3話「右の期待」


 次の空間は静かだった。

 サクの目の前には二つの対魔格子がある。つまり二人がいるはずなのだが、まるで無人のような静けさだった。

 右側の対魔格子――サクが入ってきた扉の数メートル先に、二つの対魔格子が並んでいる――の中の人間が動いた。

 男だった。この男もまたこの暗闇に合わない明るい茶髪をしている。一見優しげな金色の瞳だが、奥底には見る者を測るような光があった。

「リーダーから聞いたぜ。あんた、軍の人間なんだろ?」

 目が合った途端、男が話しかけてきた。そして腰掛けていたベッドから立ち上がり――この男は拘束されていないらしい――対魔格子の前まで来ると、わざとらしくそれに触るふりをする。

「あんまり触ったら、次の日までぶっ倒れちまうんだよなー」

 そう言って笑う男。

 特務部隊の制服である漆黒のジャケットを羽織り、その下には毒々しいまでの柄の入った赤いシャツを着ている。ボトムこそ普通の黒のスラックスだが、全体の印象は胡散臭い雰囲気が強かった。しっかりとセットしてある髪と合わさり、まるで街の裏通りを歩いていたら出会いそうな男だと思ってしまう。

「……リーダー……さっきの部屋にいた男か?」

 サクは頭に浮かんだ問い掛けをする。それを聞いて目の前の男は笑った。作り笑いではない――思わず本心が滲み出たような――眩しい程の笑顔。

 この笑顔を見た瞬間、サクはこの男が――フェンリルが、自分とほとんど歳の変わらない人間で構成されていると悟った。日に焼けたような健康的な褐色の肌に、白い歯が映える。少々危険な香りはするが、魅力的な笑顔だった。

「随分嬉しそうな顔をするな? 質問に答えてくれ」

 あくまで冷静に再度問い掛けると、ようやく男は笑いを抑える。

「いや、悪い。つい……嬉しくてな。僕はロックだ。んで前の牢屋に入っていたのがクリス。フェンリルのリーダーを務めてる男だが、ちょっと……アレでな。自分じゃ殺意を抑えられない時があるんだ」

「それであの拘束具か」

「ああ。僕ら三人がかりならなんとか止められるんだが、四人一緒に牢屋にぶち込むようなバカはいないよな」

 そう言ってまた笑う。しかしその瞳は、悲しみしか映していない。

「“僕ら三人”ということは、フェンリルは四人だけなのか?」

 本人の口から聞いても、信じられない話だった。フェンリルといえば各地で数々の任務を達成する戦闘集団だ。いくら少数精鋭でも、この人数は有り得ない。

「そーだよ。なにせイカれた奴ばかりだからな。みんな殺しに興奮するような奴らだ。変に多いより、単身突っ込んだ方が逆に良いんだよ」

 つまり、自分以外は皆殺し。そう言って笑う目の前の男――ロックの姿こそが、フェンリルの本質なのだろうか。

「それよりお前は何の用なんだ?」

 今度はロックが問い掛けて来た。どうやら“外”の人間が来るのは本当に珍しいようだ。

「任務だ。一番奥に幽閉されているフェンリル構成員とコンビを組む」

 そう簡潔に伝えると、ロックは興味を惹かれたようだった。

「それはどんな任務なんだ? どうしてあいつが呼ばれる? 理由が知りたい」

 そこまで話して良いものか悩む。だが、どうせ話しても問題はないだろう。サクにしてもあまり詳細は知らされていないのだ。

「俺が知っていることは……」

 話すことにした。自分が知っている程度の内容なら何も問題はない。それにロックに話したかった。何故かそう思えたのだ。それは彼に対する期待だったのかもしれない。

 フェンリルの構成員が、与えられた情報からどこまでの任務を推測するのか。自分にはない嗅覚を見てみたかったのかもしれない。

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