第111話 宴会の前
教会からの帰り道、ついでにと診療所にも寄って、マルコにも誘いをかければ、彼も参加することとなった。
そして、宿に戻ってみれば、そこには既に気の早い面々が幾人か存在していた。
どうやらギルド側で気を利かせて声をかけてくれたようで、トラノスケにミズキリ、イリアといった馴染みのある顔も、既に飲み物を片手に簡単なものを口に運んでいる。
「皆さん、想像以上にお早いですね。」
「ま、戻ったばかりで休んでいたからな。なんだかんだで、旅は疲労が溜まる。」
「そうさね。やっぱり落ち着いて寝られないのは、続けば疲れるもんさ。」
「まぁ、そういうものでしょうね。」
そう声をかけると、先に少し身ぎれいにしてきますと、そう声をかけて、言葉通りの準備を済ませて戻れば、まだ日も沈んでいないのに、宿の広場は喧騒で溢れていた。
「おう、悪いな、誘ってもらって。」
早速とばかりに、間違いなく酒だろう飲み物を飲みながら、アベルに声をかけられる。
「いえ、こちらこそ。道中ありがとうございました。
留守の間に、なにか不都合はありませんでしたか。」
「一人いないだけで回らなくなるギルドじゃねーよ。
ま、商人たちから、買い付けの護衛を再来週くらいに頼まれてる。
そのころには、また人が少なくなるがな。」
意外と間があるなと考えるが、そもそも鮮魚として運ぶのではなく、干物であったり加工されたものをと考えれば、確かに目当ての魚が来て直ぐと、そういう訳にもいかないのだろう。
「あっちに、手土産を持ってきてある。」
そういってアベルが示す先には、いくつかの樽が置かれており、既に何人かは、その中からくみ出し、口をつけている。
酒の備蓄が問題だと、そう話していたからか、あれはそういう事なのだろう。
「それと、こっちは私から。まだ開けていない物があったから、持ってきたわよ。」
そういうクララは、こちらに来て初めて見る、瓶詰めを示す。
そう言えば、ガラスなどこちらに来てから見るのは初めてだが、王都にはあるのだろうと、そう考えながら中身を見れば、ニンニクか生姜をみじん切りにして漬け込んだようなものと、手のひらの半分ほどであろうか、それぐらいの大きさの薄い橙色をした丸い果実のようなものが漬けられた瓶がある。
オユキが興味深げに見ていると、トモエが代わりにクララにお礼を言う。
「まぁ、ありがとうございます。」
「いいわよ。ああ、瓶毎持っていってちょうだい。」
「宜しいのですか。」
「どのみち、ほとんど使い捨てよ。わざわざ他に入れる物も、このあたりでは特にないし、かといってどこかに運ぶには、ね。」
「割れ物ですからね。」
そんな話をしていると、フラウがいつものように駆けよってきて、いつもよりトーンの高い声でオユキとトモエに話しかける。
「準備はできてるよ。もう持ってこようか。」
「ええ、お願いします。」
それに、オユキがすぐに頷くと、楽しみにしててね、そういって、また奥に駆けていく。
「あら、元気な子ね。」
「いい子ですよ。そういえば、こちらの中身は。」
「こっちが、西洋わさび、こっちが杏子ですよ。」
「そうなのですね、ワサビというには、色が白いのですが。」
「山ワサビは、その色よ。そちらでは、呼び名が違ったのね、そういえば。」
「どうしても、馴染みのある言葉で呼んでしまうもので。」
「まぁ、そうでしょうね。」
そうトモエが言えば、クララは肩をすくめる。その様子に、特に固有名詞ばかりはすぐに上書きできないものだと、トモエは苦笑いで応える。
オユキは、その容器に入ったものを改めて見ると、クララに尋ねる。
「こちらは、お分けさせて頂いても。」
「既に、渡したものよ。お好きなように。」
そういうクララに改めて礼を告げると、オユキはミズキリに声をかける。
いつの間にか合流していた、ルーリエラとカナリアを加えて、冒険者ギルドの職員と何やら話しながら、ジョッキを傾けていたが、声をかけると、直ぐに席を立ち、オユキ達のほうへとやってくる。
「どうした。」
「クララさんから、山ワサビの瓶詰めを頂きましたから。」
「そうか。それは有難いな、魚介にはどうしても欲しくなってな。
