第84話 未明の始まり
傭兵ギルドで、少年たちへの教示を終えた後は、オユキ、トモエ、トラノスケの三人で宿に戻り、そのまま休むこととなった。
これまでの食事時とは少し違い、誰も彼も口数が少ない、そんなどこか不穏を感じさせる時間を過ごし、身ぎれいにした後、部屋に戻れば、トモエがぽつりと口にする。
「恒例と、そのはずだというのに、緊張感がありますね。」
それは、これから起こることに対する不安もあるだろうが、フラウですら、普段であれば声をかけてくるだろうに、少し暗い表情をしながら、給仕をしていた、そんな様子を目にしたからだろう。部屋に戻れば、トモエがそう声をかけて来る。
「恒例と言えど、怪我人は出る。そういう事なのでしょう。ただ、怪我とそう纏めるには思い方もいるのでしょうね。」
「以前の時は、どのような。」
「ゲームでしたから。第2の現実そう言われてはいても、プレイヤーの命は軽かったですからね。」
オユキはそう口にして苦笑いをする。
開発者の中でも、実のところかなり意見が割れたと、そんな話は聞いたことがある。
所謂リスポーン、死んでもやり直しがきく、それを許すのかどうか。
開発の、それこそ最後の局面まで、何度も話し合われたそれは、現実離れしたその世界を楽しむ、良くも悪くもその中で何かをする、それを考えたときに、やり直しがきかなければ困難が多すぎる。
そう、意思統一がなされ、結局その機能を足すことになったのだと、そんな話が合った。
ただ、それの良し悪しに関しては、悩み続けたとも。
「成程。そうなりますか。」
「なんにせよ私たちにできることは、多くありませんから。
怪我無く、怪我人が少なくなるよう努める。それだけです。
今日はしっかり休みましょう。能力で劣る私たちが、心悩ませて体力を使えば、目も当てられませんからね。」
そんなオユキの言葉にトモエも頷き、二人でベッドに入り眠る。
早ければ深夜、事が起これば鐘が鳴ると、そういっていたが、さて、どうなる事かと、そんなことを考えながら。
日中に散々体を動かしたからか、二人とも眠りにつくのは早く、次に目を覚ましたのは、良く響く鐘の、金属を打ち鳴らす、ただ煩いわけではなく、大きく澄んだ音で目を覚ます。
「ああ、これですか。」
「どこにこれだけの音を出す鐘があったのでしょうね。」
その音でオユキもトモエも起き上がり、直ぐに体をほぐす。
ガラスではなく、木板による窓を開ければ、より音ははっきりと聞こえ、外は既にうっすらと明るくなっている。
「夜明けの事でよかったですね。」
「準備をして、まずは狩猟者ギルドですか。」
「そうですね。そこで何をすべきか伺いましょうか。」
二人でそんなことを話して、しっかりと準備をして、宿の一階に下りれば、女主人フローラに声をかけられる。
「ほら、持ってきな。あんたらもいくんだろう。」
紙に包まれたそれは、恐らく持ち運びのしやすい食料なのだろう。
そう、あたりをつけて二人は頭を下げる。
「ありがとうございます。」
「いいってことさ。助けられるのはこっちもだからね。ま、無事に戻ってきたな。」
「ええ、必ず。」
「にしても、落ち着いたもんだね。うちの娘は昨晩からそわそわして、今となっちゃこんだけ賑やかな中でも、まだ寝てるところさね。」
そう、苦笑いをしながら言われれば、オユキ達も似たような表情を浮かべるしかない。
「いいではないですか。寝る子は育つといいますし。」
「ま、起きてもそわそわしてるだけだろうしね。」
そんな話をしてから宿を出て、狩猟者ギルドへと向かう。
その道すがら、町はすでに起きだしていて、緊張感が漂う。
これまで目にしてきた、牧歌的な雰囲気はなく、町中を歩く人は、それこそ当たり前のように武器を持っている。
これまで、ギルドへ行く時間があまり早くなく、戻る時間が早かったからだろうか。
こんなにいたのか、そう思うほどに戦える人間は多いようだ。
ギルドの扉をくぐれば、そこには既に多くの人間がおり、ギルドの職員も、忙しなく狩猟者の相手をしている。
