第150話 御言葉の小箱

「で、最後の一つが御言葉の小箱。

 神々から直接言葉を預かったという証で、その小箱がその証明。

 この箱から与えられる御言葉は、間違いなく神の物、それを私たちが誰の目にも分かり易く示せるようにと、神様が気遣ってくださる、そんな大切な物なの。」


そう、アナが説明を終えるとレーナがよくできましたと、アナを誉める。

それから、先ほどの話について、彼女は語る。


「持祭アナ、持祭セシリア。神託と、御前に招かれる事、その最たる違いは、その者に依るのです。」

「えっと、そうなのですか。」


アナとセシリアがそう、声を揃えて尋ね返す。


「ええ。神の御言葉を直接頂く、先の三つはどれもその本質は変わらないのです。

 ただ、神託は誰でも受けられるものではない。それが答えですよ。

 神託は我々神に仕える物、特に神の言葉に耳を傾けやすい巫女へ。信仰の遠いものへは、神々のお声も遠く、正しく伝わりませんから。

 なので、御前に呼び立てる。そういう事です。やはりそこに貴賤はありません。

 もちろん、そうまでして呼びたい、言葉を届けたい、そのように神がお認めになった、それを讃えるのも悪い事ではありません。」

「はい。司祭様。」


そう二人が納得したところで、部屋にリザが入ってくる。

その後ろには数人が控え、手にそれぞれ何かを持っている。


「お待たせいたしました。」

「ええ、それでは早速、執り行いましょうか。残りの二つは、神像の前へ。」

「かしこまりました。」


細かな細工の施された盆の上に、丁寧にロザリアが置けば、一緒に来ていた幾人かのうち3人程が、それを恭しく捧げ持ったまま部屋から出ていく。

そして、部屋に残ったリザと、もう一人ローブに覚えのない刺繍を持つ女性が、ロザリアから御言葉の小箱を受け取っている。

さて、何が始まるのかと、オユキとトモエが目を合わせていると、周囲の慣れた者、知っているものは、席から立ち、壁沿いに移動して同じ姿勢を取っている。


「その、申し訳ありません。作法がわからず。」


オユキが作業中と一目でわかるが、一人の人物に声をかけると、その女性が慌てたように頭を下げる。

見れば、最初に教会に来た時に、リザの後ろに控えていた人物であった。


「申し訳ございません。運び手様。先ほどまで皆様が利用されていた円卓を使いますので、そこから離れ、今は壁際ですね。そこで礼拝の時と同じようにしていただければ。」

「皆さまは、それぞれ僅かに違いがありますが。」

「信仰を最も捧げる神の物となりますから。それが無い時は、礼拝の一般的な姿勢をとる事となっています。」

「ありがとうございます。他に、何かありますか。」

「そうですね、後は、神の前ですから、武器を体から離して頂けると。」


言われた言葉に少年たちを見れば、彼は今日初めから武器を持っていなかったなと、そう思い出す。

町中とはいえ気を抜かないほうがと思ったものだが、どうやら教会に行く、その話が出たから置いてきたのだろう。

確かに教会に、魔物の血や油がしみ込んだものを持ち込むものでもないだろう。


「これは、気が付かず。習慣でして。」

「ええ、狩猟者の方ですから、そうでしょう。

 どうしてもといわれるのでしたら、お持ちいただいたままでも。」

「いえ。郷に入りては、そういう言葉がありますから。壁際に、置いておけば、構いませんか。」

「はい。」


言われたとおりに、壁に武器を立てかけ、礼拝の姿勢をとる。

そうして少し待てば、巫女が聞きなれない歌を歌いだす。

それに合わせて、レーナが何かの道具で音を鳴らす。

簡易的、そう言わざるを得ないが、トモエが渡したあの御言葉の小箱を開けるため、それに必要な行いというのはこれなのだろう。

心地よい音楽に耳を傾けていると、ガラスが割れるような音が、音楽の終わりを告げる。

そして、柔らかな青緑の光が部屋を照らすと、小箱のあった場所から、ホログラム、立体映像そう呼んでも差し支えがない姿が浮かび上がる。


「どうか顔をあげてくださいな、かわいい我が子たち。

 こうして、直接言葉を届けられない、それだけでも悲しいというのに、他人行儀に距離を取られると、あまりに悲しいわ。」


その言葉に、オユキとトモエがさてどうしたものかと、そう考えると周囲の皆が動く気配に、トモエたちも習うことにする。


