第200話 困れども

翌朝は、朝起きて皆で集まると馬車へと虹月石を馬車へと積み込み、教会へと向かう。

少年達も、少々不穏な気配を大人の席から感じていたようではあるが、特にそれについて聞いてくることもなく、ただ馬車に揺られる。

護衛が倍にと、そんな話もあったがさて、少年たちは気が付いているだろうか。

オユキとトモエにしてみれば、馬車を囲む人の気配、その密度には気が付いている。

昨夜の鞘の件もあるし、公爵の覚えが良くなっているようだと、そんなことをぼんやりとオユキは考える。

それもある程度狙っての事ではあるのだが。

どうしたところでトモエの目的、10の神殿を巡るとなれば、オユキとトモエだけではいろいろと足りない。

そもそも旅の危険が、前の世界と比べてどう、等というものではない。時間も同様。そしてこの国の中にあるのは月と安息の神、水と癒しの神の二つ。前者はまだしも、後者については確か国から神域と指定され、入るのにも許可が必要とそう言われていたはずだ。

ゲームの時にはそれこそ押し入ることもできたわけだし、外から眺めるだけで満足するものも多かった。

そこに行くというのであれば、公爵、ようは王族の血を引いている、その人物からの覚えがめでたいことは、実に良い助けになるだろう。

トモエにしても、そう言った背景までは分かっていないだろうが、こうしてオユキが関係を作ろうと、そうしていることは気が付き、放っておいてくれている節があるため、そこにも感謝は覚えている。


オユキが、ぼんやりと今後の事について改めて考えているうちに馬車は進み、目的地の教会へとたどり着く。

すっかり見慣れた教会、流石に事前の連絡がないので、迎えに誰かが立っているわけでもないのだが、馬車から降りて、さて荷物はと思えば、少女たち三人がしっかりと持っている。


「さて、手が空いておられるといいのですけれど。」

「そういえば、事前に連絡せずに来ちゃいましたね。」

「流石に、他にもご存知の方はおられるでしょうから、わざわざ司祭様や、助祭様の手を煩わせるほどではありませんから。」


恐らく別の件で忙しいだろうと、その言葉はオユキの胸の内にしまっておく。


「そういえば、そうですね。」

「ええ、ですから知っている方にお伺いしましょう。」


そうして、教会に入れば、礼拝者がこれまでに見た時よりも増えているように感じられる。

周囲を改めて見まわせば、顔なじみとなった、修道女がゆったりと近づいてくる。

祭りの裏側を知っているオユキとしては、そうしてのんびり歩いているところを見れば、ようやく通常営業かと嬉しくなる。


「お久しぶりです。本日はどの様な。」

「私は詳しくないので、この子たちから。」


そうしてオユキが体をずらせば、少女たちが話し始める。


「こんにちは。えっと今日はこれなんですけど、その、月と安息の女神さまの装飾にすると、どれくらいいるのかなって。」

「あら、虹月石ですね。成程。ええと、こちらへどうぞ。」


そうして、修道女にこれまた見慣れてしまった裏手の通路へと招かれ、応接室で待っていると、修道女と助祭がそこに訪れる。


「お待たせしました。」

「助祭様。お久しぶりです。」

「お久しぶりです、皆さん。本日はまた変わったご用件と聞いておりますが。」

「はい助祭様。これなんですけどオユキちゃんが月と安息の女神さまの装飾にしてもいいって。

 それで、どれくらい使えばいいのかなって。」

「成程。有難い事ですね。ええと、祭具はこちらです。持祭アナ、試してごらんなさい。」


そう言うとリザが机の上に置いた箱のふたを開ける。

その中には黒曜石によく似た、黒く良く磨かれた涙型のペンダントトップのようなものが置かれている。

大きさはブローチ、首元に飾ればちょうどいいくらいだろうか。親指と人差し指を軽く広げたくらい4cmほどだろうか。厚みは箱に納められているので分かり難いが、2,3cmほどに見える。

