第206話 撤退

それからも少しの間、襲い来るコウモリを切り捨てていると、新たに鉄人形が一体現れトモエが向かう。


「さて、今度は。」


そんなことを呟いて向かえば、振り下ろされた腕が動きを止めたところで、袈裟切りに切り捨てる。

断面は鋭く、なめらかな表面をしている。

中はしっかりと詰まっているそれを見て、加護が無ければ無理だろう、そうトモエは考える。

オユキが見せた技にしてもそうだが、確かに加護、それがあればさらに高みを目指せるとそう確かな手ごたえを感じて、他の部位も切り捨てる。

結果として、やはり切り離した場所はそのまま残り、一度も斬らなかった最も太い胴体だけが消える。

先の物もそうであったが、鉄人形が消えた後には、あまりに小さな、それでもかなりの重量はあるが、金属の、きれいな立方体が残っている。


「綺麗に斬りましたね。トモエさん。」


オユキが残った鉄人形の断面を見てそうトモエに声をかける。


「オユキさんも。これは流石に、私も加護によるものですから。」

「まぁ、これほどの鉄の塊を、ただ技だけできるのは、物理に反するでしょう。

 確か、全身鎧、あちらを斬ることもできないのでしたか。」

「下に鎖帷子もありますからね、鎧くらいなら割れるかもしれませんが。」

「成程。さて、そろそろ戻りましょうか。」

「ええ、積み荷もそろそろ限界でしょう。それにしても、こうも大量に手に入ると、トロフィーというのもありがたみが薄れてしまいますね。」

「それだけ、トモエさんの技が優れていると、それを喜びましょう。」


そう声をかけながらも、近寄ってくるコウモリを捌く。


「お、これいいかも。」


一方で、安全圏にいる少年たち、シグルドが何かを見つけたらしい。


「これ、きれいだし、これなら公爵様にいいんじゃないか。」

「わ、ほんとだ。でも、安かったりしないかな。」

「まぁ、それでもいいんじゃねぇか。俺はこれがいいと思ったから、お礼として送るんだし。」

「そっか、そういう物だよね。でも、このまま。」

「これ、取り出したり磨いたり、時間は間に合うかな。」

「無理じゃないか。流石に。」

「ま、このままで十分綺麗だし、いいだろ。」


そうして少年たちが話す声を聞きながら、さて戻るかと、そう考えている時に、かさかさと、がさがさと、そんな音が聞こえる。

その音にオユキは身構える。鉱山、ようは洞窟、そこでこんな音を出す魔物、そこまで考えて、オユキはトモエの手を引く。


「トモエさん下がりましょうか。」

「え、ええ。」


トモエも、どうやら苦手な物、その予感があるらしく、顔色が既に悪くなっている。

しかしオユキにしても得意というわけではない。それこそ普通の大きさであればともかく、この世界で魔物として出て来る分にはその限りではない。

そして、何の嫌がらせか、製作者の趣味か。昆虫の類はやたらと解像度高く、巨大化している。


「あれ、オユキちゃんどうかしたの、トモエさんも顔色悪いけど。」


中層は既に初心者が向かう地帯ではなく、魔物の情報もそこまで細かくギルドに記録があるわけではない。

特別にと、問い合わせれば教えてくれるのだろうが、鉄人形その情報を調べるだけで、止めていたこともある。

今もそうだが、中層、それを示す石板を超えてから、数mしか進んでいない。もともと奥まで向かうつもりがなかったこともあるが。


「皆さん、撤退です。」

「えっと、怪我とか、疲れ、かな。」


子供たちがトモエの討伐したものをまだ半分程度しか回収できていないが、そう声をかけるオユキに、アドリアーナが不思議そうに声をかける。


「いえ、まずい敵が。」

「強敵なのか。なら、逃げるか。」


そうパウが言うと、まだ残っているものを拾い集め持ち運ぶ。

それを見た、残りの少年たちも手伝いを始め、どうにか彼らで全てを持ち運べる量であったことが幸いしたのか、それが失敗だったのか。

撤退は間に合わなかった。


「あれ、なんか初めて聞く音だ。」

「ああ、もう近いな。上か。」


そう言いながら、少年たちがそれぞれに手に金属の塊を持って、そちらを警戒しながら、下がってくる。


「トモエさんは、後ろを向いておきましょうか。」

