第188話 大人の時間

公爵が退室した後、少し他愛もない話を続けると、助祭が呼んだ一人の修道女が祭りの案内を買って出てくれた。

しかしそれは、叶わずに終わる。


「別々に、トモエだけってんなら、問題ないぞ。」

「それは、流石に。」


護衛の二人が、ある程度の仕事を終えたのだろう。

部屋から出れば、すでにそこに待機しており、祭りを見に行きますと、そう告げるとすぐに止められる。


「まぁ、どうなるか分からないってなら、とりあえず礼拝堂に顔出してみるか。」


そう言われて、修道女の案内で礼拝堂迄足を運べば、そこから先に歩けないほどに囲まれる。

かけられる多くの言葉に、一先ず恐縮です、ありがとうございますとそう返しながら、早々に先ほどまでお茶を楽しんでいた談話室へと引き返してきた。


「あそこまでですか。」

「ま、自業自得、とは言えないが、目立ちすぎたな。」

「そこまで目を引く見目と、そんなことはないと思いますが。」

「トモエだけならな。オユキが目立つ。んで揃って歩いてりゃ確定だ。」

「私も、そこまで目立つ身形では。」


自分でも分かっていながら、そう話せば、ルイスからはすぐさま鋭い切り返しが。


「そんだけ髪が長いってだけで、ほぼ確定だ。」

「分かっているんですけどね。」


そうしてじゃれ合っていると、修道女が申し訳なさそうに、頭を下げる。


「その、お力になれず。」

「いえ、こちらに非が、あるとは言えませんが、仕方のない事ですから。」

「ま、祭りを楽しむのは、始まりの町に戻ってからにするんだな。」

「仕方ありませんね。」


それでは、これからどうしようかと、そんなことを悩んでいると、部屋にノックの音が響き、招き入れれば少年たちが揃っている。


「おう、さっきぶりあんちゃん。」

「ええ、先ほどぶりです。皆さん揃って、どうかしましたか。」

「祭り、見て回るって言ってたろ、行かないのか。」

「その、少々目立ちすぎてしまったようで、どうにも。」

「いや、御使い様の役やったんだから、当たり前じゃね。」

「それほどの事とは。」

「なんか、相変わらず変なとこで抜けてんな。」


先ほどまでの影はすでになく、元気一杯と、そういった様子でなだれ込んできた少年たちの中、シグルドがトモエに早速声をかける。


「オユキちゃんもお疲れ様。あの格好良く似合ってたよ。」

「ありがとうございます。普段使いには動きにくいので、私から選ぶことはないでしょうが。」

「えー。街歩きの時くらい、いいんじゃない。かわいかったよ。」

「アナさんも、似合いそうですけれど。」

「私は持祭だから、ああいったローブはまだ着ちゃいけないんだよ。

 主とする神様を決めて、そこの神殿に入るか、功績を認めてもらえたら、ちゃんとしたローブを着れるんだ。」

「そうなのですね。ただ、そうなると短剣は難しくなりますか。」

「着なきゃいけないのは、教会の中だけだし、外ではこれまで通りかな。」


オユキはアナに捕まり、まだ髪を下ろしたままとそういう事もあるのだが、セシリアとアドリアーナ迄混ざって、オユキの髪で遊び始める。

祭りの空気、それに近いところにいたため、盛り上がっているのだろう。

水を差した、あんな出来事からすっかりと切り替えられたようで何よりである。


「そうそう、それでね、トモエさん、オユキちゃん。」


そうして、アナがここに来た本来の用事だろう、それを切り出す。


「教会の方から、お祭りの片付けも手伝ってほしいって。

 だから今日も私達こっちに泊まりたいんだけど、それで明日の昼頃にはいつも通りに。」


その言葉にトモエとオユキは顔を見合わせて頷く。

それもそうだ、準備があれば、片付けもある。


「はい、構いませんよ。ただ明日の昼頃公爵様より使いの方が来られますので、そうですね、明日も一日、こちらでお手伝いされるのは如何でしょう。明後日の昼、そこでまた一緒に町の外に行きましょうか。」

「ありがとう。しっかり手伝うね。」

「俺は半日でも魔物狩りに行きたいけど、まぁ、このまま手伝わないわけにもいかないよなぁ。」

「ああ、力仕事もあるからな。」


そうしてしばらく話すと、子供たちはまた跳ねるように駆けだしていく。

その姿を見送って、四人でさて、宿に戻ろうと、そういう話になり、修道女に案内され裏口から、馬車が待機している場所へ向かえば、どのように連絡したのか、既に宿の見慣れた馬車がそこには待機していた。

