第33話 賑やかな夕食

フラウが厨房に駆け込んで少しすると、宿にトモエが帰ってくる。

合わせて買ってきたのだろう、肩から上の口を紐で絞る、そんな鞄を下げている。


「お待たせしてしまいましたか?

 髪は、オユキさんが、ご自分で?」


オユキの考えるよりも、かなり早い時間で戻ってきており、トラノスケは同行していない。

恐らく、案内の後はミズキリに声をかけに行ったのだろう。


「いいえ、早くて驚いたくらいです。髪はフラウさんが纏めてくれました。

 自分でやったのですが、どうにも、彼女の御眼鏡には適わなかったようでして。」

「まぁ、自分の髪をとなると、それこそ化粧台でもないと、難しいですからね。

 簡単にまとめるだけであれば、どうとでもなることは確かなのですけれど。」


そういって、トモエはオユキの髪を確認するように、背後に回り込む。


「さて、では一度荷物を置きに行きましょうか。

 夕食までには、身も清めたいですから。それに、帯剣して食事というのも、まぁ屋内であれば止めておきましょう。」

「そうですね。体をふくための布なども買ってきました。

 ただ、確かに、なかなか把握しにくい物価のようですね。」

「大量生産ができないと、そういう事なのでしょう。」


そうして、トモエが再びオユキを抱えようとするのを、オユキが荷物があるからと断り、荷物を置き、それぞれ体を水で拭う。

石鹸の類もあればと、どうしてもそう考えてしまうが、ないものはしかたない。

そうして、真新しい服へと身を包み、改めて宿の玄関口、多くの机とスツールが並ぶ広場へと戻ってくる。


「それにしても、確かに食事の人気は高いようですね。」


体を拭っている間から、徐々に賑やかさが増していた食堂は、今となっては空いた机二つほどしかない。

最初に宿泊の受付を行ったカウンターにも、スツールが並べられ、既にそこにも席についている人がいる。

また、樽の並んでいたカウンター、そこにも男性が立ち、その前には木製だろう、カップを傾け笑い声をあげる者もいる。


「あら、そうなのですか。それはトラノスケさんに、いい場所を紹介していただけましたね。

 どうしましょうか、机についてしまいますか?」

「そうですね、トラノスケさんも来られますし、カウンターでは3人並べるところはなさそうですから。」


そういって、オユキは空いている机の一つへと向かう。

それにトモエが何も言わずについてきて、二人で並んで席に座る。

こうしていろいろな人がいる中でも、トモエの鮮やかな赤色の髪は目立つことだろう。

周りには、多種多様な、それこそ頭部から獣の耳が生えているものもいるが、それでも埋没はしないであろう。

席について、さて注文などはどうすればと、オユキがあたりを見回せば、そこにフラウがパタパタと走り込んでくる。


「いらっしゃい。どうしよう、さっそく料理持ってこようか?」

「いえ、トラノスケさんが戻るのを待ちたいと考えていますが、ご迷惑でしょうか。」


オユキは周りを見回しながら、そう、言葉を続ける。


「大丈夫、大丈夫。そのあたりは泊ってる人優先だよ。

 どうしよう、飲み物とかはいる?」


そう聞かれ、オユキはトモエに視線を送る。

確かに今日、オユキはともかく、後半はほとんど自分の足で歩いたわけではない、トモエはあちこちへと動き回っていた。


「そうですね。水があれば、貰いたいですが。

 他にどういった物が、あるのでしょうか。」

「うーん、そんなに沢山あるわけじゃないかな。

 水に、紅茶、あとはエールにワイン。シードルとミードとか。

 泊りの人には、水とエールをタダで出してるよ。」


そのあたりは、見た目通り酒精を含むもののほうが、充実しているようだ。

ところどころで、笑い声と共に木を打ち合わせる音が響いているのは、つまりそういう事なのだろう。


「流石に、お酒は頼むにしても、揃ってからにしましょうか。

 一先ず、水を頂けますか。」

「わかった、じゃぁ、ちょっと待っててね。」


フラウはそういうと、またパタパタと厨房のほうへと駆けていく。

それを眺めたトモエがいい子ですね、そう口にして、改めて周りを見回す。


「ゲームのお話としては伺っていましたが、本当にいろいろな方がいるのですね。」


オユキもその視線を軽く追いかけ、頷く。


「そうですね、私達の世界では、それこそお伽噺の中でしか聞かないような方も、たくさんおられます。」

「ええ、此処まであった方は、皆私達と変わりない見た目でしたから。

 いえ、町中を歩いている間や、狩猟者ギルドで見かけはしましたけれど。」


こうしてひとところに集まっているのを見ると、改めて感慨深いものがありますね。

そう、トモエが口にする。

元々ゲームとして親しんでいたオユキには、見慣れた光景ではあるが、やはり初めて見るともなれば、思うところがあるのだろう。

失礼にならない程度に、トモエはあちらこちらと視線を動かしている。


「さて、私はあまり背景に熱心ではなかったので、細かい説明はできませんが。」

「いえいえ。それこそ聞きたく成れば、ご本人に聞くのが早いでしょうとも。

 それに、1000年は立っているのでしょう。なら、変わったことも多いと思いますから。」

「そうですね。ですが、世界ができて、1000年ですか。

 長いと思いもしますが、どうでしょう、私達の世界では、創生から億の単位で立っていたそうですからね。」


オユキはそういうと、ぼんやりと宙を見てしまう。

全うした人生を思えば、とても長い時間だが、世界としてみれば、まだ歩き始めたばかり、そういってもいいのだろうか。

それとも、初めから、それこそゲームのように、そこに突然完成した物が現れたのだろうか。

そういった事に思いを馳せるのも、面白い、オユキはそんなことを考える。


「ええ。不思議なところです。先ほど外に出ていたときに日が沈みましたが、空には星もありませんでした。」


オユキはそれに頷く。それはゲームの頃から変わらない。

さて、ゲーム時代でこの世界の設定は、オユキはどうにか覚えている部分。

特に世界の果て、そこで試したことを思い出す。


「以前、お話ししたかとも思いますが、此処には本当に世界の果てが存在しますからね。

 平面の大地で、確か、はて、何がこの大地を支えているのでしたか。」

「確か、大きな樹がと聞いた覚えがありますね。」

「ああ、そうでした。」


オユキとトモエが、そんなことを話していると、机に近づいた二人組が声をかける。


「すまない、待たせたか。」


トラノスケと、オユキは見知った、古い友人、会社でもゲームでも。

姿は違えど、本当に長い時間を共に過ごした相手がそこにいた。

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