第78話 訓練の成果

トモエが少年達を引き連れ歩いていくのを、残りの面々が離れた位置からついていく。

ルーリエラだけは、いろいろと話すことがあるのか、セシリアの隣についているが、他はある程度広がって、周りの警戒をする。

溢れは決定的で、森から魔物が出て来る可能性があり、油断はできないと、それぞれに警戒だけはしている。

少年達とは違う緊張感が、オユキ達にもあった。

それでも、前回散々な結果となった彼らよりは、間違いなく緩いものではあるが。

それぞれに距離を取っているため、ついていっているオユキ達も会話をしたりはせずに、ただ少年たちについていくと、トモエが立ち止まる。

やはり町からさして離れていない場所、そんなところで丸兎を見つけたのだろう。


「いけますか。」


トモエが変わらず先頭に立つ、シグルド少年に端的に尋ねれば、彼もそれに何か言い返したりせず、トモエを追い越し歩く。

その後ろ姿に、トモエが続けて声をかける。


「訓練通りに。肩に力が入りすぎています。

 余計な力が入らなくなるまで、素振りをしますか。」


その言葉に、一度動きを止めると、その場でただ数度剣を振る。


「いいですね。では、無意味に振らずに、突っ込んでくる、それに対して返すことを心掛けなさい。

 大丈夫ですよ。訓練よりは簡単ですから。」


そう、トモエが声をかけると、少年は振り向かず、それでも後ろから見てもわかるほどに首を動かし、前に進んでいく。まだ動きは堅く見えるが、そればかりは慣れていくしかないだろう。

5歩も歩けば、丸兎が気が付いたのだろう、白い毛玉が動きを止める。シグルドもそれに合わせて、剣を構え、以前のようにがむしゃらに突っ込んでいくこともなく、ただ構えたまま立っている。

その様子を見ながら、オユキはさて、トモエからは何点がもらえるだろうか、そんな事を考えて気楽にその様子を眺める。

構えた姿からでも、力量は解る。今の彼であれば、丸兎の一匹程度、何という事もなく切り伏せるだろう。そう感じさせるものが、確かに今の彼にはあった。

そして、丸兎が飛び掛かれば、それに合わせてトモエの教えた通り、まっすぐに剣を振り下ろす。

後ろから見ても、少し目測が甘い、もう少し引き付けてからのほうが良いだろう、そう思うタイミングではあったが、飛び掛かる丸兎を切っ先で地面へと叩き落とし、その勢いのままに踏み込んで、突きを放ち、仕留めきる。