さて、この中でどこに行けば、そんなことを考えてあたりをトモエが、オユキでは人ごみの中から、周囲を確認することは難しく、見回していると、声をかけられる。
「ああ、オユキ達も来たか。」
「トラノスケさん。お早いですね。」
掛けられた声にトモエが応えれば、彼は眠たげにあくびをしながら、手を振る。
「ああ。俺は夜の見張りをしてたからな。今から休もうと思ったところでこれだ。」
「それは、お疲れ様です。なにをすればいいのか、伺いに来たのですが、この様子で困っていたところです。」
「まぁ、このありさまじゃな。俺も経験がないから、分からんが、職員を捕まえるしかないだろうな。」
トラノスケはそういうと、空いている受付がないかとあたりを見回すが、どこもそんな様子はないと見て取ると、肩をすくめて見せる。
オユキ達は急ぐこともないが、トラノスケは一度休めるなら、そう考えているだろう。
三人で、どうしたものかと、困った顔を寄せていると、聞き慣れた声に呼ばれそちらへと向かう。
「皆さん、おはようございます。」
ミリアムが三人に向けてそう声をかけ、オユキ達も挨拶を返すと、早速とばかりに本題を切り出してくる。
「トラノスケさんは、このまま二階に。そこで仮眠をとっていただいて、オユキさん達は門周辺で魔物の対応をしてください。」
「いいのか。」
「疲れてる人に無理をさせるほどの状況ではありませんから。
オユキさん達は、門の側にイリアさんがいるはずですから、合流してください。」
「分かりました。それでは早速行ってきますね。」
「はい、気を付けてくださいね。疲れたり、怪我をしたら、その場が許せばギルドまで戻ってきてくださいね。」
言われた言葉に頷くと、トラノスケと別れ早々と門に向かう。
そこに近づくにつれ、人の声や、戦闘音などが響き始める。
「なかなか、派手なことになっていそうですね。」
「そのようですね。さて、ここまで聞こえなかったことが気になりますが。」
「そうなのですか。」
「ええ。以前ですが、防衛対象は囲まれましたから。位置を考えれば、これまで喧騒が聞こえていないのも不思議ですから。」
オユキはそういって、改めて周囲を見る。
町と外を隔てる門は、一つしかないようではあるが、壁に阻まれているとはいえ、音が聞こえる方向が一つというのも不思議な話だ。
鐘が鳴ってから、そこまで時間がたっていないから、そういう事でもあるかもしれないが、さて、どういった状況なのだろうか。
「考えても始まりませんね。詳しい方に聞きましょう。」
「そうですね。」
門の周囲は昨日までと違い、テント、柱に布をかぶせただけではあるが、が用意され、炊き出しだろう、大きな鍋を火にかける、そんな一角まで用意されている。そのどれも、そこそこの人出がすでにある。
他にも、救護用の一角だろう、傷を抑えて並ぶ人、そんな姿も見える。
「お疲れ様です。イリアさんがどちらにいるか、ご存知ですか。」
門のすぐ脇、見覚えのある門番に声をかければ、直ぐに答えが返ってくる。
「ああ、出たらすぐ右手だ。一応、確認だけはさせてくれ。」
そういって差し出される手に、仮登録証を乗せると、これまで通りに、台帳に何事かを書き込んだ後に、返される。
これだけ人が動き回っているというのに、実に大変なことだ。
そんなことを考えながら、視線を遮る物のない外に出ると、オユキとしては見慣れた、それでも今となっては違う迫力を感じる光景が目に入る。
これまで遠くに見えたはずの森は、白や灰色の毛皮に覆いつくされている。
ところどころには茶色も交じり、それに向かって、並ぶ見覚えのある装備も見える。
「成程。溢れる。氾濫する。確かにそう表現するしかないでしょうね。」
「ええ、流石に数が数です、そこそこ抜けてきそうですね。
ああ、あちらですね。」
言われた方向に顔を向ければ、そちらはそちらで、10以上の魔物を相手に立ち回るイリアと数人の姿が。
追加の魔物は見えず、危なげない様子でもある。一度片が付いてから声をかけよう、そう考えて二人は少し待つこととした。
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