第216話 蹂躙

威勢よく啖呵を切る相手に、トモエがただため息をつく。

その様子に、仕方がないとばかりにシグルドが練習用の武器を取りに行き、それを持って相対しようとするのを、その時間でどうにか持ち直したトモエが止める。


「そこまで。シグルド君は、許可できません。」

「ああ、そういや、ちゃんと認められる迄は技見せちゃいけないって。」

「いえ、そちらではなく、加減が分からないでしょう。過剰に怪我をさせてしまいますから。」

「革鎧の上から叩くけど。」

「どうでしょうか、それでも骨を折りそうなんですよね。」

「え、そんなによえーの。」


その二人の率直な評価に、剣を構える男が、いら立ったぞぶりを見せるが、トモエはそれを相手にしない。


「以前、二日前でしたか、見かけたときにグレイウルフに怪我をさせられていましたから。

 あちらの奥の長柄を使っている方ですね。その怪我は今も治っていないようです。その程度の相手ですからね」

「3年もやって、その程度か。」

「そうです、その程度です。なのであなただけでなく、他の子たちもダメです。怪我をさせたいわけではないでしょう。」

「まぁ、そりゃ。それで狩りに行けなくなったら、悪いしな。えっと、じゃ、あんちゃんが相手すんのか。」

「やむを得ないでしょうね。」


トモエがそう呟くと、持ってきた練習用の武器をシグルドが差し出すのを止めて、トモエは自分で持っている武器もシグルドに預ける。


「見ても、特に学びはないと思いますが。」

「えっと、まぁ、見とくよ。」


そう答えて、シグルドは武器を抱えて下がっていく。

そして、その間のやり取りで、彼らにしてみれば下に見られている、そう言った印象がただ強くなっていったのだろう。

剣を無駄に力を込めて握り込み、肩が振るえ、合わせて剣も揺れている。


「気乗りはしませんが、納得できないようですから、お付き合いしましょう。」

「なんだ、負けた時の言い訳に、武器も持たないってか。それとも謝んのか。」

「あなた方程度では、武器の有無など意味がありませんよ。ああ、それと皆さんで一緒にどうぞ。

 一人づつ相手をするのも、無意味に時間がかかるだけです。」

「馬鹿にすんなよ。」


そういって、男が大きく剣を振りかぶり、踏み込もうとする足をトモエは刈り取る。

男はそのまま何もできずに、ただ転がる。


「馬鹿にしてなどいません。むしろこちらがされている側です。繰り返しますが、この訓練所にいる方で、この方と同様の意見をお持ちの方は、どうぞこの機会にまとめてかかってきてください。

 私もまだまだ鍛錬中の身、ここまで無為に時間を過ごすのは、好みませんから。」


トモエがそう宣言すれば、訓練所にいた、あと二組ほど、合わせれば11名だろうか、その人数がそれぞれに武器を持ち、何事か悪態をつきながらトモエに突っ込んでくる。

その姿は、草原の時と変わらず、1匹の魔物に同じ方向から全員で突っ込む、そんな姿を思わせるものであった。


「全員ですか。いよいよ度し難いですね。今後の面倒もありますから、此処でその思い違いを正しておきましょうか。」


トモエがそう呟いて、無造作に近づいていき、足並みを揃えることもしない一段の中、最も長柄の武器、ハルバードに近いそれを持ったものが、なぜか先頭を切り、間合いに入ったとばかりに振る武器を、少し内に入って柄を掴みそれを引っ張る。

それだけでバランスを崩し、男がこけ、後から走ってきた数人を纏めて地面に転がる。

それに目もくれず、掴んだ左手と逆から寄ってくるものに、さらに近づき、慌てたようにそれぞれに武器を振るのをさらに回り込み、ついでとばかりに鈍く振り下ろされる両手剣の腹を叩き、バランスを崩して置く。

そして対応できずにいる、一段としては右端、その男の肋骨その一番下と思える骨に拳を添える。


「ああ、折ってはいけませんね。」


そこで、思い出し、親指だけを少し上の位置に突き込む。

からだの脇を覆っていない革鎧であったため、触れた感触で肋骨の隙間が分かったため、そうして突き込めば、慣れない痛み、なのだろう。それだけで武器を取り落としてうずくまる。

