いつか再び
長月瓦礫
いつか再び
小さな芽が出始めた街路樹の間を生ぬるい風が吹き抜けていく。
足早に歩く人々に声をかけては、メンタルが砕け散る思いをする。
なかなか集まらない。
ハードルは高くはないと思うが、どうにも腰が引けてしまうようだ。
「思ってたよりいないもんだねえ」
「今回ばっかりは諦めるしかないんじゃないんですか?」
「かもね〜……あーあ、沖縄行きたかったなー」
「おうち時間に走れ!」と派手に書かれたチラシを持って、お互いにため息をつく。
家でも遊べるゲームやら手軽にできるDIYやらを紹介するもので、今はボードゲームのプレイヤーを探していた。
初心者でも構わないという気軽さを売っているものの、なかなか人が集まらない。
デジタル系のゲームに特化したプレイヤーは自然とそちらへ流れていってしまった。
こうなったら、イベントのノリとテンションに溺れた人たちを捕まえるしかない。
当日はデジタルアナログ関わらず、大会が開かれる。
優勝者には沖縄旅行のチケットが送られる。
まさかの大盤振る舞いで驚いてしまった。
というか、閑散期だから安かっただけなんだろうな。
「沖縄なんていつでも行けますよって……いねえ!」
一瞬だけ目を離したすきに、どこかへ消えてしまった。
色んなものに目移りする小学生かよ。
「き! り! さ! き! くーん!
こっち! こっちだよ! すごい人見つけちゃった!」
少し離れたところで両手を大きく振っている。
背の高い女性が困ったような表情を浮かべていた。
どこか見覚えのある顔だ。
「え、うっそ。ナナミ? 何でこんなところに?」
「待って、エマ・ソロウと知り合いなの?」
「ねえ、どういうことなの? 何があったの?」
エマは口を押さえる。
八坂さんが知っているほどの有名人なのか、本当に俺が知らなかっただけか。
金髪と綺麗に整った顔、いつ見ても本当に美人だ。
「そんな有名人だったんだ。
なのに、俺ってばあんな態度で接しちゃって……」
「ほら、あの時はそういう状況でもなかったし。しょうがないよ。
ナナミこそ、こんなやつと一緒に何してんの?」
俺の先輩をこんなやつ呼ばわりか。
そういえば、初対面でも突然湧いた虫みたいに言われたっけ。
意外と毒舌なのかもしれない。
あの時はお互いに状況を把握しなければならず、まともな自己紹介もできやしなかった。結局、正体不明のまま帰ったんだよな。
エマにこれから始まるイベントについて軽く説明し、八坂さんを紹介する。
彼女とは、知り合いの楽団で修行もとい留学していた時に出会った。
ごまかせるところはごまかして、ぼかせる部分は隠していく。
「お前、まさか練習放り出して遊んでたんじゃないだろうな」
「エリーゼから聞いたよ、路上演奏の人と即興でバイオリン合わせたんでしょ?
そんな奴が誰かと遊ぶわけないって」
「え、ちょっと待って? 初めて聞いたんだけど。
何でそんなおもしろエピソードがあんの? もっと聞かせてよ」
「……もしかして、私たちのことほとんど話してないの?」
胡乱気に見るエマを呼び寄せて、小声で喋る。
これ以上、この人に餌を与えちゃいけない。
「エマ、久しぶりに会ったところ悪いんだけど、あんなん話せるわけないって!」
「えー、そうなんだ。アンタのことだから、べらべら喋ってんのかと思った。
クリスマスのときも友達に乱入されてたじゃん。
だから、思っていた以上に結構薄情な奴なのかなーって」
「見てたんですか、アレ……」
「何なら初期の頃から見てたよ。
家電量販店のピアノ弾き逃げシリーズとか、割と好きだったけど」
俺はそれを聞いて、崩れ落ちかけた。
数十年越しに出会った友人がヘヴィリスナーになるなんて、誰も思わないだろ。
ああ、そうだよ。思ってもみなかったよ。
「そんな驚かなくてもいいじゃん。どうなるか気になってたし」
「待って待って、エマさん最初っからコイツに目ぇつけてたってこと?
こんなすごい人にお前、注目されてたの?」
八坂さんが首をホールドし、俺を指さした。
「目をつけてたのは私じゃないけどね。
それで、今度はこの人が私に目をつけたと。モデルは廃業してるんだけどなあ」
「じゃあ、今は何してるんです?」
「え、マジで知らないの? メイク講座とかダンス講座とか!
いろいろやってるし、雑誌だって載ってるんだよ!」
「やめてよ、どれも昔の話じゃないの……。
まあ、ノウハウなら人一倍溜まってるからね。活かすなら今しかないと思って」
「伊達に長く生きてるわけじゃないんですね」
「その言い方やめてくれないかな。
こういうのは経験と理論でどうとでもなるんだって」
「そうだよ! 往年のスターになんてことを!」
「アンタもいい加減にしてくれないかな! さっきから何のつもりなの!」
怒鳴りつけられ、肩を落とす。
この人、本当に地雷を踏むのが上手いよなあ。
「こちらこそ、突然すみませんでした。
さっきも説明した通り、アナログゲームで遊べる人を探してるんです」
「変な奴に声をかけられるのはいつものことだし、別にいいんだけどさ。
ナナミに声をかけられる日が来ようとはねえ……これは予想外だったわ」
「詳しいことも話せませんでしたしね。音楽とネットって本当に相性が良くて、いろんな人に聞いてもらうには一番いいんですよ」
「どんな形であれ、観客がいるのが一番だもんね。
最初は信じられなかったけど、どんどん有名になっていくんだもん。
すごいよ、本当に」
八坂さんの嫉妬の視線が痛い。殺意が込められた視線だ。
何か、前もこんな感じで睨まれなかったっけ。
「ね、そんなに人手が欲しいなら、今回だけ協力するけど」
「え?」
八坂さんが頭を上げる。
何だかんだで話を聞いてるんじゃねえよ、アンタも。
「ほら、こっちも恩返しできてないしさ。
昔のよしみってことでさ、どうよ」
「恩返しだなんてそんな、気にしなくていいのに」
「いや、これでも結構救われたところもあるんだって。
アンタが帰った後、何度あの日のことを話したか分からないもん。
アナログゲームなら、私でもできると思うし」
「是非お願いします! これで人数揃った!」
即答するな。アンタが言えた立場じゃないだろう。
「勝手に巻き込んで、本当にすみませんでした」
「私もアンタと一緒に仕事できて嬉しいよ。
そうだ、これ名刺ね。何かあったら連絡するから。それじゃね」
片手を上げて、その場を去って行った。
「おーまーえーなあ! どういう関係なんだよ!
全然分からなかったんだけど!」
そのまま首を軽く絞められる。
ゲームで培った直観力はアテにならなかったようだ。
いつか再び 長月瓦礫 @debrisbottle00
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