第214話 続くいざこざ

その後は特に問題もなく、いつものように訓練とそうしたかったのだが、訓練所でまた数人に絡まれる。


「お、今日も飽きずにお遊戯か。」


そして、その一言があまりに容易くトモエの逆鱗に触れた。

静かに怒りを湛えるトモエから、少年たちはじりじりと距離を取り、オユキは口を開く前にと、前に立つ。


「そう見えるのでしたら、その様に。ご用件がその様にくだらない言葉をかけるだけでしたら、どうぞいつものように私たちの邪魔にならないところで。」

「は、口だけはいっちょ前じゃないか、小娘が。」


まだ何かを言い募る相手を無視して、オユキはトモエと少年たちに声をかける。


「さて、手が止まっていますよ。」


そして、その態度が気に障ったのか、相手はさらに声を荒げる。


「言われっぱなしかよ、クソガキ。」


それからも、未だに何か言い募る5人程の相手を無視して、オユキがトモエに視線を投げ、訓練の続きを促せば、どうにかトモエも少年たちに声をかけて、打ち込みを続ける。

新しい型は、もう少し時間が取れるときにとしたため、変わらぬ稽古を彼らは続けている。

指導の声は既に平静を取り戻しているが、トモエが未だに何事かを喚く5人組に良い感情を向けていないのは、少年たちも分かるようで、いつもより動きが硬い。

いくら回数をこなすことに意味がある訓練とはいえ、この状況は良いものではないだろうと、それを見ながらオユキは嘆息する。


「馬鹿にすんじゃねーよ。」


オユキとしては、既に意識の外に、最低限間合いを量ったりはしているが、そもそも必要とあれば、ルイスをはじめとした護衛が対応するからと、既に言葉を聞くつもりもなかったのだが、間の悪いことに何か相手が言い募り、それが途切れたタイミングでそう返したようにとられてしまったらしい。


「馬鹿にはしていませんよ。関わるつもりもありませんから。

 用が無いのでしたら、どうぞご自身がよいと思う訓練に。わざわざ場を借りて行っているのですから、そちらに専念されたほうが有意義でしょう。」

「いちいち上から、癪に障るな、クソガキ。」

「礼を持って接する相手は弁えているつもりではありますが、そうですね、気に障ったのでしたら、失礼を。

 では、これで終わりですね。どうぞご自身の訓練に。あまり他人のそれを邪魔するものではありませんよ。」

「その態度が腹立つつってんだよ。」


そしてまた何かを言い募る相手を放置して、オユキも訓練にと、打ち込みの続きを始めるために、元の場所に戻る。

しかしその五人組は、未だ何かを言いたいようで、立木の前に立ち、オユキの訓練を妨げる。


「だからよ、こんなおままごとするよりも、俺らの訓練に混ぜてやってもいいって、そういう話をしてんだよ。」


言われて、オユキは少々驚く。

聞き流していたが、どうやら彼らはそのようなことを言っていたらしい。

そんな彼らの方こそ、互いに貸し出される武器を使って、じゃれ合いをしているだけなのだから。


「有難い申し出ではありますが、申し訳ありません。

 あなた方に頼む必要性がありませんから。それこそ相手が必要でしたら、傭兵ギルドにお願いしますので。」


そして、オユキにとってはそれが当たり前だ。

ここはそもそも傭兵ギルドの訓練所、比べ物にならないほどの格上がいくらでもいるというのに、わざわざグレイハウンドより少しマシ、そんな相手に訓練の相手を頼む道理もない。