そこまでしている間に、ようやく気を取り直したのか、その男がうずくまって空いたその空間に、片手剣を突き込んでくる。

それを体を開いて躱し、伸び切った腕、その手首を取って、軽くひねる。

このあたりは加護もあるのだろうが、相手の腕は実に容易く捻じれ、手が開き、武器を落とす。

手癖で、そのまま肘を壊そうとするのを止め、捩じり固定した間接に、まっすぐ力を通して、こちらも同様に転がす。

たった、それだけで、半数は地面に転がる羽目になった。


「その、これでも、まさか、自分たちは強いなどと、そう考えますか。」


立っているものも動きを止めてしまっている、その状況に対して、そうトモエが声をかければ、それに反発するようにまた無策に突っ込んでくる。


「全く。それでは魔物と変わらない、いえ、能力、自身の利点で攻撃すると、それを正しく選択できるという意味では、魔物方が上ですか。」


そう、ただ感想を呟いて、突っ込んできては、武器を振る、それしかしない、出来ない相手を、ただただ地面に転がす。

その合間に余裕があれば、痛みを与えるためだけの当身を放ち、体力と意思を削る。

そんなことを10分も続ければ、立ち上がるものが、誰もいなくなった。

折に触れて、呼吸を乱すために肺を狙って軽くたたいたりと、小技を繰り返したこともあり、誰も彼も息を乱して、武器を振るえる様子の者は、残っていない。


「ここまでやれば、理解できますか。」


多少汗ばんでいるが、息も乱さずそうトモエが聞けば、今回の切欠となった男が、地面に伏したままトモエを睨む。

そして、息も絶え絶えに、トモエに言葉を返す。


「馬鹿言え。疲れただけで、誰も怪我しちゃいない。

 まともに負傷もさせられてない、お前なんてその程度だろ。」

「虚勢もそこまでくれば、見事な物ですが、怪我をさせないようにしただけです。」

「は、どうだか。」


そう呟く男をトモエが冷めた目で、眺めて口にする。


「それとも、両手両足を砕きましょうか。今、まともに動くこともできないあなた方、回避する手立てもないというのに。」

「は、やれるもんならやってみろよ。」


そう返した男の手をトモエが近づいて取り、手首を捻り、肘に膝を添え、体重を手首からかける。

それだけで、鈍い音が響き、同時に悲鳴が上がる。


「その、他に望む方はいますか。怪我をさせないよりも手間はかかりませんから。」


そうして、トモエが再び声をかければ、今度は誰からも声が上がらない。


「宜しい。結果として、あなた方のこれまでは、狩猟者の2ヶ月以下、そういう事です。

 このことを教訓として、今後も真摯に励んでください。」


そう声をかけたトモエが、背を向けて、その光景を眺めていた少年たちの方へと歩き始めると、倒れていた男の一人が、訓練用の武器ではなく、腰から下げた片手剣を抜き、トモエへと切りかかる。


「奇襲、不意打ち、咎める気はありませんが、せめて声を出さないように。」


そうとだけトモエは声をかけ、体を回しながら、相手の斬撃から身を躱し、振り下ろされた剣に蹴りを入れて弾き飛ばす。そして、その足を下ろせば、変形の抜き手を空いてのみぞおちに捩じ込む。

それを受けた相手は、少し体を浮かせた後に、そのまま腹を抑えてうずくまり、その場で嘔吐する。


「借りた場所で、この手段は失敗でしたね。」


そうとだけ言って、再び歩き始めれば、それ以上何かをしようという相手はおらず、トモエは少年たちの元に戻る。


「では、もう少し訓練を続けてから、今日は戻りましょうか。」

「うん、まぁ、あんちゃんはそうだよなぁ。」


あまりにいつも通りなオユキに、シグルドがそう呟いて、持っていた武器をトモエに返す。


「にしても、手加減かぁ。」

「難しいですからね。一応今も魔物相手に、必要なだけ、そう言った意識は見られますが、人相手だと、怪我をさせない。それが大事になりますからね。」

「武器を置いてったのは、それで。」

「いえ、流石に使う気になれなかっただけです。」


そういって、トモエがため息をつけば、少年たちがそれに苦笑いで返す。


「つか、思ったよりも弱かったな。」

「それがあるから、手加減ができないと、そう判断したんですよ。」

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