第242話 宴席

「では、無事の帰還を祝して。」


そうトモエが音頭を取ってジョッキを掲げれば、方々からそれに合わせて歓声が上がる。

狩猟者ギルドを後にして、傭兵ギルドにも顔を出して誘いをかければ、面倒をかけられる分は、貰いに行くと、いつもの席に座っていたアベルがよい笑顔で言い放った。

どうやら、長である彼には、すでにルイスとアイリスからしっかりと報告が行っているようだ。

その二人も、今はいくつかの丸テーブルを合わせた、即興の大きい机に一緒に座っている。


「ま、とりあえずお疲れ様、だな。」


そうミズキリに声をかけられ、オユキは頷く。この後は少々重要な話もあるからと、オユキはワインではなく、果汁の水割りだが。


「それにしても、良いワインだな。」

「公爵様から頂いた物です。確か、リオハ領の物だとか。」

「高級品じゃねーか。良いのか、こんな碌に味の分からないやからに配っちまって。」

「流石に、私達二人で樽を開けられるものではありませんから。」


他方では、ワインに早速口を付けたアベルとトモエが話している。

そして机には、これまでにもよく見た料理に加え、チーズも所狭しと並べられている。

サラダにも賽の目切りにしたもの、薄くスライスしたものが混ぜられているし、こちらで以前に食べたハムに巻かれていたりと、短い時間でよくもまぁ思いつくものだと、そう感心する料理が並んでいる。

勿論、チーズ単体としても用意されていますが。


「私は、こちらが好きですね。華の香りが、好ましいです。」


ルーリエラがそういって、上部を切って、中を混ぜ、クリーム状になったそれを固いパンに付けながら口に運んでいる。


「花、ですか。」


チーズには関係ないようにも思えるがと、オユキが首を捻れば、ミズキリが補足をくれる。


「ああ、酵素にアザミを使ってるんだよ。」

「てっきり、動物性ばかりと思っていましたが。」

「それもあって、特別なんだろうな。にしても、俺は知識として知ってはいるが、口にしてもさっぱりだな。」

「そこは、まぁ、そういう種族ですから。」


ミズキリはお土産にと渡した酒杯を気にいってはくれたが、流石にここで使うことはせずに、木でできたジョッキでワインとチーズを楽しんでいる。他に席についている面々は、それこそ狩猟者ギルドの長、ミリアム、カナリアにマルコと、実に雑多な席となっている。勿論、ゲラルドも座っているが。


