第202話 領都の森
「流石に皆さんにはまだ荷が重そうですね。」
森に近づけば、当然だが現れる魔物も強くなる。
グレイウルフの魔物が当たり前のように歩き回り、鹿型の魔物も複数で行動する。
加えて、熊に虎と、魔物の大きさもかなり大きくなっていく。
「だな。教会の手伝いでもして、待ってても良かったけど。」
「せっかくですからね。少し新しい魔物を見るもいいでしょう。」
そうして話すうちに、横合いから突っ込んできたグレイウルフをトモエが見もせずに、そのまま切り捨てる。
オユキは虎の魔物を回るように、流派としては無駄が多い動きで相手取り、つられて伸ばした足を、そこで崩した体をさらに切り取り、ついには首を、残りの足をと、回り、跳ね、残した片手の剣と、回る体に沿わせて回す剣で、夜を幸いと切り続ける。
「徐々に見えてきましたね。元は小太刀の型ですか。」
「ええ、一先ず、一段といったところでしょうが。」
「はい。面白い理合いですし。初見で立ち会えば、難儀するでしょうね。自分で自由に動きながらも、懸待の理がありますし。本当に、面白い物ですね。」
「向こうでは、東南アジアの方、そちらの剣舞としてあった物等、色々と。」
「成程。剣舞も技があれば、脅威ですからね。では、私も一指し。」
そういって、トモエがオユキも初めて見る動きを行う。
構えはそれまでと変わりはしないが、体を軽く揺らし、それに合わせて剣も切っ先を揺らしている。
そして、鹿の魔物に相対したかと思えば、揺れが大きくなり、その角に剣を添わせてゆるりと回ったと思えば、鹿の首、その横に立ち、そのまま緩く回るように首を落とし、膝を落とし、剣を振りぬいた姿勢でぴたりと止まる。
それはオユキの目指すものと似て非なるものではあるが、確かに大いに参考になる動きであった。
「お見事。」
「わ、トモエさんも凄い。」
子供たちと一緒に、荷物を集める役となっている少年たちの方からそんな声が上がる。
「演武の類です。皆さんも、そうですね、一通りの型を覚えればお教えしますよ。
私は、あまり使う物ではありませんが、体を動かす、制御を覚える、それには適していますからね。」
「へー。」
そんな話をしながらも、どうにか森の側にたどり着けば、早速とばかりに木を伐採する。
ここではパウが斧を豪快に振り、木を切り倒し、作業を大いに手早く進めてくれた。
ただ、大きな問題としては。
「えーと。」
トモエが珍しく困ったような表情を浮かべ、頬に手を当て首をかしげている。
心の底から困惑しているのだろう。
それに関してはオユキも同じだが。
「これは、木も魔物と、そういう事でしょうか。」
「いや、魔石が落ちてないだろ。」
「ああ、そういう。」
「普通に、それこそ魔物がいない場所だな、そこにはえてる木はこうはならないんだがな。」
「つまり鉱山と同じと。」
「そういう事だ、で、これが魔物が発生する場所かどうか、その目安になる。」
そういってルイスが肩を竦めるが、トモエとしては、草原はどうなのかと気になり、そちらに視線を向けてしまう。
「下の草が減ってないし、伸びもしないだろ。町に近いせいか、ある程度時間がかかるが、掘り返しても元に戻るぞ。結界の中はまた違うがな。」
「ああ、言われてみれば。槌の中に魔物が出ないから、戻る迄には時間がかかる、その程度ですか。」
「そういうこった。」
相も変わらず都合のいい世界だと、オユキは苦笑いするしかないが、まぁ、確かにそれも今は都合がいい。
木を切れば、ある程度斧が入ると、そのまま姿を消して、丸太や枝がそのままそこに転がるのだから。
そうして、何度か往復して、魔物の収集品と木材で一杯になれば、狩猟者ギルドで納品を行う。
「木材の扱いは、どうなりますか。」
「販売が希望でしたら、こちらで受け付けます。需要はありますからね。」
「太めの丸太は、そうですね、お任せします。」
そういう事にして、程よい長さの枝や、細い物、オユキの同程の丸太、ちょうど木刀と同じ程度の太さがある枝などを馬車に積んで、傭兵ギルドに向かう。
そして、オユキとトモエでそこにそれらを並べる。
