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──Eisen side──
辺りに吹く風は冷たく乾いている。空を見上げれば差し当たり青空。回りを見渡せば白い世界。荷物は重たく、道も悪い。
自分の足元には雪中行軍用のブーツ、それに自分と同じ名前の雪山登山用具が装着されている。着ている軍服はスノーカモ。いつもと同じ場所に雪山仕様の無線機も付けられている。背中にはビバークを想定した荷物を背負い、スリングで肩から空マガジンが入れられた重たいアサルトライフルを提げ、手には安全に登る為のピッケルを持っていた。
舗装などされていない雪山の道を15人程のチームで歩いていた。雪道が故に雪眼炎対策のゴーグルも必須となる。それにより視界も少し悪くなっている。
何故こんな事になっているのかと言えば単純な話で、所謂演習だ。いつどこが戦場になるのかなんて誰にもわからない。こんな雪山だってもしかしたら戦場になるのかもしれない。ならなくとも、何かしらで雪山に入らなくてはならなくなるかもしれない。経験に勝るものはなく、闘う事はないものの雪中行軍演習をしている。
軍事学校4期生がいくつかのチームで雪中行軍演習を行っている。ひとつのチームに教官が1人と、北方管轄区の中でも雪中行軍に慣れている北方警備隊の人間が何人か付いて行軍をしていた。
天候は現状悪くない。だがお世辞にも足場はなだらかとは言えず、じわじわと体力を奪われて行った。
「あともう少しで山小屋だ!そこまで行き、今日の演習は終了。明日は下るぞ!」
先の見えない白い世界に、教官の一声で希望が見えた気がした。
だが山とは非情な存在だ。さっきまであれ程に綺麗だった青空は一気に曇天となり、あっと言う間に白い空間を作り上げた。
「落ち着け!動くな!自分の前の人間を見失うな!」
警備隊員が指示を出す。雪に慣れない自分達はそれに従い経験をする。ホワイトアウトが解消されるまでじっとしようとするが、吹雪いた天候は牙を剥いて来た。
ぶわ…っと突風が吹き、痛いくらいの雪が叩き付けられる。風の轟音で周囲の音が掻き消されている中、自分のすぐ後ろで異変が起きた。
「…きゃあっ…」
「うわぁ!!」
「…っ!!」
風の隙間から聞こえた僅かな悲鳴。自分の後ろには3人が歩いていた。女が1人、男が1人。…それと間を開けてリアン。
「おい!どうした?!」
後ろに向けて声を上げる。視界は白いまま、何も見えない。
「おい!リアン!何があった?!」
必死に叫ぶ。自分の前のメンバーも何となく異変に気が付いた様だが、彼等だって動けない。
「…つらくっ!」
僅かに聞こえたその言葉は絶望だった。
──『つらく』…?か…つらく。滑落!!
軍服の無線を取るとそれに向かって叫んだ。
「アイゼンより報告!リアン以下3名、滑落です!」
生きた心地がしないとはまさにこの事。ホワイトアウトが収まるまで何かしたくとも何も出来ない。親友や仲間が心配で仕方がないのに、何も動けない。それは全てのメンバーも同じ気持ちだ。
幸いすぐ側に絶壁があるかと言われればそうではないが、なにぶん道なき道を登る様な行軍故に、通って来た道はなだらかとは言い難い箇所だった。来た道を滑落したとしたら、雪の下は岩みたいな道だからどれ程のダメージを受けているのだろうか。
早く確認したい。生きていると確認したい。
ホワイトアウトの間に無線からはたくさんの指示が飛び交う。自分のチームの中でも小柄なメンバーは一旦山小屋まで行き、処置が出来る様に受け入れ体制と別動隊に連絡を付ける。
自分を含め体格の良いメンバーは救援に向かう。アサルトライフルやビバーク荷物は一纏めにして一旦置き、ピッケルやロープなどの必要になる物を持って捜索をする。故に広範囲の捜索は出来ない。何よりも自分達が専門家ではないから、二次被害が出ない程度の事しか出来ない。
滑落とは言え、幸い崖ではない。登って来た斜面を滑り落ちていると思われるのだが、どれだけの距離を滑落してしまったのかはわからないし、雪が積もっているとは言え歩いて来たからこそまだらに剥き出しになってしまった岩が怖い。
少しずつ吹雪が収まる。さっきまで荒れていた天候が驚くくらい穏やかになる。この気紛れさ、これが雪山の恐ろしさだと初めて知った。
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