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 手狭なバスルームに湯気が立ち込める。頭上から降り注ぐお湯がプラチナブロンドを流れ落ちる。右手で髪を掻き上げると、自分の視界に右手首内側が入り込む。

 そこに存在するのは自身に刻み込まれた呪符。特殊な内容のその呪符はもう2度と取り外せないし、取り外す気もない。それを誰にも見せる気もない。それと同様のものが左手首内側にも存在する。だから彼は軍服のインナーも長袖を好むし、私服も理由を付けて長袖を着る。


 彼は3年程の歳月をこの様に過ごしていた。自分が持っている事により、他人に迷惑を掛ける事や傷付ける事をしたくない。そう強く願った彼は、持っている物を封じ込める為に自身に呪符を刻み込んだ。もう2度と彼から離れられない呪符は既に護符とも言えよう。ただ、この護符は彼を危害からは護れないし、護符としての恩恵もない。ただそこにあるだけで、条件を満たさなければ何も効果はない。そしてその効果すら、何もならない。


 昼間の事を思い返す。


──『アオイ、さっきはアイゼンが無神経ですまなかったね』

──『いやいや、別に平気っすよ』

──『無理しなくて良い。学がないなんて嘘だろ?向かないなんて事もない』

──『…な…何の事っすか?』


──『…本名、ルヴィ…だろう?』


 どこまで彼は知っているのだろうか。どこまで彼は気付いているのだろうか。アオイにはわからなかった。ただ、現状自分に対して寄り添おうとしてくれている事は理解している。


「…姉さん、どこに居るんだ?…姉さんはまだ持っているのか?僕はもう…」


 アオイの目的はひとつだけ。姉が持っているものを何とかしたい。それだけ。


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2019/11/26/004

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