それは天使の祝福か

彩女莉瑠

プロローグ

「神のご加護がありますように。アーメン」


 黒色のシスター服に身を包んだ女性が厳かに口を開き、その手に持っているベルをチリンと鳴らした。このシスターはどうやら、今から旅立つ娘、三浦里帆みうらりほを見送っているようだ。

 里帆は長い黒髪を風になびかせながら、十二年間世話になったこの養護施設を、振り返ることなく真っ直ぐに前を向いて進んでいく。


(ようやく解放される)


 里帆の胸の内はこの言葉でいっぱいだった。

 里帆にとってこの養護施設は『クリスチャン』と言う隠れ蓑の中で、虐げられ続けた場所だったのだ。


 里帆は六歳の時、交通事故で両親と死別していた。里帆の両親はどちらも一人っ子で、そのため里帆を引き取り育ててくれる親戚はいなかった。結果、生き残った里帆は養護施設へと預けられることとなったのだ。

 さて、預けられたこの養護施設での日々は、幼い里帆にとって苦痛以外の何ものでもなかった。幼い里帆にシスターが言う。


「あなたは何と哀れで、罪深い子なのでしょう」


 これは里帆が何か失敗をするたびに言われ続けた言葉である。


(私は悪い子。私はいけない子。だからパパとママと一緒の所には行けなかった)


 シスターたちの言葉は幼い里帆がそう思い込むには十分なほど、呪詛となっていったのだった。

 自分を責める形となった里帆は、自然と顔を俯かせ、言葉数も少なく、まるで自らの罪の重さに耐え忍んでいるかのような生活をしていた。


 そんな里帆に第一回の転機が訪れた。それは中学生の時だった。

 歴史の授業でキリスト教について学んだのだ。その時、里帆の頭の中に数々の疑問が生まれてきたのだった。


 本当に神は存在しているのだろうか?

 本当に神は皆に等しく、平等なのだろうか?

 そもそも自分を信仰しない者たちを異端者として切り捨てる、その考えは正しいのだろうか?

 神という存在が、そんなにも狭量で良いものなのだろうか?


 里帆の中でどんどんと浮かび上がってくる疑問。しかしその疑問を口にする勇気は、中学生の里帆にはなかったのだった。

 悶々とする中、里帆は高校生になった。高校も『クリスチャン』が集まる女子校で、授業は全てシスターが教師となり教壇に立っていた。


 そんな神を信仰する者たちが集まった場所に、異端児と呼ばれる一人の生徒が現れた。この生徒の存在こそが、里帆にとっての第二の転機となるのだった。

 この生徒は常々里帆が疑問に思っていたことの代弁者だった。それどころが学校内において堂々と、


「神様なんているはずがないわ。神なんて幻想よ」


 そう声を大にして言うのだった。

 もちろん、その生徒はシスターたちからすぐに目を付けられ、異端児として扱われることになる。それでも彼女の態度は卒業まで変わらなかった。

 里帆はそんな彼女に声をかける勇気はなかったものの、その一貫した態度に勇気を貰っていた。そして進路決めの高校三年生の時、高校や養護施設では異端である巫女職に就くことを希望した。

 それは里帆なりの、最大限の反逆を意味していた。


(教会やシスターたちへの、当てつけよ)


 そう思った里帆が、この選択を曲げることはなかった。もちろん、突然の里帆の反逆に、始めシスターたちは驚きを隠せなかったようで、


「神に仕えたいのなら、シスターにおなりなさいな」


 そんなことを言う者もいた。

 しかし里帆は神に仕えたい訳ではなかった。ただ教会に神の存在を感じられなかったのだ。

 里帆はシスターたちの反対を押し切って、勝手に面接へ行き、巫女としての仕事先を決めてしまう。そこに里帆の意志の強さを感じたのか、シスターたちはもう、里帆に何も言っては来なくなった。

 代わりに里帆は高校を卒業してから今日まで、養護施設で異端児として扱われることになる。


(でもそれも、今日で終わる……!)


 一度も後ろを振り返らずに、真っ直ぐ前を見つめている里帆の表情はどこか、すがすがしささえ感じてしまう。里帆はそのまま、養護施設の門の傍に立っている一本の満開の、桜の木の下を通って歩いて行くのだった。

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