「きっと我が子たちは、私の言葉に従ってくれているのでしょう。

 それが見られないことが、ただただ悔やまれるわ。

 ええ、こうして言葉を、こうしなければ言葉を届けられない、その理由の話をしましょう。

 きっと、あなた達にも迷惑が掛かっているでしょうから。」


そうして、青緑の光を讃えた美しい女性神、水と癒しの神が話を始める。

いま、彼女の力が、加護が弱くなっている、その話を。

オユキにしても頭から抜けていたのだが、水と癒しの神、とくにその後ろ側、その加護が弱まる、技術としての医術もあるのだろうが、癒しの奇跡、治癒の魔術、それがこの世界でどれほど大事な物であり、それに頼り、最後の柱としているものがいるのか、それを考えれば、大事なのだ。文字通り多くの人の命に係わる。


「今、私達、そう、創造神様、冬と眠り、大地と農耕、春と生命、風と旅、知識と魔、そして私。

 その私達で、とても大きな、この世界に関わる仕事をしているのよ。

 だから、ごめんなさい。あなた方の祈り、感謝、それは確かに届いていて、私達の力になっている、それなのに、あなた達に返せるものが、薄くなってしまっています。」


そこで言葉が切れ、薄く、向こうが透けて見える様な、そういった状態で像を結んでいる水と癒しの神は、涙を流す。


「ごめんなさい。まずはその謝罪を。それと、この状況は後、そう、あなた方の流れで20年程、続くことになります。その間も、やはり私たちの加護は遠くなってしまいます。

 そう、20年。この世界が生まれて、創造神様がお創りになって、その姉神様から任されて、千余年。

 ついに、姉神様から、この世界が旅立つ時が来ました。その大事な準備なのです。

 分かってほしいと、そうは言いません。ただ堪えてください。

 この仕事が終われば、私達はこれまで以上にあなた方の近くにあるようになります。

 だから、かわいい我が子たち、今は成長のため、これからのため、ただ堪えてください。」


そう言えば、戦と武技の神も、似たようなことを言っていた。

ただ、そこでは異邦の者は今年が最後との話だったが、成程それも準備段階であるらしい。


「対策として、私達が残せたものは、やはり僅かです。

 しかし、大切な事です、いとし子たち。

 一つ、魔物を増やしました。その魔物から得る糧を使い、薄れる大地の恵みに。

 一つ、清き水、そこに新たに人を癒す奇跡を。その術式は既に世界に与えています。然るべき鍛錬を積めば、それはそのものの中に、確かに現れるでしょう。

 一つ、世界のマナがより濃度を上げます。魔物が増える原因でもありますが、より魔術に手が届くものが増えるでしょう。

 一つ、魔物から得られる糧、それが試練として強度を上げます。これまではただ狩れば良しと、そうなっていましたがそのために尽くした技、それにも加護が与えられることとなります。」


具体的にそれがどうなると、その影響の及ぼす先まではわからないが、狩猟者ギルドはさぞ大変なことになるだろう。

これまでは、神の加護で、農業でも前の世界に比べれば、遥かに多い量が得られていた、それが減る。

代わりに食料として、魔物を狙えと、そういう事であるらしい。

つまり、この世界に置いて魔物は資源、ゲームでもそうであったように、そこは変わらず、神々にもそのように設計されているらしい。


「この試練の時、言葉を直接届けることもできず、加護も与えられない、そんな私達をどうか許してください。

 あなた方を愛している、それだけはどうか疑わないでください。

 それと、最後に一つ。どうか、この言葉を多くの人へ、そのために残りの二つには、多くの人へと向けた言葉が入っています。私のいとし子よ、あなたなら、あける順番を間違えることはないでしょうから。」


どうやら、この言葉は、あくまで身内、水と癒しの神、それを祀る物へと向けた物であったらしい。

道理で、ずいぶんと砕けた様子だと、そんなことをトモエは考えてしまう。

それに、渡した時にも改めて目にしたが、あける順番が分かるような印などは見当たらなかったが、何かそれとわかるものが、あったのだろう。

そうして、その言葉を最後に像が薄れて消えていく。

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