「私は、こちらの方がいいですね。」

「ふーん。ま、そのあたりはそれぞれってとこだろうね。にしても、公爵様からのお酒、ね。」

「そういうイリアも、そっちのお肉で巻いてる奴、気に入りました。」

「ああ。アタシはこっちがいいね。塩気があって、よく合う。」


そうして、方々での会話がある程度進み、他の席でも賑やかな声が上がって来たなと、そんなところで改めてオユキがゲラルドに声をかける。


「ご足労頂き、ありがとうございます。」

「いえ、私としても、こういった賑やかな席は嫌いではないですから。」

「そうなのですか。」

「ええ。こうして活気を感じるのは、やはり好ましい事ですからね。」


そうして、どこか嬉しそうに宿の中をゲラルドが見渡す。その先では、フラウが忙しそうにあっちこっちと料理を出しながら、所々で、出された料理の少しを口に運ばれている。

彼女も楽しんでいるようで、何よりだ。


「さて、遅れましたが、こちらがミズキリ。ミズキリ、先に話した相談役の方、ゲラルドさんです。」

「ああ。改めて、ご挨拶を。異邦からの身故、至らぬ事が有れば、どうかご寛恕の程を。」

「なに、こういった場で礼を取れと、それはもう不条理というものでしょうとも。」

「ご高配、有難く。さてオユキから用件だけは聞きました。インスタントダンジョン、それについて私の知識をと。」

「ええ。何分急ぎの事です。」

「ああ。おおよそ分かりました。成程、最近解禁されましたか。」

「どうにも、そちらのオユキさん、その友というだけはあるようで。最も片手で数えられる、その程度の日がたったばかりですが。」


ゲラルドがそう疲れたように言えば、ミズキリから咎める様な視線が送られる。ただ、オユキとしてもそれについては不可抗力だと目で訴えて返す。


「友がご迷惑を。」

「迷惑ではないところが、なおのこと厄介なのですが。」

「まぁ、そういった手合いです。昔から変わらないと、私としては頼もしく。」

「身内であれば、そうでしょう。手綱を取るのは大変そうですが。」

「そんな事は致しませんとも。善意によるものです。それを受け止める、その器量程度は、私も持っているつもりですから。」


そう言ったところは、この友人も変わらないと、オユキは頼もしくその姿を見る。


「さて、インスタントダンジョン、その機能ですが、まぁ、ここで話すことではない物は。」

「ええ、割愛していただけますかな。」

「では、まずは概要を。」


そうしてミズキリが、オユキもぼんやりと伝えたことをより詳しく説明する。

とにかく大量の魔石が必要になる事、設置場所は結界内であれば選べること、そして指向性、採取物の大まかな選択が出来る事。それと、その危険性も。


「やはり、そう簡単には御せませんか。」

「ええ。特に厄介なのは、発生させた場所が結界の影響から外れるところです。加えて内部の魔物は、魔石の質と量である程度しか制御できません。」

「そして、放置が続けば、崩れて中から魔物が、ですか。」

「定義は、恐らく変わるでしょう。中の魔物は魔石を得られませんから。」

「そうなると、色々と手が要りますね。」

「オユキが約束しているでしょう。無論協力は惜しみません。」

「その、有難いのですが。」


あっさりとそう言ってのけるミズキリに、ゲラルドが少々遠慮をするような、そんなそぶりを見せる。

恐らく対価について考えているのだろうが、さて。


「対価なら、得られたものの販売で、十分でしょう。まぁ、頂けるものは喜んで、そう応えはしますが。」

「そちらについては、私ではお約束できません。」

「まぁ、相談役であれば、そうでしょう。オユキは、ああ、それで王都か。」

「はい。宿泊先の手配を。」


そういって笑って見せれば、ミズキリはしかし苦い顔をする。


「恐らくだが、先方としては足りないと、そう考えているぞ。」


恐らく、それがゲラルドの警戒、その一端なのだろうとは予想がついているのだが、正直相場などわかりようもない。


「相場が分かりませんし、こういってしまうと礼を欠くでしょうが、頂きたいものが、正直。」

「まぁ、それもそうか。武器の一つでもねだってはどうだ。」

「装飾の多い、実用ではなく、美術品となりそうですから。」

「ええ、それについては、そうなりますね。」

「となると、後は装飾の類か、いやそれも今は難しいか。」

「ええ。トモエさんと家を構えようと、そんな話はしているのですが、どこともまだ決めていませんから。」

「複数というのも、まぁ、移動の手間を考えれば難しいか。とにかく、そのあたりは考えておくといい。

 さて、話を戻しますが、他の特徴、そうですね、ダンジョンそのものについて。」


そうして、ミズキリはさらに詳しく話を続ける。

オユキも気がついてはいるが、周囲は賑やかだが、この机にいる物は既に誰も会話をほとんど行っていない。

何かの話を行うのは、あくまでミズキリの言葉を聞いたうえで、そうでしかない。

各々聞きたいことも有るのだろうが、口をはさむことはない。周囲の物も気にしそうなものだがと、様子を伺ってみるが、目ざといものが少し気にはするものの、後で聞けばいいとばかりに、それぞれの席の賑わいに戻っていくあたり、ギルドという組織の信頼が感じられる。

そしてそこからのミズキリの話しはより具体的な物に、ダンジョンの深さ、広さも設定がある程度利く、ただ洞窟として発生するのだが、その内部、壁には絶対傷がつかない事。最奥にボス、主となる魔物、最低でも変異種が必ずいる事など。そしてそれを討伐して、内部の物が全員無事に出てくれば、攻略完了となり、ダンジョンも姿を消すことなど。


「内部の魔物は。」

「一度討伐すれば、おしまいです。増えることはありません。」

「成程、時間をかければとも思いますが、そこでかけすぎれば、魔物が外にとそういう事ですか。」

「ええ。」

「厄介な。ですが、利が多い。」

「慎重に運用することは必要ですが、手放せるものでもないでしょう。」

「他にも、色々とご存知の様子。」

「生憎と、差異もあるでしょうから。」


そう言って、ミズキリは肩を竦める。

さて、他には何かあっただろうかと、オユキも考えはするが、特に思いつくものもない。

ほとんど寄り付かなかった弊害だなと、そんなことをただ考える。

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