無理に抜けようとする相手を、止めるために、それぞれ無理をすることとなった。

前に立ち、通さぬと切りかかってきた一人をあしらったその時に、その影から飛んできた短剣を、間に合わず、やむなくトモエは素手で弾き、手のひらを切る。

オユキの方も一人を剣の柄で腹を殴り、うずくまらせたところで次と、そう動こうとしたところで、うずくまる男が間の悪いことに、ローブの裾と髪を踏む位置に足を置いたため、身動きが取れなくなるうえ、大きくバランスを崩す。

そして、そこに剣を手に切りかかる相手を、浮いた片足を振るって、相手の剣の持ち手を蹴り狙いを逸らすが、それでも威力が全く足りず返す刀で、その蹴り足を浅く切られる。


「悪いわね。遅くなったわ。」


そして、他の者もまとめて、ルイスとアイリス、他の騎士によってまとめて叩き伏せられる。

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