第30話 休憩、その前に

女性の言葉に、オユキは狩猟者ギルドで得られた額を考える。

書かれた額は300と少々。

トラノスケの言う通り、一度狩猟に出れば一日は問題なく宿泊できる様だ。そして、獲物に困ることもないだろう。

確かに物価が非常に低く感じる。土地があまり、食料にも困っていない、商業ギルドへの税金と、サービスを提供する人間が生活を行うのに必要な分、恐らくそれだけが考えられているのだろう。

ただ、そうであればトラノスケの言うように、嗜好品に関しては元の世界と同様に、青天井だろうが。

オユキがそんなことを考えていると、トモエが袋から、二枚の硬貨を取り出し、女性に差し出す。


「これで、相部屋で3泊を。身を清める場所などは、ありますか?」

「あいよ。おつりは5ペセだね。裏手に井戸がある、そこの水は自由に使ってもらって構わないから、それで体を洗うといいさね。一応外から見えにくいように、衝立は置いてある。そこのフラウに言えば、案内くらいはするさ。」

「ありがとうございます。」


そういって、トモエが渡される硬貨と、鍵を受け取る。


「部屋は3階の4号室を使いな。ああ、外に出るときは、私に鍵を渡しておくれ。

 食事は、朝と夜の二回だ。どっちも、ある程度は融通を利かせるけど、あんまり遅れると処分しちまうからね。」

「分かりました。ご丁寧にありがとうございます。」


そうトモエが応えるのに合わせて、オユキも頭を下げる。


「夜の食事までは、まだしばらく時間がある。

 先に部屋に、荷物を置いてくるといいさ。

 それと、怪我してる嬢ちゃんには悪いが、食事を部屋に持って行ったりはしていないから、此処迄降りてきてくんな。それを部屋にもって幾分には、止めたりしないさ。食べ終わったら、食器を持ってきてくれればいい。」

「はい。分かりました。それでは、ひとまず休ませていただきます。」


そう、トモエが応えれば、女性が軽く手を振り、奥へと、恐らく厨房がある場所へと引っ込む。

その姿を見送って、フラウと呼ばれた娘が声をかけてくる。


「それじゃ、お客様、何かあったら声をかけてくださいね。

 時間があるときなら、町の案内もしますからね。」


そういって、少女もパタパタと、出入り口のほうへと向かう。

三人が来る迄行っていた、ドア拭きを再開するのだろう。

それを見送って、トラノスケも軽く伸びをしながら、オユキとトモエに声をかける。


「ひとまず、今日はこれで終わりだな。

 俺はミズキリに声をかけてこよう。後のことは大丈夫そうか?」


言われて、オユキは少し考える。

ミズキリ、彼と夕食を共にするのはいいアイディアだ。だが、トモエはどうだろう。知らない人間に囲まれて、こうして全く初めての事の連続で、疲れているかもしれない彼女に負担をかけるのではないだろうか。

そう思いながら、トモエを見れば。


「なにからなにまで、ありがとうございます、トラノスケさん。

 一応、先方には都合を優先していただくようにと、お伝えください。」

「いいさ。それにこの程度、なんということもない。

 ミズキリは、まぁ時間が空いてれば来るだろう。そうでなくても、トモエの事、今はオユキか、それは伝えておきたいからな。」


まったく、本当に面倒見の良い。そうオユキは懐かしく思う。

それに、今の自分の姿と状況を、事前に伝えてもらえるのは有難い。

あまりにも前とは違う、加えて前と同じ姿で、中身の違う、そんな人間もいるのだ。

そう思いながら、オユキは自身の体を見て、ふと気が付く。

着替えがいる。流石に、こうして外で動き回って、汗をかいた衣服のままと、そういうわけにもいかない。加えてオユキは襲われた後、そういった風情だ。


「トラノスケさん。どこか、衣服を買える場所は。」


オユキがそう声をかければ、トモエもトラノスケも、改めて気が付いたように、オユキを見る。


「ああ。どうするかな。まだしまってはいないと思うが。」

「確かに、着替えなども揃えなければいけないのでしたね。」

「流石に俺も、女性ものはよくわからん。さて、買って来ようとも言いにくいな。

 トモエは、今から行けるか?」

「その、何から何まで。」

「気にするな。趣味みたいなものだ。宿に来る前に済ませておけばよかった。

 気が回らなかったな。オユキは、此処に残っておくか?」

「そうですね、足のこともありますし、私が付いていっても、自分の服に関してわかるわけでもありません。

 トモエさん、トラノスケさん、お任せしても?」


そして、オユキはこちらに来た時に、初めから持っていたいくらかの金銭を、腰につるされたポーチから取り出し、全てトモエに渡す。

ゲームの時と同じだ。プレイヤーは初期資金を持っている。ただ、ゲームの時は、武器の一つも買えない金額だったが、生活を送る、その物価を考えれば、かなりの額であったらしい。


「預かりますね。それでは、トラノスケさん。お手数おかけして申し訳ありませんが。」

「ああ、日が沈むと閉まる。少し急ごう。」


そういって、トモエとトラノスケが連れ立って部屋から出ていく。

トモエは、女性から預かった鍵をオユキへと渡し、駆け出すトラノスケを追いかける。

その姿を、オユキは見送り、さて、自分はこれからどうしたものかと考える。

部屋まで戻るにしても、足を痛めている以上、階段を自力で昇るのは褒められたことでもない。

座って、待とうか、そう考えて、適当なスツールに腰を掛けようかとすれば、慌ただしく出かけた二人が気になったのか、フラウがオユキに声をかけに近寄ってくる。


「ね、ね。どうしたの?二人が慌てて出ていったけど。何か忘れものでもあった?」

「その、今日こちらに来たばかりでして、着替えがないのを失念していました。」


オユキがそう答えると、フラウはそっかー、と軽い調子でつぶやく。

あまり危険なことではなく、安心したのだろう。

そんな様子のフラウに、オユキは声をかける。


「申し訳ありません。足を痛めているので、そちらに腰を掛けていても、構わないでしょうか。」

「そうだね。ずっと抱かれていたんだもんね。どうぞどうぞ。晩御飯までは時間もあるし、お客さんが、みんな席についても余るくらいだし。

 それにしても、そんなに小さいのに町の外に出るんだ、すごいね。」


勧められ、加えて手を引かれながら、スツールに座らされる。

こうして手を引かれて、そのために隣に並べば、フラウはオユキよりもやはり背が高く、それを実感したオユキは、苦笑いがこぼれてしまう。

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