第8話 準備③
「天野さんからデートに誘われたのよ? 綾乃。その現実をしっかり受け止めなさい」
動揺する綾乃を
「で? いつなの? デート」
「えっと、来週の金曜の13時から……」
もはやデートであることを認めなくてはいけない雰囲気のため、綾乃はそこに口を挟むことを諦め話を先に進める。
「来週末かぁ~、まだ時間はあるわね」
「時間、ですか?」
「言ったでしょ? 綾乃の初デートの準備をするって。そんな訳で……」
咲希はニヤリと笑うと先を続ける。
「今度の綾乃の休み、夕方から時間あけといてくれる?」
綾乃の次の休みは咲希に仕事が入っていた。そのため、仕事が終わる夕方から時間を取ってくれないか、と言うことのようだ。綾乃はどうしたものかと思案する。この間イメチェンで世話になったばかりなのに、今回もいいのだろうか。
「何? 気になることでもあるの? 綾乃」
「こんなに甘えて、いいのかな? って……」
綾乃はそう口を開いた。すると咲希はケラケラと笑う。
「いいに決まってるじゃない! 今回は綾乃の人生初体験、初デートなのよ! しっかり成功させないと」
その声は少し楽しげである。
「それに、綾乃は素材がいいから」
にっこりと笑って言う咲希の言葉に疑問符を浮かべる綾乃だった。その表情を見た咲希は、何でもないと言うと並べられた食事に手をつけていく。何が何だか分からないが綾乃もそれに
そして約束の綾乃の休みがやってきた。
綾乃は午前中に溜まっていた家事を片付けた。それも昼前には終え、夕方までの時間、読書をして過ごす。先日天野楓に勧めた本だ。映画を観る前の予習として、再び読み返す綾乃だった。そして時間は過ぎ、あっと言う間に咲希との約束の時間になる。
ピンポーン。
家のチャイムが鳴る。綾乃はゆっくりとした足取りで玄関のドアを開けた。そこには予想通り咲希の姿がある。
「やっ!」
軽い挨拶をする咲希に、綾乃はお疲れ様です、と返す。
「さて、こんな時間だけど買い物に出掛けるわよ、綾乃」
咲希はそう言うと、綾乃の部屋へと上がり、この前渡したワンピースに着替えるように言う。綾乃も、言われたとおりに着替えて出掛ける準備をするのだった。
支度を調えた綾乃は咲希が運転する車に乗って大型ショッピングモールへと訪れていた。広いショッピングモール内に入っている店を、しっかりと咲希は吟味していく。
「やっぱり、初デートだもの。勝負服で勝負しないとね」
そう言いながら、一軒一軒の服屋を覗いていく咲希の後を迷子にならないようについて行く綾乃だった。
「綾乃は派手なイメージではないから、こういう服装はやめたほうがいいし、やっぱり攻める清楚系で行くのがいいかもなぁ~」
そんなことをブツブツ言いながら洋服を一着一着吟味していく咲希に、綾乃は何だか恥ずかしさを覚えるのだった。そして何度も試着を繰り返し、洋服と小物を揃えていく。
そして一通り揃えた2人は、ショッピングモール内にあるコーヒー屋に立ち寄った。
「靴は綾乃のことも考えてローヒールにしたけども、普段履き慣れてないものだから転ばないように注意してね」
咲希はコーヒーを飲みながら綾乃へと注意をしていく。綾乃は真剣にその話を聞いているのだった。
「あと、最近は意識しているみたいだけど、天野さんの前で俯く癖もなるべく出さないようにしないとね」
咲希の言葉をふむふむと聞いている綾乃は、1つの疑問を口にする。
「会話は、どうしたら……?」
「会話の主導権は天野さんに渡した方がいいかもしれないけれど、2人で共通の話題で盛り上がるのがいちばんいいわね」
咲希は綾乃の疑問を笑うことなく受け止めた。そして日がどっぷりと暮れた頃、咲希の運転で綾乃は帰路についたのだった。
家に帰った綾乃は、楓とのデート用に揃えた洋服を一式ハンガーにかけ、やがてやってくるデートへと思いを馳せた。
(デート、か……)
あまり実感は湧かなかったものの、着実に近づいてくる映画の日付は意識せずにはいられない。綾乃は純粋に映画を楽しみにしながら眠りについた。
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