三④
そもそも里帆の部屋はマンションの三階だ。そんな高い場所から部屋の中までを容易に出入りできるわけがないのだ。加えて狭い室内である。隠れるような場所がないことは五年間住んできた里帆がいちばん知っていることだ。
「よしっ!」
そんなことをつらつらと考えていると、ラファエルが使っていたドライヤーの轟音が収まった。洗面台の鏡越しに見えるラファエルの表情は相変わらず上機嫌のようだ。
里帆は振り返ると、そんなラファエルの顔を見上げる形でその両頬を両手で包み込んだ。突然の里帆の行動にラファエルが驚いて目を丸くしているのが分かる。里帆はラファエルの瞳の中に自分が映っているのを確認しながら、
「どこで、何をしていたの? ラファエル」
「それは、その……」
「言いにくいこと?」
「違うよ。ただ……」
ゴニョゴニョと言うラファエルはその顔を里帆に固定されてしまっているため、目を泳がせることしか出来ない。里帆はそんなラファエルの瞳の中に自分を映し込み、その視線を自分から逃がさない。そしてはっきりとした口調で里帆はラファエルへ問いかけた。
「説明、してくれるよね?」
里帆の言葉にラファエルは曖昧に頷くことしか出来なかった。それを見た里帆は満足そうに頷くと、
「髪、ありがとう、ラファエル。寒いから向こうの部屋で話しましょう」
そう言って温めている部屋の中へと入っていく。ラファエルもその背を追う。
部屋の中のローテーブルを挟んで座った二人は、温かな飲み物で一息つく。そうして少し場が緩んだところで、里帆が口を開いた。
「さぁ、説明して、ラファエル」
「あのね……」
ラファエルは観念して怖ず怖ずと口を開いた。その内容に里帆が今度は目を丸くしていく。全てを聞き終えた里帆は呆気にとられていた。
「そんな理由で?」
「うん」
バツが悪そうなラファエルに、里帆は微笑んだ。
ラファエルが姿を消した理由、それは里帆のことを思ってのことだった。ご飯時、里帆は毎回食べないラファエルを気遣い、ご飯の時間をなるべく短くしようとさっさと食べていた。それがラファエルには気がかりだったのだ。
「だって、人間は時間をかけて食べないと、身体に悪いんでしょう?」
「馬鹿ね、ラファエル」
里帆は微笑むと、ローテーブルの向かい側に座っているラファエルの元まで這い寄った。そしてラファエルの身体を思わず抱きしめる。
「り、里帆……?」
「ほんと、馬鹿」
里帆はラファエルのその存在を確かめるようにぎゅっとその身体を抱きしめると、
「もう、勝手にいなくなったりしないで」
そう言って、脱力したようにラファエルの肩に自分の顔を埋めた。ラファエルはそんな里帆の頭を優しく撫でながら、
「ごめんね」
そう言うラファエルの声音が嬉しそうだったので、里帆は横目でじとりとラファエルを盗み見る。その顔は笑顔だ。里帆はそんなラファエルから視線を外して、
「なんだか、楽しそうね」
「楽しいんじゃないよ、嬉しいんだよ」
里帆の言葉にラファエルは笑顔を向ける。そして里帆の背中へと自らの腕を回すと、
「もう、離さない!」
「ちょっ、ラファエルっ? 何を言っているのっ?」
「里帆が好きって言っているのー!」
「好きって、ちょっと! 離しなさい!」
「やだよー!」
今度はラファエルが里帆の存在をかみしめるように、その大きく長い腕で里帆の身体を包み込んでしまうのだった。
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