二②

「やばっ! インフルエンザかもしれないですし、今日は帰った方がいいですよ!」

「そうですよ! 神主さんには私たちから事情を話しておきますから!」


 二人の後輩巫女に促されて、里帆は出勤して早々に早退することとなってしまった。


(情けない……)


 寮への帰り道、里帆は自分の体調管理も満足に出来なかったことを悔やんでいた。

 帰宅して数時間後、里帆の体温はますます上がっていた。さすがにまずいと感じた里帆は、すぐに近くの内科へとかかった。


「インフルエンザA型ですね。今日から五日間は外出しないようにしてください」


 医者からの診断に里帆はぼーっとする頭でお礼を言うと、薬を貰って帰路についた。


(インフルエンザ、かぁ……。あぁ、神社に電話しないと……)


 フラフラと歩きながら、里帆は帰りにスーパーへと寄って、今後の食料と飲み物を買い込んだ。その後真っ直ぐと寮へ戻り、すぐに職場である神社へ、インフルエンザであった旨の報告の電話をするのだった。

 電話での報告を終えた里帆は、そのまますぐに部屋着へと着替える。それから枕元にスーパーで買ってきていたスポーツ飲料を用意すると、身体を休める準備を整えた。


 こんな時、普通の人は独りの心細さを感じるものなのだろう。

 しかし里帆は、養護施設でも熱を出した時は一人で対応してきたためか、あまり心細さや寂しさを感じてはいなかった。ただ、体調を崩してしまったことへの後悔だけがあった。

 里帆が身体を横にしようとした時だった。突然、家のチャイムが鳴り響いた。


(誰……?)


 里帆は不思議に思いながら、気だるげにインターホンを手に取る。


「はい……」

「里帆? 僕だけど……」


 インターホンから聞こえてきたのは、里帆の聞き覚えのある声だった。驚いた里帆は思わず聞き返す。


「ラファエル……?」

「そうだよ」

「ちょっと待ってて!」


 里帆は慌てて玄関のドアに近寄ると、覗き穴から外を覗いた。そこには確かにラファエルの姿が映っている。里帆は急いで扉を開けた。


「ラファエル! 今までどこで何をしていたの?」

「それは……」

「とりあえず、上がって」


 里帆はラファエルを招き入れると、玄関の鍵を閉めた。そしてそのままキッチンへと向かうと、やかんに水を入れて火にかける。

 それを見ていたラファエルが不思議そうに口を開いた。


「里帆。何をしているの?」

「ココア、作ろうと思って。ラファエル、飲むでしょう?」


 里帆はラファエルに向かってココアの袋を見せた。それを見たラファエルは慌てた。


「里帆! 体調が悪いんだから寝てなくちゃダメだよ!」

「でも……」

「でも、じゃない!」


 ラファエルは里帆へと近づくと、やかんにかけていた火を止める。そして里帆の背後へと回ると、その背中を押して部屋の中央へと里帆を連れていった。そして無理矢理ベッドの上に里帆を座らせると、


「里帆が無理したら、僕が来た意味がなくなっちゃう」


 そう言って頬を膨らませながら文句を言った。それを聞いた里帆はじっとラファエルの顔を見つめる。


「な、何? 里帆」

「……、別に」


 今度は里帆が頬を膨らませている。

 里帆はまだ、ラファエルが突然姿を消した理由を聞いていないのだ。ラファエルがそのことに気付いた時、里帆はラファエルからそっぽを向いてしまう。


(我ながら、なんて子供っぽい行動をしているのかしら……)


 里帆はそうは思うものの、熱に浮かされた頭では自分の行動を制御することが出来なかった。ラファエルから顔をそむけ続けていると、


「里帆」


 ラファエルが甘い声音で里帆の名を呼び、その顔を覗き込んできた。その瞬間、里帆の心臓は跳ね上がる。熱とは別の感情で顔が熱くなっていく。

 そんな里帆の様子に気付いた風もなく、ラファエルが口を開いた。


「急にいなくなって、ごめんね。心配した?」


 申し訳なさそうに眉尻を下げて言うラファエルに、里帆は返す言葉が見つからない。


「里帆が、あの後少しだけでも元気になれたと思ったから、だから僕は、里帆から離れようって思ったんだ」


 だけど、とラファエルは続けた。

 里帆が熱を出したことを知って、いても立ってもいられなくなって、駆けつけてしまったのだ、と。


「これじゃあ僕、天使失格だね」


 あはは、と力なく笑うラファエルの顔を、里帆は見つめる。困ったように笑うラファエルの顔はやはり綺麗で、整っている。くるくるとその表情を変えるのも、ラファエルの魅力のように感じた。


「さぁ里帆。横になって、ゆっくり身体を休めるんだよ」


 ラファエルに促されて、里帆はベッドの上に横になった。そろそろ身体を起こしておくのも限界だった。

 里帆がベッドに横になったのを、ラファエルは満足そうに見つめる。そして掛け布団の中に突然手を入れ、里帆の力ない手を握ってきた。


「なっ、何っ?」


 その瞬間里帆の身体は思った以上に跳ね上がり、その声はうわずってしまう。ラファエルはそんな里帆に笑顔を返すと、


「早く元気になるように、おまじない」


 そう言ってベッドの脇へと座った。

 ラファエルの手はひんやりとしていて冷たく、心地が良い。何よりも里帆が驚いたのは、


(ラファエルの手、意外と大きいのね)


 人なつっこい性格と柔らかな言葉遣いに失念してしまうが、こうして手を握られると、ひしひしとラファエルが男なのだと実感してしまう。

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