【純文学】羊羹でできた洋館

 男には小さなころからの夢があった。

 それは洋館を羊羹で作ることだった。日本家屋ではいけない。洋館でなければならないのだ。洋館と羊羹――まったく異なるものを示す言葉だが、読みは同じ『ようかん』だ。だからどうした、と言われればそこまでだが、男はどうしても羊羹でできた洋館を作りたかった。深い意味はない。死んだ両親が作ってくれ、と言ったわけでもない(大体、彼の両親はまだ生きている)。ただ作りたい。それだけだ。

 男は実業家として、ある一定の成功を収めた。金持ちというほどではないかもしれないが、まずまずの金銭を持っていた。彼は田舎の土地を買い、まずは地面を整備した。綺麗な白い石を隙間なく並べ、その上にレンガのような形をした羊羹を積んでいく。羊羹は知り合いの和菓子屋にたくさん作ってもらった。

 羊羹と羊羹のほんの少しの隙間には、砂糖と蜜を溶かした特製の液を塗りこんだ。男一人ではいつまでたっても終わらないので、人を雇って一週間ほどで完成させた。黒く艶やかな羊羹洋館。芸術作品といっても通用するだろう。

 嗚呼、なんと美しいのだろう!

 男は早速、その洋館で暮らし始めた。洋館の中の調度品各種ももちろん羊羹でできている。そこは徹底している。羊羹でできたソファーに腰かけ、羊羹でできたテレビを見ようとリモコンを手に取る。しかし、羊羹でできているので、リモコンのボタンを押してもテレビはつかない。

 ソファーの背にもたれ、深呼吸をする。家の中は甘い甘い空気で満たされていた。それは合法的であるが、気分がハイになった。頭が蕩けてしまいそうな甘さ。匂いを嗅いでいるうちに腹が減ってしまった。

 冷蔵庫のドアを開ける。中には様々な形をした羊羹が入っていた。スティック状の羊羹を取ると、むしゃりと一口食べる。うまい。羊羹をばくばく食べて腹を満たすと、なんだか眠くなってきた。眠い。寝よう。

 羊羹ベッドに潜りこむ。べとべとしているところは少々不快だったが、男の体重がかかると、形状が変わるのはとてもよい。甘い空気に満たされながら男は眠りについた。

 ぞわぞわ、ざわざわ、というよくわからない不快な音で男は目を覚ました。音は洋館の外から聞こえる。外に出て様子を見てみよう。

 ドアを開けると、羊羹でできた洋館の壁が大量の虫で覆われていた。艶やかな黒い壁面が、気色悪い蠢く黒い壁面へと変化していた。外に出て唖然と様子を見ていると、無数の虫に壁面を侵食されていき、やがて壁に穴があいた。穴は虫食い状に、ポコポコと大量にあき、最終的には鈍い音を立てて、洋館は崩れ落ちた。

 男の夢は一瞬で崩れ落ちた。

 やはり、羊羹で洋館を作るのは無謀だったのだろうか?

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