第40話 診療所へ
「ああ、フラウさん。申し訳ありません。」
食事を終えた、オユキとトモエその机から食器を下げようと、パタパタと近づいてくる彼女に、オユキが声をかける。
昨夜の食事中もそうであったが、気の付くよいこだ、そんなことをオユキとトモエは考える。
「うん、なに?それに、さんなんてつけなくていいよ。
オユキちゃんのほうが、年上らしいし?」
「癖のようなものですので、お嫌でしたら、しばらく意識してお呼びさせていただきますね。
その、診療所、お医者様のおられるところまでの道順を、もう一度お伺いしても宜しいですか?」
「あー、なんだか、とっても丁寧に喋るもんね。
えっと、診療所までの道はね、うちを出たら、二本目のわき道を右に行くとあるよ。
看板も出てるし、お店の前に薬草沢山鉢植えにしてるから、分かり易いと思う。」
そういうと、ちょっと待ってね。
そういって、下げた物を両手に、厨房へと駆けていく。
「薬草ですか。調剤迄一緒にされているのですね。」
「あまり詳しくはありませんが、医薬分離といった考えは、近代に入ってからと、そう聞いたことがありますが。」
さて、実際には、ヨーロッパのほうでは13世紀頃にそんな法が制定されたような気もするが、そんなことを考えながら、そもそもゲームの時分には、プレイヤーが医者の世話になることなどなかった、そんなことを考える。
死ねば、それこそ設定したリスポーン地点に。
プレイヤーメイド、ゲーム内のショップ問わず、気軽に薬を買い、それを利用していた。
所謂、ステータスは存在せず、状態を判断することは難しかった。
毒という状態異常だとしても、その中で麻痺、幻覚、酩酊、眩暈、それこそ致死毒等多岐にわたり、それに対応する薬が何であるのか、調べるのも面倒くさい、そういった物は、リスポーンすれば治ると豪語するものもいれば、神職による回復の奇跡を頼むもの、魔術による回復を頼むものもいた。
特に後年は、高額な万能薬が、文字通りあらゆる傷と病を治す、そんな薬の存在が確認されたこともあり、もっぱら長年のプレイヤーはそれだけを持ち歩いた。
「思い返せば、私も実にものぐさなプレイヤーでしたね。」
そう、しみじみとオユキが呟けば。
「やはり、ゲームと現実では違うものでしょう。
いえ、今の現実も、少々どころではない不思議はありますが。」
そう、トモエがフォローする。
そんな二人の元に、フラウがまた跳ねるように近づいてくる。
そして、それに少しは落ち着きな、そう厨房から出てきた女性が声をとばす。
「おかーさんに聞いたら、案内してあげなって。
どうする、今から行く?診療所はもう空いてると思うから、すぐに行く?」
「宜しいのですか。ご迷惑でなければ、お願いしますが。」
「うん。大丈夫。任せて。」
そう答えるフラウ越しに、宿の女主人に目を向ければ、頷きが帰ってくる。
「それでは、さっそく、お願いしますね。」
オユキがそう告げると、フラウがオユキの手を取り、跳ねるように歩き出す。
その楽しそうな様子を見ながら、オユキがトモエに視線を向ければ、トモエは女性へと近づいていく。
そして、トモエは女性に部屋の鍵を渡しながら話をする。
「ご迷惑をおかけいたします。こちら些少ではありますが。」
「なに、いいってことさ。困ったときはお互い様さね。」
「あの子にお小遣いを渡しても?」
「うーん、貰いすぎになっちまうね、それだと。
まぁ、帰り道にパン屋があるだろうから、そこで菓子の一つでも与えてくれればいい。
そもそも、何もしなくたっていいんだからね。」
「返せるものであれば、お返ししたいですから。」
「あんたといい、あっちの嬢ちゃんといい、品のいい事で。異邦人ってのはみんなそうなのかね。」
そんなことを話したトモエは、直ぐに引かれて歩くオユキへと追いついてくる。
視線だけで確認するオユキに頷き、それから3人は連れ立って、宿を後にする。
宿から出て、20分程歩いただろうか。
その道中もフラウは、まばらに建造されている店を紹介しながら進んでくれた。
そして、目的の場所へとつくと、躊躇うことなく扉を開け、中に入る。
そこは、マルコ診療所と書かれた看板が出ており、言われたように店先には、植物、恐らく薬草なのだろう、が植えられた鉢植えが並び、店内には、何処か独特の匂いが漂っている。
「マルコさーん。お客さんだよ。」
フラウがそう声を上げると、店の奥から、若い男性が出てくる。
清潔感のある人物ではあるが、何処かのんびりとした空気を感じさせる。
「フラウ。お願いですから、お客さんではなく、患者と呼んでくれませんか?」
そんな事を、苦笑いを浮かべながら、頭に手をやり告げる。
「お店に来る人はお客さんでしょう?」
フラウがそれに対して、首をかしげながら告げる。
その様子に、トモエがフラウの頭に手を置きながら、諭すように語り掛ける。
「そうですね。お店に来る人はお客、それもあっていますが、例えばフラウさんのおうちに、泊まりに来る人、食事を食べに来る人、それに食材を運んでくる人がいませんか?」
「すごいね、よくわかるね。うん、いるよ。後はお弁当を買いに着たり、椅子とか、食器とか、持ってきてくれる人とか。」
「ええ。よく覚えていますね。その人たちをみんなお客さんと呼びますか?」
「うーん。呼ばないかも。食材を持ってきてくれるのは、クロアさんだし。」
そう、フラウが何人かの名前を告げる。
「それと同じです。呼び方を変えると、その人がなにをしに来たか、なんとなくわかるでしょう?」
トモエの言葉に、フラウが、おお、そう感嘆の声を上げて、何度も頷く。
だが、その中でやはり疑問が出てきたのか、頭を撫でられながら、高い位置にあるトモエの顔に視線を向けて尋ねる。
「じゃぁ、名前でみんなを呼んだほうがいいの?」
宿に来る客以外の、全ての人の名前を憶えている彼女らしい言葉だろう。
「そうですね、ただ、それだと分かり難いこともあるでしょう。
例えば、先のクロアさんがご飯を食べに来たら?」
「そっかー。そうだね。クロアさんがご飯食べに来たって、言うね。
うん、その時はお客さんだ。」
「ええ。だから、こちらの方は、診てもらいたい人がいるなら、患者さんと、そう呼んでほしいといっているのですよ。」
トモエがそう告げると、フラウは、なるほど、そういった後に、マルコにごめんねと、そう告げる。
「いえ、いいんですよ。私もきちんと説明しませんでしたから。
さて、それでは、どういったご用件でしょうか。おや、そちらの少女ですね。」
そう、マルコは片方の目に、不思議な色を浮かべながら、オユキのほうを見る。
「もう、完治といっても問題ありませんが、軽度の捻挫ですね。
少し待っていてください。軟膏をお持ちしますので。」
そういって、マルコが出てきた場所へと引っ込んでいく。
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