「いえ、敵から目を逸らすのは。」


そんなことを話しているうちに、魔物が明りの届く範囲に現れる。

さて悲鳴を上げたのは、誰だったか。

少女たちが手に持っていた物を放り出し、オユキ達のいる場所まで走ってくる。

シグルドとパウも身を固めている。

トモエは動けず、オユキもそのあまりの見た目に、体が固まる。

天井から、その巨大なムカデが上半身を垂らすようにオユキ達の方に向け、そのあごの音を鳴らすと、いよいよ恐慌状態に陥りかけるが、その姿は早々に消える。


「ま、得意な奴は少ないよな。オユキもトモエもダメって言うのは意外だったが。」


そう肩を竦めて、これまで様子を見ていただけのルイスが離れた場所から、剣を一振りして大ムカデを討伐する。

後には魔石と、さらに気持ち悪い事としては、その体の一部、確かに昆虫の甲殻は丈夫だし、たんぱく源として食べるものもいるのだろうが、中身がある状態で、明るい場所にそれが残る。

そして、それにさらに悲鳴が上がる。


「森に入ると、こんなの大量にいるからな。」

「やめましょう、森に行くのは。」


ルイスのその言葉に、トモエの反応はとても早かった。


「ま、今の様子じゃ、それがいいだろうな。」


そう、ルイスは苦笑いをしながら、落ちた物をさっさと彼の荷袋に詰め込む。

未だに固まっている少年二人の背中を軽くたたいて、ルイスは声をかける。


「おう、坊主ども、さっさと戻るぞ。」

「あ、ああ。ありがとなおっちゃん。」

「護衛だからな。珍しくそれらしい仕事ができてこっちとしても有難いさ。」

「うむ、あれは、ダメだな。」

「お前らもか。まぁ、あれであの手のは結構強い。毒もあるし、硬い。」


ルイスが少年たちのフォローをしている間に、オユキは自分に抱き着き目迄閉じている少女たちに声をかける。


「大丈夫ですよ、ルイスさんが対処してくれましたから。」

「ほんと。」

「ええ、本当です。」

「次が来ていたりは。」

「今のところ、その様子はありません。早く次が来ないうちに引きましょう。」

「うん。そっか、あんなのもいるんだ。」

「わたし、あれは無理。」

「得意な人は、少ないでしょうね。」


オユキはそう言いながら、未だにしがみついている少女たちの背を叩く。

そして、どうにかこうにか全員が動けるようになると、手早く放り投げた鉄人形の残骸を集めてその場から逃げ出す。

少し戻れば、少年達とも合流し、荷物を少し渡しながら、全員で一度鉱山の外へ出る。

アイリスも何があったかは分かっているようで、悲鳴が聞こえていたのだろう、苦笑いをしながら戻る道にでる魔物を次々と切り捨てていった。


「二度と中層にはいきません。」


馬車に乗ってようやく一息をつくと、トモエがそう宣言する。


「あんちゃんも、苦手なものがあったんだな。」

「足が多い虫は、本当に無理なんです。それもあそこまで大きいと。」


未だに顔が青いトモエは頭を振りながらそう言う。


「私も、流石に、あの大きさは。ちょっと。」

「オユキもか。ま、試し切りも出来たみたいだし、いいんじゃね。

 俺らは、また来ようと思ったら、来れるようになったときに来ればいいだけだし。」


シグルドがそんなことを言う。彼も体を固めてはいたが、初めて見る相手、その気持ち悪さはあったのだろうが、そこまでの嫌悪感は持っていないようだ。

狩れば消える、その気安さもあるのかもしれないが、残念ながら、彼は単独で行動するわけではない。


「私は絶対に嫌。」

「行くなら一人でお願い。」

「中層の手前で待ってますね。」


少女三人から次々と言われ、彼は珍しく苦笑いで返す。


「あー、お前らも無理か。」

「絶対いや。」

「パウは。」

「ま、仕方ないだろ。」


そうして少年二人が肩を竦める。


「お前ら、あれよりひどい見た目の魔物もいるからな。」

「種類は違う気持ち悪さだけど、ゾンビとかも大概よね。完全に人型で肉が腐って爛れているし、虫は湧いているし。」


アイリスのその言葉に、馬車にまた悲鳴が響いた。

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