ふたりの旅①


霧で一寸先も見えない森の奥深く、楽しそうな顔の女性と無表情であるがどこか憂鬱そうな青年が歩いていた。


(なぜこんなことに…)


昨日、エミーという女性に根負けしてしまい、アルフレッドは彼女を王都の近くまで送り届けることになった。


突っぱねたかったが、命を狙われていると言われると断り辛い。渋々王都の近くまでは、と引き受けてしまった。


ため息をつきなら、横を歩く彼女をチラリと見る。憂鬱なアルフレッドとは裏腹に楽しそうだ。


(呑気そうで羨ましい)


そんな彼女の様子を眺めつつ、今後の予定を頭の中に思い浮かべる。


昨日彼女には、遠回りになるが村や町を避けて王都へ向かうと伝えた。

本来は、森から出て王都へ真っすぐと向かい、途中の村や町で宿を借りて食料を補給しつつ王都を目指すのが一番良い。だが、昨日彼女を捕えていた男達のこともあるので、村や町は避けるべきだ。男達の後ろには明らかに雇い主がいる。きっと彼女を探しにまた追っ手を雇うだろう。その為、なるべく人に顔を見られるような場所は避けるべきだと判断したのだ。


しかし、そうなると必然的に野宿が多くなる。お嬢様には難しいかもしれない。

そんな事を思いつつ彼女にその旨伝えると「野宿できます!」と元気の良い返事が返ってきた。


本当に大丈夫なのだろうか。不安でしかないが、戦いは避けたいので彼女の言葉を信じ野宿コースで進む事むことにした。

きっと彼女の大丈夫だと思いたい。


(それにしても、今日は大人しいな。昨日のように、また質問責めにされると思ったが…)


昨日の今日なので身構えていたが、今の所エミーは大人しい。周りを物珍しそうにキョロキョロ見ているが、変な事を言ったりはしていない。もしかして、昨日のは夢だったのではないかと思うくらいだ。


大人しい方がありがたい。このまま黙々と歩き続け、まずは森の端に行こう。

アルフレッドはそんな事を考えながら歩いていた。













一方その頃、エミリアは真剣に考えていた。


(どうしたら仲良くなれるかしら?)


チラリとアルフの方を見ると、無表情だった。

時々周囲を見渡し何かを観察しているが、どうやら方角を確認しているらしい。

迷いの森なのに迷わずに外に出れるのか確認をしたら、迷いの森の歩き方は心得ていると言っていた。


(方角がズレていないか確認する以外は、ずっとスタスタ歩いているわ)


ただし、歩幅はしっかりとエミリアに合わせてくれていた。

ついでに、昨日は旅の予定についても丁寧に説明しながら問題ないか確認してくれた。

素っ気ない態度とは裏腹に、行動はとんでもなく優しい。また、ときめいてしまう。


本当はもっと話しかけて彼のことを知りたいのだが、気がかりな点があった。

その為、まずは様子見をしている。


(時折見せる、翳りを帯びたあの瞳…あれが気になるのよね)


何かに苦しめられているような気がする。根拠はないが、そう感じた。


王都の近くにたどり着くまで、少なくとも五日はかかるらしい。それなら、急がずゆっくり彼のことを知っていこう。


(今は生まれて初めての外世界を堪能しなきゃ!)


本で知識としては持っていたが、本物の霧を見るのも、苔を見るのも、色んなことが初めてだ。

なるべく沢山のものに触れよう。いろんなことをしてみよう。何だかとっても楽しい旅になりそうだ。











「今夜はここで寝ることになるが…本当に大丈夫か」


アルフレッドは大きな大木の根本を指差しながら言う。


今日中に森の端まで行けると思っていたが、彼女の歩幅を考えると難しかったようだ。無理をさせ体調を崩すと良くないので、今日は早めに休むつもりだ。


「大丈夫よ。苔がフカフカで気持ちよさそうね」


彼女はニコニコしながら大木の根本に座った。苔って本当に柔らかいのね!と驚いているが、そのまま寝っ転がられると身体中苔だらけになる。慌てて外套を脱ぎその上に座らせる。とんだお転婆なお嬢様だ。


そんなアルフレッドの行動に、彼女は目をパチパチさせていた。何かおかしな事をしただろうか。


(姉はいつも外で座るとき、女の服を汚さないよう俺の上着か外套を敷けと言っていたが…)


もしかして、姉が我儘勝手すぎただけかもしれない。あの姉だ、大いにあり得る話だ。


困惑した様子を感じ取ったのか、彼女は微笑みながら言う。


「アルフは、本当に優しいのね」


(優しい?)


アルフレッドはその言葉をどう受け止めていいのか分からず、困惑した表情をする。

過去の事を考えると、自分は決して優しい人間ではない。非道と言われ続けた自分に優しさなどあるのだろうか。


そんなアルフレッドの気持ちを知ってか知らずか、彼女はゆっくりと言葉を選ぶように話を続けた。


「優しいとは人を思いやる気持ち、配慮ができることよ。いまアルフは、私の服が汚れないように思いやって、配慮をしてくれた。だから優しいの」


(人を思いやる気持ち、配慮ができること…)


自分は優しいのだろうか。今言われた言葉を自分の中で反芻する。

アルフレッドは未だに”あの日”に囚われている。四年の月日が経っても、それはまるで昨日の出来事のように感じていた。


しかし、彼女が自分に向け言ってくれた言葉は、過去の自分ではなく今の自分に向けてだった。今の自分は昔とは違い、少し優しいのかもしれない。


今までそんな事は考えたことがなかった。

ずっと一人で人里離れたこの森で暮らしていたので、人と接するのも話すのも久しぶりだからこそ、余計に新鮮に感じる。


どうやら、世間知らずで向こう見ずなお嬢様と思っていたが、決めつけだったのかもしれない。アルフレッドの行動一つ一つをしっかりと見ているようだ。


「エミーありが…『私のこと好きになりました!?』」


やはり世間知らずで向こう見ずなお嬢様だ。前言撤回をする。


「まだ、そんなこと言ってたのか」

「私、諦めてません!」

「…」

「まずはお互いのことを知っていきましょうね!」

「…もう寝るぞ」

「えっそんな!今から語り合いをしましょうよ!」


騒ぐ彼女を大木の根本に押し込んで、自分は見張りの為に少し離れた場所に行く。


やはり彼女の相手は疲れる。

だがちょっとだけ、気持ちが軽くなったので感謝だけはしておこう。アルフレッドは見張りをしながらそんなことを考える。


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