第50話 門番

緊張した空気を持ったまま、オユキとトモエが門まで戻れば、アーサーがいぶかしげな表情を浮かべて、出迎える。

アーサーはあの場所まで1分もあればいけるといっていたが、二人は丸兎を狩りながらとはいえ、往復で一時間近くを費やした。


「ずいぶんと早いな。それに何かあったか。」


アーサーの問いに、さてゲームの中での用語が伝わるのだろうかと、オユキが躊躇うと、答えようのないトモエから視線で促される。

オユキが、直ぐに戻ると、そう判断するほどに危険な生き物なのだ、放置しても良いことはない。

用語で伝わらなければ、別の言葉を尽くせばいい、それだけだ。

それに頷いて、答え、オユキが応える。


「あの小高くなっている場所の先、ここからでは見えませんが、白玉兎がいました。」


ゲームの時、そのままの名前を告げれば、アーサーには確かに伝わったのだろう、門のすぐ横に備えられている小屋に向けて声を上げる。


「集合。一人は狩猟者ギルドに走れ。変異種だ。

 他が出ていないかも、調査させろ。オユキ、よくすぐに戻って知らせてくれた。」

「あれは、白玉兎というのですか。」

「ああ。すまない、説明は後で。よし、二人来い。すぐに討伐に出るぞ。」


トモエの問いかけに、申し訳なさそうにしながらも、アーサーはすぐに集まった門番の中から二人についてくるように指示を出し、そのまま三人で門の外へと向かっていく。


「お二人はこちらへ。私が受付をしますので。」


残った門番の一人が、かける声に従い、促されるままについていく。


「なかなかの難物のようですね。」

「そうですね。少なくとも、初心者がどうこうできる類の生き物ではありません。

 白玉兎本体も何より、周囲に取り巻く丸兎も強化されますから。

 最悪、あの白い毛玉に埋もれるように、四方八方からぶつかられて、それで詰みます。」

「あのこんもりとした、どこまでが本体だったのでしょう。」

「さて、取り巻きは20匹以上はいたように思いますが。」


二人がそんなことを話しながら歩いていると、先導する門番が、話に乗ってくる。


「おや、なかなかお詳しいようですね。

 形成される群れは、白玉兎の能力によって異なりますが、下は20から、上は50まででしょうか。

 また、変異種は周辺にいる、通常種に対して強化を常に行っていますので、群れの丸兎も、通常時とはものが違いますよ。

 周囲にいる丸兎も、つられて寄ってきますので、初心者が何も考えずに突っ込めば、死ぬだけですね。」

「成程。かなり危ない魔物のようですね。その、それを3人で大丈夫なのでしょうか。」

「まぁ、アーサー先輩なら一人でも問題ないでしょうけど、今回は町からも近いので、直ぐに片付けるつもりでしょうね。ああ、ほら。」


言われて、二人で後ろを振り返ると、門の外では、大きな火柱が上がっている。


「アーサーさんは魔術も使われるのですか。」

「門番になるためには必須ですからね、私はあそこまで威力の高いものは使えませんが。

 ええと、お名前は。」

「失礼しました、私がオユキで、あちらがトモエです。」


そういって、台帳を片手に持つ門番に、オユキは仮登録証を差し出す。

そして、トモエさんと、声をかけて呼ぶと、立ち上る火柱に意識を取られていたトモエも、一言謝って、オユキに倣う。


「はい、ありがとうございます。それと、お二人はも少し待っていてくださいね。

 変異種発見の報奨金などもありますから。」

「分かりました。それにしても、町からずいぶんと近くにいたようですが、これまでも?」

「いえ、過去の記録までは分かりませんが、少なくとも私は初めて聞きましたね。

 もし変異種が、あんなところに常に発生するのであれば、初心者の方は町から出せなくなりますし。」


そういって門番は腕を組み、首をひねる。


「それもそうですね。それと、お名前を伺っても?」

「ああ、失礼しました。私はアベル。

 そうですね、先に調書を作ってしまいましょう。

 お二人とも、お時間いただけるようでしたら、あちらの待機所でお話を聞かせて頂いても?」

「アベルさんですね。今後ともよろしくお願いします。

 その、出てすぐに見つけて、それから戻ってきましたので、あまり詳しいことは。」