それに対して、アナが司祭と同じ聖印を切って、祈りの姿勢をとると、置かれた虹月石とよく似た、しかしそれよりも明るく温かみのある色へと変わる。

そして、アナが祈りの姿勢を崩せば、月が欠けるように色が戻っていく。


「このように言っても良い物か分かりませんが、面白い石ですね。」

「初めて御覧になる方であれば、そうでしょうとも。持祭アナ、よくできていましたよ。」

「ありがとうございます。」


リザがそう声をかけるとアナは嬉しそうにお礼を言う。


「こちらですが、使っているうちに、徐々に元の色に戻っていきます。」

「そうなのですか。」


そう、リザが虹月石を指しながら言う。


「ええ、なのでどこの教会でも予備があればと集めていますよ。

 祭事の時などには、使いますから。月と安息の神様の神像、その胸元にかけ、足元には礼拝の方向けに一つ、ですね。」

「成程。」


ペンダントトップのような形に加工されていることもあり、そのままの方法で飾るようだ。


「後は月と安息の神を主として祀る方は、自身の身に着ける装飾品としても使われます。

 司祭様が同じような形の、青緑閃石で出来た装飾を身に着けていらしたのは、覚えておいでですか。」


言われてみれば、確かに装飾として、言われた物かは分からないが、いくつか身に着けていた。

トモエは当日の司祭の姿を思い出し、リザに頷く。


「成程。どちらか迄は、思い当たりませんが、確かにいくつか装飾を付けておられましたね。

 どれも透き通った、美しい物だったかとは思いますが。」

「全てが、青緑閃石で出来た物ですよ。話が逸れましたね。祭事にという事でしたら、これの半分ほどで8つ程は作れるでしょう。祭事では二つ、装飾としては、少なくとも一つ。後は予備や、信徒、主として祀る方の装飾品、そのようにされるのがよいかと。」

「アナさんは、どのように。」


そうしてトモエが水を向ければ、少女たちが話し合い、どうにか決まったようで、4分の1もあればと、そういう話になった。

足りなくなったら、また取りに来ればいいのだと、そんな逞しさを見せて。


「残りは、こちらでは、ご入用ですか。」

「ええ、頂けるご寄付は喜んで。ですが私達は水と癒しの教会ですから、アナさんの望んだ量もあれば十分すぎるほどです。」

「残りは、ギルドにお願いしましょうか。加工については。」

「宝飾品を取り扱うお店で、行っていただけますよ。私たちが紹介しても構いませんし、ギルドの方もご存知でしょう。」

「教会に納める用途ですから、宜しければご紹介いただいても。」


そして、リザから聞いた店へと向かい、そこで話せば、現金よりも残りの半分ほどを貰える方がありがたい、そのような話をされて、その場で必要な量を取ってもらい、完成までは2週間ほど、そんな話をされたのち店を後にすると、残りを改めて狩猟者ギルドに納める。

最初の5分の1ほどの大きさにはなってしまったが、それでもギルドには喜ばれ、そして納めた素材の詳細と価格の一覧が用意されていた。

また、丁寧なことに武器に使える素材には、マークが付けられた状態になっていた。

流石にその一覧では、オユキ達が元の物が分からないため、話せばフランシスが、彼らの持ち込んだものを保管している場所、ギルドの裏手にある倉庫の一つへと案内してくれる。


「量が量だったしな、お前さんらのは分けてあったからちょうどいい。」

「お手数かけます。」

「なに、お得意様だ気にすんな。で、此処だ。」


そうして連れられて入った部屋には、素材が分類ごとに大まかに部屋の中で分けられ、さらにそれぞれの集まりの中でも、種類で分けてあると、一目でわかる状態になっていた。


「武器に使えるのは、こっちだ。だが、短剣を作るにも足りんな。」

「こんだけあってもか。」

「馬鹿言え、こいつらはあくまで鉱石だ、こっから金属を取り出すんだよ。

 ほれ、こいつが分かり易いな、この縞があるだろ、此処が金属を多く含んでる場所だ。」

「そう言われると少ないな。これでも、多く含んでるだけか。」

「ああ、だいたいこれでインゴットの半分にもならないくらいだな。」

「これだと、集めてどうこうより、売って出来上がったのを買うほうが良いなぁ。」

「ま、そうなるわな。あっちの宝石なんかは、そのまま研磨に出してもいいんだがな。」

「そんなのもあったのか。」

「おう、5つくらいな。」


そうしてみなでがやがやと話しながら、自分たちの採って来たものが何か、どれが最も高額だったのか、そんな狩猟者らしい会話を楽しむのだった。

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