一⑤

 ラファエルの話を聞いていると、里帆は不思議と心が軽くなる気がした。根本的な問題は解決されていない。それでも、里帆は少しだけ許されたような気がした。

 里帆は無言で冷めたコーヒーを一口飲む。外の雨はいつの間にか止んでおり、日は暮れていくのだった。




 ラファエルの話を聞いた夜、里帆は夢を見ていた。それはいつも見る事故当日の夢ではなかった。

 白い世界の中、目の前には両親が微笑んで立っている。里帆がその存在に気付くと、両親は無言で両手を広げた。里帆は込み上げてくるものを抑えきれず、両親の元へと駆け寄る。そして迷うことなくその両手の中へと飛び込んだ。両親は腕の中の里帆をぽんぽんとなだめるようにさする。

 里帆はそれだけで堪えていた涙が溢れそうになる。顔を上げると長らく見られずに忘れかけていた、両親の優しい笑顔に出会えた。


 その夢は天使の羽に包まれているような、優しくて温かな空間の夢だった。

 目覚めた時、里帆の頬には一筋の涙が流れていた。養護施設に預けられてから今まで、泣いたことのなかった里帆は驚いた。しかし、里帆の中で大きなくさびとなって打ち込まれていたシスターたちの呪詛のような言葉や、両親を亡くしたきっかけを作ってしまった自分への責め苦が、涙と一緒に流れていくように感じた。

 心が軽くなったような気がする。これでようやく、自分は本当に前へ進める気がした。


 そこで里帆はふと右手に感触があることに気付いた。そこへ目をやると、里帆の右手を握って眠るラファエルの姿があった。


(いつの間に……?)


 疑問に思いながらラファエルの寝顔を里帆はまじまじと眺めてしまう。こうして見ると、ラファエルは本当に人間離れした綺麗な顔をしている。


(もしかしたら、ラファエルは本当に天使なのかもしれないな)


 里帆は寝起きの頭でぼんやりと思うのだった。

 しばらくラファエルの寝顔を見ていた里帆だったが、


「ん……」


 ラファエルが目覚めたようだった。里帆はその様子に自然と頬が緩む。


「おはよう、ラファエル」

「里帆……?」


 まだ寝ぼけている様子のラファエルを里帆が見つめていると、少しずつラファエルの頭もはっきりとしてきたようだ。


「里帆! おはよう!」


 ラファエルは子犬のような屈託のない笑顔で挨拶をする。その笑顔につられるように、里帆もにっこりと微笑むのだった。その笑顔を見たラファエルは、


「うん! 里帆は笑っている方が可愛いね!」


 そう満足そうに言う。言われた里帆は急に恥ずかしくなって、顔を俯かせてしまうのだった。

 朝食を終えた里帆は出勤の準備に取りかかる。その様子を、ラファエルはにこにこと見守っていた。

 準備を終えた里帆はラファエルと共に寮を出る。外はまだ暗い時間ではあったが、昨日の朝から降り続いていた雨は上がり、カラッとした秋らしい冷たい空気に包まれていた。

 ラファエルはいつものように里帆の後ろをついて歩き、神社の境内までやってくる。


「じゃあ、行ってくるね、ラファエル」

「うん、いってらっしゃい、里帆」


 そうしてラファエルはいつものように笑顔で里帆を送り出すのだった。

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