「ええ、それで構いません。決まりのようなものですから。

 変異種に関しては、周期の計測や、他の変異種が発生する切欠、溢れの前兆など、いろいろありまして。

 正式に報告書を作成する必要がありますから。」

「分かりました。応えられることであれば。」


そういって、二人で待機所にアベルと共に入り、勧められた椅子に座り、町を出てから今まで、それをなるべく細かく伝える。

出会う直前に、昨日に比べ丸兎が多く感じた、そういった感想も併せて伝える。

それをアベルが書とめ、改めて腕を組み唸り声をあげているところに、外から、アーサーの声が聞こえてくる。


「戻ったぞ。討伐は完了だ。」

「ああ、先輩、お疲れ様です。狩猟者ギルドに使いにいった、エミリオよりも早いじゃやないですか。」

「まぁ、向こうは報告の後、近隣の変異種調査の依頼までだからな。

 それに、あそこまで近くだと、移動の時間もほとんど必要ないからな。」

「ご無事で何よりです。」


オユキが声の聞こえる方向に体を向け、そう声をかけると、アーサーは笑顔を浮かべて一つ頷き、エミリオの隣、オユキとトモエと向かい合うように座る。


「ああ、調書か。じゃぁ、これが終われば報奨金を渡そう。

 それから、さっきは悪かったな、白玉兎に関してだが。」

「いえ、お仕事中ですから。必要なことを優先されただけでしょう。

 はい、オユキさんと、それからアベルさんからお話を伺っていました。」


トモエの言葉に、アーサーはそうかと頷き、改めて説明を始める。


「丸兎の変異種、白玉兎、中堅どころの狩猟者なら、単独で討伐できるが、初心者では数で囲んでもどうにもならん。まず毛皮で刃物が弾かれる。

 見た目は、正直大きさ以外に違いがないから、単純に大きくなっただけと、そう油断して突っかかるものが毎年それなりにいる。

 攻撃方法は、丸兎と変わらないが、特筆すべきは同種の強化能力だな。

 丸兎相手でも、グレイハウンドに囲まれるのと変わらない、その程度まで強化される。

 だいたい、この近隣では半年に一度発生する。発見報酬は100ペセ。討伐報酬は、魔物から得られたものの販売金額まで入れれば、確か数万ペセくらいにはなるな。

 こんなところで、ひとまずは大丈夫か。」


一息にアーサーがそこまでを説明する。

オユキはそれを聞きながら、流石に発生周期はゲームのものよりもかなり長くなっているのだなと、そう感心する。

フィールドボス、ゲームでならともかく、実際に生活を営む人々の側に、そんなものが半日ほどでいくらでも現れるようでは、生活圏を広げるのも難しいだろう。


「ご丁寧にありがとうございます。」


そういって、頭を下げるトモエに、アーサーは隣のアベルと同様に腕を組み首をひねる。


「だいたい、半年に1度なんだがな。今回は3ヶ月ほどか。

 これは、少し怪しいかもしれんな。エミリオも時間を取られているようだしな。」

「溢れですかねぇ。外の農場や、牧場に被害を出さないように気をつけなきゃいけませんね。」

「そうだな。」


アーサーとアベルが話す内容に、不穏なものを感じて、トモエが口をはさむ。


「溢れ、魔物が大量に発生するのでしたか。」

「ああ。まぁ、この近隣の魔物自体はそこまで強くはないからな。正直防衛そのものはどうにでもなる。

 ただ、数が多いからな、町の外までは、やはり手が回り難くてな。」

「成程。その時は手伝えることは、手伝いますね。」

「ああ。そのあたりは狩猟者ギルドから、話も出るだろう。その時は頼む。

 さて、それと、これが報奨金だ。悪いが、こちらからも報告書は共有するが、そちらからも狩猟者ギルドに報告は入れておいてくれ。」


書きつけた書類の確認を終え、それからそばにある棚から取り出した小袋と、硬貨を持ってきたアベルがそれをアーサーに渡すと、彼はそれを確認してから、改めて小袋に入れ、トモエとオユキにそれを差し出す。


「はい、分かりました。それでは、今日はありがとうございました。」

「なに、礼を言うのはこっちだ。」


そうして、オユキとトモエは、待機所を後にして、狩猟者ギルドへと足を向ける。

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