5人で囲んで30分、それがただの二振り。

少年はただ声もなく、握ったこぶしを突き上げた。

持っていた武器を落とし、両手を握り、ただそれを上に向けて伸ばす姿は、実に微笑ましいものではあるが、トモエがそれを許すはずもない。


「武器を地面に落とすとは、何事ですか。

 すぐに拾って、点検をしなさい。」


叱責の声が飛べば、シグルドは弾かれたように武器を拾い上げ、彼の仲間たちが周囲の警戒も忘れて見守る場所へと戻ってくる。

その姿に、トモエは仕方ないと、そんな表情は浮かべているが、それでも口からは叱責を飛ばす。


「収穫物を拾うのを忘れていますよ、まったく。」

「あ、ああ。そうか。そうだ。そうだな。」


シグルド少年はそこでようやく思い出したように呟いて、拾いに戻ろうとするが、トモエはそれを引き留め、他の一人に拾いに行かせ、そのまま戦闘を行うように言う。

少年は戻っても、どこかふわふわとしたような、そんな足取りで、今は武器を点検している。

気もそぞろでやっていい事ではないのだが。

その証拠に、剣をつたう丸兎の血を落とすこともせずに、その様子をぼんやりと眺めている。

そんな少年の頭をアナがはたいて、布を渡す。


「ほら、早くしなさいよ。」

「あ、ああ。」


少年が口数少なく、武器の手入れをするの見てか、静かに近づいたイマノルがオユキに声をかけて来る。


「良い初陣でしたね。」

「あとで、イマノルさんからも褒めてあげてください。

 ただ、良くないことを考えなければいいのですが。」


ぼんやりとした様子に、それでも何か悲しさのような、そんな表情を浮かべるシグルドを、オユキは少し心配してしまう。


「良いではないですか。それも成長ですよ。

 そこで折れれば、また叩き直して鍛えればいいだけです。」

「なかなか、骨太な教えですね。」


二人でそんなことを話していると、どうやら少年の中で、二人の声が聞こえていたわけでもないのだろうが、トモエに顔を向けることなく、こぼし始める。


「なぁ、俺の、俺たちがやってきたことは、意味がなかったのか。」


荒げたわけではないが、悲し気なその声は良く響いた。


「頑張ったんだ、俺たちなりに。確かに、あんたから見れば、大したことが無かったのかもしれない。

 実際、あんなに疲れるほどなんて、やらなかった、出来やしなかった。

 それでも、頑張ったんだ。魔物を倒そうって、みんなで話して。」


震える声で、オユキから表情は見えないが、涙も流しているかもしれない。

肩を震わせ、それが剣も揺らし、そんな様子が遠目にもわかる。


「それがたった、これだけで、簡単にできるようになって。」


さて、トモエはどう答えるのかと、そう考えながらオユキが見れば、トモエが何かを言うよりも早く、トラノスケが少年の背中をたたく。

その勢いで、たたらを踏むほどの力が込められていた。


「考えすぎだな。そもそもこれまでやってなければ、訓練したところでそれも無意味だったろうさ。

 少なくとも、少しやって結果につながる、その下地は作れてたんだ。」


そういって、トラノスケがシグルドの頭を掴んで振り回す。


「無駄になった、意味がなかった、そんなことを言う前に、そうしないようにしなきゃな。」


面倒見のいい彼らしく、そうしてシグルドに話しかけている。

それを見ながら、イマノルも何か思うところがあるのか、頷いている。

そうしていれば、直ぐに気を持ち直したのか、少年はトラノスケの手を払いのけながら、トモエに頭を下げ、良く響く声でお礼を述べる。


「ありがとう。」


少々気負いが過ぎる様子も見えるが、なかなか気骨のいい少年だ、そんなことをオユキは思いながら、若いですねぇ、とこぼすと、イマノルはそれを笑う。


「どういたしまして。それでは、警戒に戻りましょう。次の魔物も近いですよ。」


トモエがのんびりとそう返せば、何処か浮ついたような様子がシグルドから消え、改めて武器の確認を行っている。


「なぁ、こないだ直ぐに鞘に入れずに、地面にさしてたけど。」

「ああ。血と脂を落とす為ですね。刃先が痛むので、あまり褒められたものではありませんが、やはり常に丁寧に手入れができるわけでもないので。」

「ふーん。そんなこまめに気をつけなきゃいけないもんかね。」

「魔物と戦っている間に、手入れを怠ったせいで、武器が壊れたらどうする気ですか。」


切り替えの早さは大したもので、トモエに並んで歩きながら、さっそくあれこれ聞き始めている。

よい師弟関係が気づけたようで何より、そんな事を考えながら、イマノルと、森と待ちを守る壁その間に少年たちがいるように、位置を変えながらついていく。

遠くにある森は、昨日までと違い、何処か不気味な静けさを感じる。

一体何処に違和感が、そんなことを考えると、オユキは足を止めて、森を注視する。

それにすぐに気が付いたイマノルは、腰に佩いた剣の柄に手を置きながら、オユキを庇うように斜め前に立ち、警戒を強める。


「何か、ありましたか。」

「いえ、違和感が、少し。」


オユキ自身、何に違和感を感じているのかもわからないが、それでも昨日までと何か違う、そんなことを一時になってしまえば、はっきりと感じる。


「ふむ。ルーリエラさん、イリアさん、少し構いませんか。」


イマノルが声をかけると、二人はすぐに寄ってくる。


「どうしたんだい騎士様。」

「今は元ですから。オユキさんが森に違和があると。」


そうイマノルが言うと、イリアはすぐに森に耳を向け、結果を口にする。


「妙に静かだね。ラルフも、静かすぎると言っちゃいたが、一昨日はこんなじゃなかったはずさ。」

「ん、私は様子を探るには、遠すぎますね。」


イリアは、どうすると、目線だけでイマノルに確認する。


「門からあまり離れないようにしておきましょうか。イリアさん、そのまま森の警戒を。

 ルーリエラさんは、あちらの一団についていてあげてください。

 オユキさんも、また何か思うところがあれば、その時に。」


そういって、イマノルはミズキリのほうへと歩いていく。

さて、出がけにトラノスケがこぼした言葉が現実にならなければいいが、オユキはそんなことを考えながら、改めて森を眺める。

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