化け物達──②

「ふん、なるほどな。この力とテメェのスピードがあれば、格上の実力者にも勝てる、か」

「ええ、まあ」



 答えつつ、サノアは内心冷や汗を流していた。


 実際はサノアの肉体レベルは、常人の域をはるかに超えている。

 蹴りのひとつで小型の龍種ドラゴン程度なら屠れるレベルだ。

 だからこの力も、サノア自身が強くなるまでに使っていた手法にすぎない。


 なのに、どうだ。目の前にいる化け物はかすり傷ひとつ負っていない。

 サノアのパンチや蹴りでも倒れない、ロウンの耐久性が異常なのだ。


 今までも、僅かな手合わせで相手に傷を負わせ、実力も測って来れた。


 が、しかし。


 ロウン・バレットという男は、今まで出会って来た強者とはレベルが違う。

 下手をすれば間違いなく殺される。

 こんなの、久しく感じていなかった感覚だ。



「ドアラ、頼みがあります」

「わーってる。1人じゃきついだろ、あんな化け物」



 背後にいたドアラも、剣を構えて神経を研ぎ澄ませた。

 1人では到底太刀打ちできない相手でも、もう1人のプラチナプレートであるドアラの力があればどうにかなる。……かもしれない。


 それに『ダメージの累積』もあれば、勝てる可能性は格段に上がるだろう。


 今までは1人で倒すことを考えていた。

 強い奴と戦いたくて戦いたくて、倒したくて倒したくて。

 けど、これはもうそのレベルの話じゃない。

 この化け物は、戦うとか倒すとか、そんな話ではないのだ。


 生き残るために戦う。


 これは、そういう戦いだ。


 それと共に、僅かに後悔していた。

 自分は、手を出していい相手を間違えた、と。



(ドアラの言葉にもう少し耳を傾けていればよかったですね……もし生き残れたら、胸のひとつでも揉ませてあげましょう)



 生き残れたら、の話だが。



「なんだァ? 2人がかりか? いいぜ、掛かって来なァ!!」



 ロウンから暴風雨のような闘気と魔力が噴き出す。

 周囲の瓦礫を吹き飛ばす衝撃に、2人の体は意図せず硬直した。


 しかし、そこはプラチナプレートの矜持が勝ち。

 サノアはスピードを生かして正面から。

 ドアラは剣という凶器と手数を活かし、背面から攻撃を仕掛けた。


 ドアラの剣の冴えとスピードはターコライズ王国でもトップレベルに食い込む。


 だが、ロウンが競って来た相手が悪かった。



「おせェ!」



 片手でサノアの攻撃を受け。

 片手でドアラの剣撃を捌く。


 そう、ロウンが競って来たのは、剣聖アシュア・クロイツ。

 瞬きする間に数十の攻撃を仕掛けてくる本物の化け物、、、、、、を知る身からすれば、2人の攻撃なんて目を閉じてでも捌き切れる。


 人数を増やしても、手数を増やしても攻撃が通じない。

 それを悟ったドアラは、苦虫を噛み潰したような顔でサノアに合図した。



「サノア!」

「ええ!」



 直後、ドアラとサノアがロウンから僅かに距離を取る。

 そして、次の瞬間。



「秘剣・龍牙!」

「虎閃・激!」



 龍種ドラゴンと対抗するために編み出された、必殺の秘剣と。

 獣王種キングを屠るために作り出された、連撃の猛攻がロウンを襲う。



「いい技だ!」



 ロウンは魔力を両腕に纏わせ、僅かに力を籠める。

 そして。



「魔闘殲滅流──空掌打!」



 前後に向かい、腕を突き出す。

 ロウンの剛腕と纏わせた魔力により、空間が圧縮され……まるで質量を伴う見えない砲弾のように、2人の腹を殴打した。



「ガッ……!?」

「かふっ……!」



 突如、見えない何かで腹部を殴打され、2人は数メートル吹き飛ばされた。



「な、が……!」

「ごふっ……くっ……!」

「へえ、ガードできずまともに食らっても、まだ立てるのか」



 吐血しながらもまだ立っている2人を見て、ロウンは猛獣のように口角を上げた。


 空掌打は目に見えない初見殺しの技だ。

 ロウンが使えば、並みの実力者や魔物なら既に絶命している。

 しかし、この2人は立っている。これは嬉しい誤算だった。



「テメェらのことは生け捕りって命令が出されてるが、こりゃもう少し痛めつけても問題は──あ?」



 その時、今まで腰に当てていた右手から一気に力が抜け。

 1ミリも動かすことができなくなった。


 こっちの手は、さっきまでサノアの攻撃を受けていた方だ。

 サノアの『ダメージの累積』も、完璧ではないが可能な限り受け流してきた。

 だから右腕が動かなくなるまで、まだ時間がかかるはず。


 でも、動かせない。力が入らない。

 例えるなら、肩から先の感覚が、一気に消失した感じだ。



「358打。ようやく効いてきましたか。常人の数倍の筋肉量と受け流しで、想定より時間は掛かりましたが……あなたの右腕は、しばらく使えませんよ」

「……そうか。テメェ、流す魔力を少しずつ増やしてやがったのか」



 最初流されたのは、ロウンですら気付かないほどの微量の魔力。

 次はその魔力より少し多めに、その次も、その次も、その次も。


 そして358打目には、今まで流してきた魔力に加えて相当の魔力が流し込まれた。

 その結果、右腕が動かせなくなった。


 ロウンに気付かせないほど、繊細で緻密な魔力コントロール。

 思わぬ事態に、ロウンは焦りを覚え──



「ま、テメェらを相手にするなら、右手がないくらいいいハンデだろう」



 ──ていなかった。

 むしろ冷静に、左肩を回して獰猛な笑みを浮かべる。



「さあ、俺をもっと楽しませろ──!」

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