それに四人で乗り込み、一度それぞれが部屋で休んでいる時に、珍しく部屋の戸を叩き、執事が訪れる。


「トモエ様。公爵家より礼品が届いております。」

「早いですね。そうですね、ワインの瓶はあるのでしょうか。」

「はい。ございます。」

「では、それを三本分こちらに出してください。残りは宿の皆様で。

 お祭り、そのおすそ分けです。」

「従業員一同、喜ぶことでしょう。食後にお持ちしましょうか。」

「ん。夕食似合うようでしたら、そのまま出してください。」

「分かりました、シェフと相談のうえ決めさせていただきます。」

「ああ、それと明日の昼頃、公爵家から使いの方が来られます。」

「畏まりました。」


公爵との話し合いの中でも、どこの宿と言及はしていないが、それこそ護衛がついているわけだし、聞くまでもなくわかるのだろう。

そして、そこから少しすれば、珍しい四人での食事となった。


「これは、美味いな。」


食前主として机に置かれたワインを軽く口に含んで、ルイスがそうしみじみと呟く。


「公爵様より、本日のお礼にと。」

「公爵家の一品か、それは間違いないな。」

「良いのかしら、私達もいただいて。」

「祭りの中で得た物です。消え物なら祭りの喧騒の中に。その皆さんも仕事が終われば。」

「はい。お心遣いありがとうございます。従業員一同、本日は職務が終われば順次頂く事になっております。」


トモエが側に控えるシェフにそう声をかければ、直ぐにそう返ってくる。

少年達や子供たちがいるときは、少々気楽な席としているが、せっかくのワインでもある、今日はきちんとしたコースがセットされている。


「気前がいいな。」

「必要以上に財をため込む、その意識がないだけです。

 言葉は悪いですが、町の外に出れば、十二分に稼げますから。

 それに、きちんと貯めてはいるんですよ。」

「ま、それは護衛してるみとしちゃよくわかってるさ。」


そうして気楽に話をしながら、食事を進める。

言葉遣いについては少々雑ではあるが、ルイスにしてもこういった席では、実になれた仕草で食事を進める。


「アイリスさんは、立ち居振る舞いから想像は出来ますが、ルイスさんも慣れていますよね。」

「ああ。護衛の仕事のうちだな。食事時なんて、それこそ隙ができる。」

「必要に迫られてと、それで身に付けられるというのなら、素晴らしい事かと。」

「よせよ。にしてもアイリスはトモエたちと作法が似ているな。」

「そうね。あまりこちらでは見ないと思っていたけれど。

 ああ、開祖様の事を知っていたようだし、同郷とそういう事かしら。」


そう聞かれて、オユキはわずかに悩む。

そして、そのまま答えることとする。


「同じ国ではあったのですが、同郷とそう言えるほどに近い距離ではありませんでしたね。

 領が違う、そのような感じでしょうか。」

「ああ、それなら場所によってそれぞれ違いもあるしな。」

「開祖様で思い出したけれど、トモエさん。私が師事したいと、そう申し出れば受けて頂けるかしら。」

「難しいところですね。その場合私が教えるのは、私の修めた流派になりますから。」

「ああ。それは分かるわ。今の私を直すとするなら、弟子としては取れない、そういう事ね。」

「はい、申し訳ございませんが。弟子と、そうであるなら当流派の技を修めてもらわねばなりませんから。」

「ん。今の中途半端な状態はご迷惑かしら。」

「あの子たちも、弟子としているわけではありませんから。」

「なら、暫くお言葉に甘えさせていただこうかしら。」


すっかり食事も進み、デザートにそれぞれ手を伸ばし、そんな中アイリスはワイングラスの中身を見ながら、そんなことをトモエと話す。

オユキも、お祭りだからと、多少の飲酒を許され、久しぶりのワインをなめるように楽しむ。


「その、今の技を伸ばしたいなら、やはり元の場に戻るのが良いかと。」

「いえ、実は伸び悩んで飛び出してきたのよ。かろうじて技は残っているけれど、今となっては中伝に至れる物もほとんどいなくなてしまって。教えを請おうにも、その相手がいないの。」

「それは。」

「ええ。技がある程度伸びれば、魔物を狩れる。そしてそこからは加護が増え、気が付けば技が要らなくなる。

 そして忘れられてしまった物が、多くあるみたい。

 こうして、はっきりと同じ技を磨くもの同士、武器を合わせれば、必要だと、そう分かるのに。」

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