第178話 大人たちの話

「毎日、あれこれ違うのが出て来るのは新鮮だなぁ。」


食卓には、既にデザートが並び、それを飲み物を飲みながら、のんびり攻略している。

子供たちは相変わらず食べてしまえば、そこが限界とばかりに、何処か視線が定かでない子も出始めている。


「ま、かなりいい宿だからな、ここは。」

「でも、料金は案外どうにかなりそうだよな。魔物狩れば。」

「そんだけ魔石ってのは重要だからな。」

「話には聞いてるけど、町の結界維持したり、壁に埋めたりしてるんだっけか。

 毎日俺ら以外にも大量に持ち込んでると思うけど、そんな足りないもんかね。」


シグルドはヨーグルトベースが混ぜられているのだろう、ほのかな酸味が心地よい生地に、硬めのカスタードクリームを詰め、その上に色とりどりの果物とナッツを並べた、タルトを手づかみで、かじりつきながら、不思議そうにする。


「ああ、どれくらい不足してるか知りたいか。」

「え、あれでも足りないのか。」

「ああ。そもそも結界の維持、これにどれだけ必要かは、公開されないが、いざ足りなくなったときに備蓄がありませんでは話にならん。結界に実際に使う物、緊急用の備蓄、それから壁の拡張のために備蓄、修繕のためにもそこから使われるな。で、ようやくそっちが十分だと、そうなったら今度は魔道具に使うために市場に出回る。

 大きな町ならあちこちで使われてるからな。今使ってる馬車もそうだし、ここの浴室、執事を呼ぶためのベル、それも全部魔道具だ。

 で、すでにある魔道具にも使うのに、さらに魔道具を作るためにも当然必要になる。」

「お、おお。色んなとこで使ってるのはわかった。」


ルイスがざっと説明すると、情報の領に押されたのか、シグルドが分かったようなわからないような顔で頷く。


「正直ギルドが魔石の値段を固定しなきゃ、際限なく跳ね上がるぞ。特に質のいいのはな。」

「そういや、ギルドでも倒した魔物によって、拾った魔石の金額違うもんな。」

「色見と大きさで、質が分かるそうだが、そこまで行けば、俺もよくわからんな。」

「まぁ、強い魔物は高いだろうから、それでいいか。」

「ま、そうだな。向こうのガキどもももう眠そうだし、お前れもぼちぼち寝とけ。」

「そうだな。部屋に放り込んできたら、俺らも寝るか。」


そうしてしばらく、少年たちがそれぞれの部屋に戻ったところで、ルイスの部屋に揃って移動して、話を続ける。


「個室はこういった作りですか。」

「おう、いい宿を手配してくれて感謝しかないな。」

「ええ、それについては私も。おかげで少し荒れてた毛並みも良くなってきたし。」


そういってアイリスが普段は服の下に入れている尻尾を出して、人撫でして見せる。

金色に輝くたっぷりとした毛並みのそれは、確かに美しい。


「喜んでいただけたなら何よりです。今後の仕事も引き受けて頂きやすくなりますし。

 さて、あまり楽しくない話をしておきましょうか。」

「ああ、まずはこっちだな。この場で呼んでくれ。」


そういってルイスが取り出した書類を、トモエとオユキがそれぞれに斜めに読む。

そこに書かれている内容は、予測できたことがほとんど。

南部の狩猟者ギルドの機能不全。

今となっては腕利きの南部に居を構える狩猟者は貴族のお抱えとなっており、ほとんどギルドを通すことはない。

新人の高すぎる死亡率。

お抱えになれなかったものが、無理に勝ち取ろうと無謀な獲物を狙い返ってこない。

そして孤児が増え治安が乱れかけている。

近場の魔物を倒さないため、食料も不足しており、他の場所から購入して南部の食料供給を賄っている。

つまり、領都南部として、独立した区画として機能していない、その報告が書かれている。

そして、予想外の事として、南部全体から加護が薄れつつある。

それは結界も、魔物から町を守るためのそれすらも、薄れ始めている、そんな文章が末尾を飾っている。


「読んだか。」

「はい。想像以上ですね。勿論悪い方向で。」

「アイリス。」

「はいはい。」


トモエが書類をまとめて渡せば、ルイスがアイリスに渡し、それを軽く投げたかと思えば、その場で燃え出し、灰すら残さず消えていく。


「一日で分かったこと、それで間違いありませんか。」

「ああ。調べたのは東と西の合同でだ。南の傭兵ギルド、あそこももう駄目だな。」

「なにが、とは聞きませんが、今度の祭りの時に、事が起こる、そう踏んでいるという事ですね。」

「ああ、俺にもようやく情報が回ってきたが、お前たちの運んだ御言葉の小箱、あれに開ける順番があるってのは聞いたか。」

「はい。司祭様は見る物が見ればわかると。」

「そうか、その三つ目には神の裁きも入ってるらしい。」


言われた言葉に、流石にオユキとトモエが息を呑む。


「そもそも二つ目だな、この中には、現在の神々の状況、お前たちも聞いたらしいが、それに加えて、まぁ罪が軽いもの、そいつらを名指しして加護を剥奪する、そんなお言葉が入っていたそうだ。」