とはいっても、太い丸太はまっすぐに立て、いつもと違う屋外の訓練場、そこに半分ほどを埋め、長く細い枝を、腰よりも少し低い位置に積み上げる、その程度だが。
「はい、これが立木と横木です。素振りの先として、今度はこれに打ち込みます。」
「へー。あっちに分けてあるのは。」
「武器ではなく、アレを使います。」
「そうなんだ。でも、なんで。やっぱり武器だと簡単だから。」
「いえ、武器が痛みますからね。」
その言葉に、何か不穏を少年たちは感じたのだろう、ただ黙って説明を待つ。
「ハヤト流の源流がこっちの横にしたの、そういう事かしら。」
「はい。流派の呼び名、と言いますか、どちらも源流は同じなのですが、ハヤトさんの物はより長い武器を使いますから。これくらいですね。」
「そうなのね。」
そうして、オユキが自分も一つ手に取り、アイリスに大太刀ほどの長さの枝を渡す。
幸いなことに、手に入る木材は乾燥し、中身がしっかりと詰まっているものであった。
流石に見た目や感触で、木材迄は断定できないが、この訓練を行うには、十分すぎるほど質が良い。
需要があるといっていたことだし、木造の建築、家具などにも使うのだろう。
「構えは、普段通り、ただ、腰をしっかり落とし、一刀一刀を大事に、打ち込みます。」
そうしてオユキは蜻蛉にとって、見本にと一度打ち込む。
適当に重ねて積み上げた枯れ枝が弾みその反動を手に返し、押し返そうとするが、それを抑え込み、打ち付けた姿勢で体をきっちりと止める。
「このように。勿論、左右を入れ替えながら。」
「成程、ね。型の姿として、そういう絵が残されていたけれど、確かにそのとおりね。
なんで、これ、残らなかったのかしら。」
「森が側になかったのでは。」
「なかったけれど、余所から木材を取り寄せればいいだけだもの。確かに結構な量だから、大変かもしれないけど。」
そんな疑問を浮かべるアイリスにオユキは微笑みを返して、何も答えない。
そしてトモエに似たようなことを聞いている少年たちに視線を向ける。
「確かに、素振りができなきゃ、難しそうだな。」
「ね。でも確かに練習になるかも。」
「ああ、止める場所も想像しやすい。」
「でも、力加減間違えると、手首痛めそうだね。」
「ええ、そうならないように、先に補助に手首に包帯巻いておきましょう。」
「ああ、そうだな。それがいいや。」
そうして、立てられた丸太を触っている少年たちがいろいろと話す。
「では、先に構えと振り方ですね。」
そうしてトモエが八双に構えて、左右を切り替えて、数度打ち込む。
木材同士の打ち合う、小気味良い音が響き、打ち込まれた丸太が振るえ、僅かに削れる。
そして、少年たちに構えを教え、数度振らせ、試しに一度と、打ち込ませていく。
「堅。」
「うん、思ったよりも反動が。」
そうして打ち込んだ後に手首を振ったりしている。
「で、あんちゃん、これ何回くらいやるんだ。」
そうして、一通り教えた後、人数分建てられた丸太の前に立ち、シグルドが尋ねる。
アイリスもその言葉を待っていたのか、先ほどから打ち込みは続けていたが、耳だけはそちらを向いている。
「特に回数の決まりはありませんよ。」
「そっか、じゃ、いつもと同じ感じか。」
「いえ、基本は折れるまでです。」
そのトモエの言葉にアイリスの動きも止まる。
「えっと、こっちの持ってる奴の事か。」
「それが折れるのは己の未熟の証明です。勿論立ててあるものですよ。
ただ、初日で折れるかは分かりませんから、そうですねいつもの時間まで、とりあえず千回くらい打ち込みましょうか。」
トモエの言葉に少年たちと、一足早く先に進んだ少年たちに、尊敬のまなざしを送っていた子供たちの顔が完全に固まる。
それはアイリスも同様で、そんな彼女の肩を、オユキがそっと叩きながら、皆に聞こえるように声を出す。
「こちらの流派の方はそれこそ一日中何千と打ち込んだそうです。」
アイリスの表情は見えなかったが、へなりと耳が垂れたのは見えた。
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