第7話 理想の女性《1》(※エリック視点)
ミスティはこちらをくるりと振り返ると、大きな赤い目で僕のことを見上げてきた。
夕日を受けて輝く曇りのない瞳に、僕は思わず戸惑う。いつもそうだ。こんな風にまっすぐ見つめられると、居心地が悪くなる。
それは僕が嘘だらけの人間だからか、彼女を裏切って他の女性を口説いているからか。はたまた両方か。
すべてを見透かされているようで、とても不愉快だ。
「エリック様。私はあなたを尊敬しています。無口で愛想がない私と違って、あなたは他の方が喜ぶ言葉や仕草を本能的に選べる。同年代の人間として、あなたの社交能力の高さはとても羨ましいです」
「そ、それはお褒めにあずかり光栄です、ミスティ様。でも僕はあなたの言葉を飾らないところやお人柄を好ましく思っていますよ」
嘘だ。その逆だ。無口無表情で僕を恋い慕わないお前が嫌いだ。好ましく思う部分なんて一つもない。
(急に殊勝な態度を取っても、僕の心はマリーのものだ。なびかないぞ、この陰鬱女め)
まるで僕の心の声が聞こえているかのように、ミスティはなぜか少し寂しそうな顔をした。
褒めてやっているのに、なぜそんな顔をする?相変わらず訳がわからない女だ。
居心地が悪くて、僕は当たり障りのない別れの言葉を口にして、早々とその場を去ろうと決めた。
「ミスティ様。また、お会いしましょう。今度はお食事でも」
「……そうですね、いつか」
「では、失礼いたします。僕はいつでもあなたのことを思っていますよ、僕の美しい花。さようなら」
「ええ。さようなら」
別れ際のミスティがどんな顔をしてたかなんて見ていない。興味もない。
(早く、早くマリーのもとへ。今日も君の親友は最悪女だったよと報告しよう。きっと彼女は『そのような女性相手にも努力して、エリック様は偉いですわね』と褒めてくれるだろう)
御者に「少し散歩して帰りたいんだ」と嘘をつき、途中で馬車を下りて徒歩で森林公園まで向かう。
時折周囲を警戒して、尾行されていないか確認するが、案の定誰もいなかった。
王都の国立森林公園には、とにかく人がいない。昔はそこそこ賑わっていたようだが、近くに薔薇園が出来てから見向きもされなくなった。おまけに入館料が無料だから、受付に人もいない。清掃や栽培員の勤務時間も把握しているため、目撃される心配もなかった。
唯一気がかりなことは、うっそうと生い茂る草木のせいで、もし誰かが待ち伏せしていても気付きにくいという点だ。
だが、待ち伏せなど誰がするだろうか?
僕とマリーの関係に気づいている者はいない。
ミスティは嘘も下手な上に、人を疑うことも得意ではない様子だ。彼女が僕たちの関係に気づくことはまずないだろう。
僕たちは、不貞を疑われないよう細心の注意を払っている。僕もマリーも嘘が上手だから、行動で怪しまれることはないだろう。
(僕たちの逢瀬は完璧だ)
立ち並ぶ大小さまざまな草木、その間にある小道を抜けると、愛おしい人の姿が見えた。
「マリー!」
「エリック様」
抱きしめ、いつものように愛をささやき合い、ミスティの行動を二人で笑う。
最後に何度も情熱的なキスをして、時間をずらして別の道で帰路についた。
なんてことのない、ありふれた日常。まさか、数日後にはすべてが覆されることになるなんて思いもしなかった。
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