「なんだ、俺らが怖いってのか。」

「いえ、まったく。それよりも訓練の邪魔ですから、そこをどいていただいても。」

「怖くないってんなら、どかしてみろよ。」


そんな実にくだらない言葉にオユキはただため息をついて、背中を向ける。

どうしてもそこに立ちたいというのなら、しかたない。

オユキがそこを譲り、少年たちの方で型を改めて繰り返せばいいだけなのだから。

ただ、やはりその態度は彼らの勘気を買った様で、またもオユキの前に立ちふさがる。


「どうしても、邪魔をすることを望みますか。」

「別にそんなつもりはねーよ。そっちがおとなしく頭を下げて、教えてくださいとちゃんと頼めばいいだけだ。」

「あの、既に申し上げましたが、あなた方に訓練をお願いすることはありませんので、他の方をあたってください。」

「だから、そのこっちを下に見たような言い方が、癪に障るつってんだよ。」

「別段下に見ているつもりはありませんが。」


そもそも格下であることは明らかで、過小評価するほどに彼らの能力はそもそも高くない。

評価すべき能力があれば、トモエの圧も、周囲の護衛から寄せられる剣呑な気配も気が付くだろう。

それに気が付いていない、自分より強い相手にただこうして吠え散らす、そんな相手に下も何もないのだから。


「どうしても、邪魔を続けますか。」

「だから、邪魔なんかしてねーだろ。どうしてもってんなら、力づくでどかしてみたらどうだ。」

「だそうですので、ルイスさん。」


そうオユキが声をかければ、目の前の男は、直ぐにねじ伏せられる。


「さて、この場合は。」

「ま、他人の邪魔してるんだから、排除してから厳重注意だな。」

「では、お任せしますね。」

「クソガキが、人を使うような雑魚が。」


まだ、何か言い募る相手を残してトモエの側に行けば、珍しく手を止めて成り行きを、ただ冷めた目で見ている。

背後からは、まだ何か言い募る声が聞こえるが、オユキはそれを放っておいて、トモエに声をかける。


「トモエさん。」


名前を呼ぶだけで、トモエは大きく息を吐いて、頭を振り普段の調子を取り戻す。


「いけませんね。」

「私はともかく、トモエさんであれば自分の流派のため、そうせざるを得ないこともあるでしょうから。」

「それはそうですが。」

「尋常の事であれば、存分に。私はそう言いますが、今回は違いますからね。」

「理解はしていますが、難しい物です。」

「得てして、人の心はそういう物でしょう。あの方たちも変わらず。」


そうして、オユキは他の傭兵に無造作に無力化され、連れ出される一人の男を眺める。

言動は粗野で、能力としても見るべき点はないが、この領都でそれなりに活動している狩猟者なのだろう。

何にそこまで不満をためているかは推し量れないし、それを適当な誰かにぶつけるその精神性は良しとは出来ないが、まぁ、ぶつけたくなるような何かを日々貯めたのだろう。


「少なからず、憐憫の情は湧きますね。どうしたところで、結論は傭兵に何故教えを請わないのか、そこに尽きますが。」

「そうですね。手合わせにしても、格上相手の方が、色々と経験も詰めるでしょうに。」


そうトモエとオユキ二人で首をかしげると、アイリスから補足が入る。


「手加減が苦手なのが多いからかしら。それに打ち込まれたところで、気づかないこともあるし。」

「私がお会いした方は、皆さん上手く加減されていましたが。」

「あなた達が、そう思っただけじゃないかしら。私は何度か相手したけれど、直ぐに武器を落としてしまったもの。」

「それなりに活動されているのですから、加護もある程度は。」

「どうなのかしら。狩猟者の新人が魔物を狩るペースなんて、私もよく知らないもの。」


言われて、オユキはそういえばと思い返す。

確か、新人であれば一日にどうにか丸兎を狩れる程度と聞いたなと。

領都では最も弱いものが、南なら灰兎、西なら歩きキノコだろうか。

その程度の魔物を、さて、一日にどれだけ狩るのか分からないが、鹿ほどの加護を得られるものではないだろう。


「学校で教育があると聞いていますが、そちらにも少々興味が出てきましたね。」

「騎士にもなれず、傭兵にもなれず。そうであるなら格が落ちるのは仕方ないとはいえ、まともに数年訓練を施した結果がこれでは、確かに何を教えているのか、そう思うところはありますね。」


そうして、二人で最近少しづつ狩猟者の出入りが増えている訓練所を見回す。

傭兵達はともかく、狩猟者と一目でわかる相手は、互いに向き合って適当に武器を振り回しているだけ、それ以上の事はしていないのだから。

訓練の仕方も習っていない、そうとしか見えない有様だ。


「きちんと学院に通ったようなのは、此処にはいないわよ。」

「そうなのですか。」

「ええ、今いるのは学院でついていけずに辞めたか、家業を継ぐのを嫌がったか、そのどちらかよ。

 学院を出れば、もっとまともだもの。」

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