第2話 出会い

 今日も事務的にレジでの接客をこなしていた綾乃あやのは、たまたま持ち込まれた1冊の本に目を留めた。


(あれ? この本……)


 それは以前自分も読んだことのある本だった。


「いらっしゃいませ、カバーはお付けしますか?」

「お願いします」


 紙カバーをつけながら、綾乃はふと顔を上げた。レジカウンターの向こうにいたのはスーツ姿の男性だった。昼休みに来店したのか、胸元には名札が付いていた。


(天野楓あまのかえでさん、か……)


 綾乃は何となくこの男性客の名前を反芻はんすうし、覚えていた。


『この本はおススメですよ』


 綾乃は喉まで出てきた言葉をぐっと押し殺す。人見知りをする綾乃の悪い癖だった。

 そのまま紙カバーをかけた本を袋に入れて手渡す。


「ありがとうございました」


 どうしても無機質になってしまう声音で、綾乃は楓を見送った。楓も軽く会釈えしゃくをして店を後にしていく。

 綾乃はその後ろ姿を無意識に見送っていた。




 楓が店を出た後、綾乃は黙々とPOP作成をしていた。その間に頭をよぎっていたのは、先ほど楓が買っていった本の内容だった。


(面白い本だったな……)


 そのまま何事もなく仕事が淡々と終わっていく。

 帰宅した綾乃は、頭の中でぐるぐるとしていた楓が今日買って行った本を手に取っていた。そのまま読み返していていく。


(やっぱり面白い……)


 そのままどんどんと物語に引き込まれていき、気付いたら1冊丸々読み終えていた。時刻は早朝の4時になっている。

 本の内容は、最後に大きなどんでん返しのあるミステリーだった。綾乃は今日が休みで良かったと心底思いながら、先ほどまで読んでいた本の内容を噛み締めつつ、ゆっくりと深い眠りへとついていくのだった。




 翌日。

 綾乃は楓のことなどすっかり忘れていた。少し遅めの朝食と昼食をまとめて摂る。今日はどんな本を読もうかな。そんなことを考えながら食事をしていると、今日は新刊を買いに出かけようかな、と言う気分になった。

 綾乃は食事を終えると、近所にある小さな書店へと向かう。


(大型書店もいいけど、小さな書店には掘り出し物があるんだよね)


 綾乃はそんなことを思いながらワクワクする気持ちを押し殺すこともなく、書店の扉を開けるのだった。

 店内は明るく、しかし小さな店内に所狭しと本が積み上げられている。

 そこで綾乃はゆっくりと平積みされている本を見ていく。今日は歴史物の気分のようで、綾乃は歴史書物の所へと向かっていく。


(あ、この本ウチにもない……)


 古い書物を見つけた綾乃は、それを手にするとレジへと向かった。


「あ、綾乃ちゃん。今日はこれにするのかい?」


 レジに行くとニコニコと愛想良く店主の男性が声をかけてくれた。幼い頃から綾乃のことを知っているこの店主は、綾乃がカバーを必要としていないことも知っている。


「はいよ」


 袋へと本を入れると、優しく微笑みながら商品を綾乃に渡してくれた。


「楽しんでおくれよ」


 店主はそう言うと、綾乃を送り出してくれるのだった。

 綾乃は天気が良かったこともあり、その日はそのまま公園へと向かっていた。大きなベンチに1人座ると、買ったばかりの歴史書物を開く。ゆっくりと物語へと吸い込まれていく綾乃の目の前を、多くの人が通過する。

 その中にはもちろん、スーツ姿の男性たちもいた。


 綾乃の私服はダボったいトレーナーパーカーに、下は灰色のジャージ。肩よりも長い髪は手ぐしで整えてあった。ラフな格好と言うよりは、綾乃は自分の身なりにそれ程関心がないようだ。そんな綾乃を不審そうに見つめる犬の散歩中の人やジョギング中の人も中にはいたのだった。

 しかし綾乃はそんな視線はお構いなしで、読書を続けている。気付けば日が傾いていた。3時間程公園での読書を楽しんだ綾乃は、満足して帰路に就く。

 こうして1日の休みを満喫した綾乃は、翌日の仕事に向けて準備をし、早めに眠りにつくのだった。




 そんな日常の中、再びレジに持ち込まれた本に綾乃は目が釘付けになった。それは先日、自分が店長に相談して発注した、歴史書物だった。


「カバー、お付けしますか?」

「お願いします」


 その声に聞き覚えのあった綾乃はふと顔を上げる。

 そこには以前来店していた天野楓の姿があった。

 綾乃よりも背の高い彼は、黒縁メガネをかけ、長い前髪で表情を隠している。


(あ、天野楓さんだ……)


 綾乃は覚えていたその名前を思い浮かべた。

 紙カバーをつけながら、この本のことを思い出す。公園で読んだこの本は、内容は重いものの、読後にずっしりとした思いと共にどこか前向きになれるものだった。


(本の趣味、一緒なのかな……?)


 綾乃はそんなことを思いながら、紙カバーをかけ、袋詰めを行う。


(もし、一緒の趣味なら、嬉しいな……)


 綾乃は何だか温かい気持ちになりながらその本を楓へと渡した。


「ありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げると、楓も軽く会釈えしゃくをして店を後にする。綾乃はその後ろ姿をじっと見送るのだった。


「お? 綾乃、あの男性客に何かあるのかい?」


 明るい声に振り返ると、そこには咲希のニヤニヤ笑顔があった。綾乃は何故か、咲希の言葉に顔を赤くして俯いてしまう。


「おぉ~?」


 咲希は思わぬ綾乃の反応に少し戸惑った様な声をあげる。


「どうした? どうした?」


 咲希はずいずいと綾乃を肘で小突いている。綾乃は聞き取れるかどうか分からないくらいの小さな声で答える。


「本の趣味が……その、一緒みたいで……」


 咲希はその言葉を聞いて目を丸くしている。3年間同じ書店で働いていて、自分と同じような趣味の本が持ち込まれるなど良くあることだったはずなのに、今までにはない綾乃の言葉と反応に驚いたのだ。


(ははぁ~ん?)


 咲希はその綾乃の様子に少し合点が行ったようだった。


「綾乃、次の休みの日、遊びに行くから空けときなさい!」


 咲希は笑顔でそう言う。綾乃はえっ? と戸惑っている様子だったが、咲希は、


「いーからいーから!」


 と言うとニヤニヤ笑いながらその場を後にするのだった。残された綾乃は茫然と立ち尽くすだけだった。

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