プロローグ(エミー)
ここは王宮の大広間。
現在この大広間は沢山の人で溢れかえっていた。
今日は終戦の祝いと、王女のお披露目のパーティーだ。
エミリア・ランドルフは、フワリと柔らかそうな淡い金髪を揺らしながら微笑んでいた。
水色の目はキラキラと好奇心タップリに輝いている。
十二歳になった彼女は、今日が社交界デビューだ。
今まで王宮の奥でひっそりと暮らしていた。毎日毎日同じ事の繰り返しの日々で、エミリアは毎日がつまらない。
今日は貴族だけが出席するパーティーらしい。沢山の人がエミリアの元に近寄ってきて挨拶をしてくれる。こんなにも沢山の人と話すのは初めてだ。
(沢山の人と話すのは楽しいけど、疲れてきてしまうものなのね)
そろそろ一度休憩をしたい。チラリと侍女を見ると、侍女は無言で頷く。そろそろ衣装直しを、と声をかけてくれた。本当に良くできた侍女だ。
会場にある控室の一つに移動すると、エミリアは勢い良くソファーに座り込んだ。
「はしたないですよ」
控室に待機をしていた乳母がたしなめてきたので、ごめんなさいと素直に謝る。
王女様はお転婆であってはいけないのだ。人目がないからって、ついつい気が抜けてしまう。
乳母と侍女はエミリアの次のドレスの準備をしに部屋を出ていった。エミリアは一人になったので、これは幸いとコッソリとバルコニーに行く。
ずっと誰かが側に居るので疲れてしまった。ちょっとだけ一人で息抜きがしたい。
(わ~美しい!)
バルコニーからは中庭の薔薇園が見渡せた。優しい花の匂いに思わず顔がほころぶ。まだ十二歳のエミリアは貴族とのパーティーよりも薔薇を愛でる方が楽しい。
うっとりと薔薇を眺めていると、隣のバルコニーから声をかけられた。
「お嬢さん、お花が好きなのですか?」
(…?私の事を知らないのかしら)
王女であるエミリアは今日がお披露目だ。まだ自分の顔を知らない人がいてもおかしくないだろう。そう納得して声のした方へ近づく。
声をかけてきた人は男性のようだ。ローブを着ており顔は見えないが、お父様と同じくらいの年齢だろう。声があまり若くないような気がした。
「お花は好きよ。美しいものを見るのは心が躍るわ」
「そうですか。それではこの花も気に入るかもしれません」
そういって男性は箱を見せてきた。
エミリアはバルコニーから身を乗り出し、男性が持つ箱を覗き込む。バルコニーは隣り合わせといっても、エミリア一人分くらいは間が空いているので、身を乗り出すのも一苦労だ。
男が持つ箱の中には、青い色をした不思議な花が入っていた。匂いはほんのり甘く、見た目は薔薇に近いが、薔薇とは少し異なる。何という花だろうか。
「青色のお花なんて初めて見るわ。これは何というお花なのかしら?」
「この花にはまだ名前がございません。お嬢さんが名前をつけてくれますか?」
そういうと男性は箱をエミリアに差し出した。不思議に思いながらも、手を伸ばして箱を受け取る。もっと近くで花を見てみたいと思ったのだ。
箱の中を覗き込むと、やはりほのかに甘い匂いがした。青色の花は月の光を浴びていないのに、輝いて見える。もっと近くで見てみよう。ゆっくりと箱の中に手を入れてみる。
エミリアは花に夢中になりすぎて、男がニヤリと笑っていることに気づかなかった。
花に触れた。そう思った瞬間だった。突然身体が燃え上がったかのように熱くなった。
火はついていないはずだ、それなのに身体中が熱い。思わず箱から手を放すが、箱の中は何もなく空っぽだ。何が起こったのだろう。助けを呼びたいが、喉も焼けたように熱くなっていて声が出ない。
男の方を見ると、男は高笑いをしながら叫んでいた。
「これでランドルフの血は我らのものだ!!!」
一体どういう事だろうか。しかし今はのんびりと話しを聞いている場合ではない。あの男は敵だ、逃げなくてはいけない。男が伸ばしてきた手を避け、逃げようとした時だった。
「く、曲者!!!!誰か!王女様が!!!!」
部屋にいないエミリアを探しに来た乳母が、バルコニーの騒ぎを聞きつけて助けに来てくれたようだ。男は舌打ちをしながらエミリアに向かって呟く。
「お前は我ら一族のものだ。また会おう」
男はバルコニーから飛び降りて逃げていった。兵達がこっちだと叫びながら追いかける。
エミリアは自分の身に何が起きたのか分からず、まだ動揺をしていた。乳母が横で声をかけているが、頭に入ってこない。燃え上がるような熱さは消えたが、心臓の辺りが痛む。
結局、男は捕まらなかった。
どこの誰なのか、どこから来たのか、あの花は何だったのか誰にも分からない。
分かることは、王女様の命が狙われたということだけだ。
国王は娘の命を心配し、国民への正式なお披露目は十六歳までに引き延ばすことを宣言した。
あの日みた青い花は、結局どこを探しても見つからなかった。あるのは空っぽの箱だけだった。
しかし、見つからない代わりにエミリアの心臓の所にあの青い花の模様が浮かび上がるようになった。
王宮医師様は、これは死の呪いだと言っていた。
この呪いは年々身体を蝕み、心臓を中心に花のような模様で身体中に広がっていくらしい。でも、ランドルフ一族は特別な血を持っているので、すぐには死ぬことは無いと言っていた。
しかし、その特別な血のせいで王家は子どもは一代に一人しか生まれない。
もしもこのまま呪いを解くことができなければ、建国から続いたランドルフ一族は滅びることになってしまう。そうなっては大変だ。
現在お父様を中心に呪いを解く方法は必死に探されている。
でも、当の本人であるエミリアは蚊帳の外だ。王宮の奥でひっそりと待つようにと言われてしまった。
エミリアにとって、退屈でつまらない日々が続く。終わりの見えない生活は息苦しい。
(ああ、外の世界に出たいな)
エミリアは外の世界に恋い焦がれた。
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