「つまり、私達が来た夜に捕まったものたちは、ほとんどそれにあたっていると。」

「ああ。最も加護を失った貴族は、もうどうにもならん。そもそも神の信任を得て領を任された物か、神に使える物として公明正大であると、そう判断されて法衣貴族になっているわけだからな。

 王都にも、御言葉が届いたらしい。恐らく他の大きな都市にもな。」


やはり、離れた場所と連絡を素早くとる手段は確保されているらしい。

恐らくそれも口外してはならないのだろう、ルイスの目にそれを匂わせるときに圧力が乗る。


「この場での事は、ここだけで、そう心得ていますよ。」

「話が早くて何よりだ。でだ、とにかく間が悪い。王が激怒されたそうだ。王都に届いた御言葉を聞いて。

 特に王家は、文字通り神から直々に任じられているし、神の血を引いているとも言われている。」

「つまり、徹底的にやる、そうなるわけですか。」

「ああ。」

「それまでに町を出る、そうは流石にできませんね。祭りの仕事を受けていますから。」

「そうだな。そこでまず始まるからな。」

「悪あがきは、ありそうですか。」

「ないと考えるのは、間抜けだろ。」


その言葉にトモエもオユキも思わず唸る。

当日はなれない服、それも動きにくいものに加えて、武器も儀式用の物しか持てない。

それでは、事が起こった時に、対応するのも難しい。


「考えていることは分かるが、まぁ、そこは任せてくれと、そうとしか言えない。

 ただ、お前たちが一番公爵様、司祭様、巫女様の近くに立つことになる。」

「分かりますが、流石に当日の格好では。」


恐らく事が起こる、その時には不埒物のほとんどから加護が失われるのだろう。

下手をすれば町の南区、そこからも。

そちらについて出来る事はないが、襲われた時に、加護がないだろう相手、もしかしたら同調する加護の残ったものがいるかもしれない、それに対応するとそう言い切れる装備は、当日望めない。

難しいとしか言えないのだ。


「ああ、分かってる。最悪、5秒でいい。どうにか稼いでくれ。

 そうすれば、俺らが突っ込める。」

「公爵様の腕前を聞いても。」

「文官だ、武には期待しないでくれ。優秀な方ではあるが、武器を振る時間など、当然ない。」

「そうなりますか。そうですね、5秒ですか。トモエさん。」

「予想できる中で最も強い、その相手はどの程度ですか。」

「加護がどれだけ残るか、それはどうしても神々の裁量だ、俺らで正確に推し量れない。

 ただ、既に剥奪されたものの具合を考えれば、そうだな、アイリスくらいが恐らく最大だ。」

「魔術は。」

「神の御心に逆らって、マナを操る術は残らない。」

「分かりました。5秒。必ず稼ぎましょう。」

「すまんな。ああ、それと当日ガキどもは裏方だ。安心しろ。」

「全く、子供たちが健やかに過ごせるよう、年長者には心を砕いてほしいものです。」


トモエがそういってため息をつく。


「全くだ。一応、お前らの武器、仕上げがギリギリ間に合うよな、当日は馬車に積んでおいてくれ。

 突っ込むときに一緒に持っていくさ。」

「公爵様の剣、曲がってしまったらどうしましょうか。」

「武器の定めだ。納得してもらうしかないだろう。」


そうして、大人たちで、話し合いため息を全員で揃って吐き出して、一日を終える。

オユキはあの世界を基にしたのだから、そんなことを思うと同時に、そういえば、そんなクエストと、そう呼べるものが元々あったことを思い出す。

堕ちた貴族の手によって、領地の加護が失われる、よくあるクエストとしてそんな情報が出るわけではないが、予兆があり、進行し、そしてある日事が起こる。

あるプレイヤーが作った町、闘技場を中央に作り、対人戦を繰り返す、そんな街は、気が付けばプレイヤー以外も訪れ、人が増え、大きな都市、そして都市国家、その様に発展したりもしたのだから。

ならば、これも愛したあのゲーム、その一つの側面と、そ受け止めるしかないかと、オユキは再びため息をつく。

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