こっちは違うとして、この白いほうか。少し試してみても。」
ミズキリが視線をクララに向ければ、クララはオユキとトモエを目で示す。
それに対して、トモエが頷き、すでに机に置かれていた木皿に、瓶を開けて少し移す。
「ああ、オイル漬けですか。」
明けた瓶からは、オリーブの香りが漂う。
保存も兼ねて、オリーブオイルに漬けこんであるのだろう。
「ええ、アセイトゥナの油ね。動物由来ではないから、食べやすいと思うわ。
まぁ、私はそれでパンにつけて食べると、そう考えていたのだけれど。」
「パンに塗るソースもありますが、牛乳や、ヨーグルト、サワークリームなどに混ぜ込むのが一般的ですね。
私たちのいた場所では、これを醤油に漬けて、そのまま頂いたりもしていましたが。」
クララとトモエがそんな話をしている中、ミズキリが早速とばかりに、口に運んでいる。
「ああ、これだ。懐かしいな。いや、少し辛みが強い気もするな。」
「よい香りがしますね。」
「ああ、オユキ達が彼女から山ワサビを分けてもらったようでな。」
「まぁ。」
「ルーリエラさんも、どうぞ。」
「催促したようで、ごめんなさいね。あと、そっちはアルバリコケですか。」
ルーリエラは、山ワサビよりも、強い視線を杏子が詰められた瓶へと向ける。
オユキにしてみれば、食前に果物の類を口にするのは馴染みがないが、彼女は違うのかと、瓶を開けて進めてみる。
開けた瓶からは、非常に爽やかで、甘さを感じる香りが漂う。
「水菓子の類は、私達は食後に頂く事が多かったのですが。」
「こっちだと、それこそ間食が多いわね。後はコース料理の時に、口を整えるために間に出たり、そんな感じかしら。」
「ああ、ソルベのように使ったのですか。」
「こっちだと、ソルベーテね。そう呼ぶのは隣国だったかしら。
作るのには、氷の魔術がいるから、高級品よ。」
「魔術を、料理に使いますか。」
クララとトモエが話ている間に、オユキがいくつか瓶から取り出し木皿に乗せ、ルーリエラに杏子を差し出せば、彼女はそれをひどく嬉しそうに口に運ぶ。
その様子を微笑ましげに見ながら、ミズキリがオユキに礼を告げる。
「すまんな。どうにも果物に目が無くてな。」
「甘味は、貴重でしょうし、いつもあるとそういう訳でもないでしょうから。」
「すいません。その、どうしてもこういった甘い香りの果物には、種族的なものが働きまして。」
「ああ。そういうものなのですね。」
「ええ、木の実の類も好ましく思うのですが、やはりこちらのほうが。」
ルーリエラがそう言うと、オユキも水を向けて、この近隣ではどういった果物があるのかを尋ねる。
そのついでとばかりに、さらにいくつかを木皿に取り分けておく。
「この時期、そろそろ夏が近くなっていますから、こちらのアルバリコケを始め、シルエラ、ドゥラズノ。それにこれくらいの大きさの果物が、いい時期でしょうね。」
「案外、種類が多いな。」
「そうですね、こちらの言葉では、それがなにを指しているのか。」
「今度、採りに行きますか。狩猟者でなく、採取の領分になりますから、一応断りを入れなければいけませんけれど。」
そんな話をしていると、フラウが大きな鍋をもって、オユキ達の座る席に置きに来る。
「はい、これがスープね。他にも焼き物もあるからね。」
「ありがとうございます。こちらを。頂き物ですが、後でフローラさんと分けてくださいね。」
「いいの。ありがと。残りも順番に持ってくるから、もう初めておいてって、お母さんが。」
「分かりました。騒がしくなるかと思いますが。」
オユキがそう言うと、渡した木皿を大事そうに持って、フラウがまた奥へと駆けていく。
見れば、スープの入った鍋に気を取られて、既に視線が集まりだしている。
トモエに視線を送れば、任せますと、そう目で返ってきたため、お決まりの台詞をオユキは自分のジョッキを上に掲げて口にする。
「旬の食材と、宿の好意に。」
そう言えば、それに応えるようにあちらこちらでジョッキを持ち上げて、同じセリフが繰り返される。
さて、それでは楽しい時間の始まりだ。
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