【コメディー】ゾンビニエンスストア
クエストを終えた俺は、冒険者ギルドで報告を済ませ、報酬を受け取った。決して大金ではないが、一週間くらいは生きていける金額だ。
「さて……」
小腹が空いたな。
近年、異世界〈地球〉の技術がこの世界にやってきて、文化レベルが大きく向上した。街を歩けば、コンビニエンスストアなるものが、あちこちに存在する。
コンビニエンスストア――通称コンビニは、とても便利な店だ。外観はどう見ても、この世界とは馴染まず違和感だらけだが、その便利さには敵わなかった。
異なる次元に存在する異世界には、魔法という概念がないらしい。その代わりに、文化レベルは我々よりずいぶん上を行く。
コンビニは雑貨屋のように、様々な商品が売っている。値段も比較的安いし、何より質がいい。
悔しいことだが、この世界は文明による侵略を受けている。あと10年か20年か、さほど経たずしてこの世界は地球に征服されるだろう。きっと、冒険者ギルドなんて組織もなくなって、もっと高度でシステマティックな組織が誕生するのだろう。
暮らしが便利になるのはいいことだが、どこか寂しくもある。俺が小さな子供のときに見ていた景色は、きっとなくなるのだろう。
そんなことを考えながら、俺は10番街にあるコンビニに吸い寄せられるかのように入っていく。初めて入る店だ。
「いらっしゃいませー」
コンビニに入ると、どこも店員が元気よく挨拶をする。
しかし、この店の店員の挨拶はどこかおかしい。具体的にどこがおかしいのかというと――声が、低くかすれていて、むりやり言語化しているかのようだ。
その声は、人間の発する声とは違うような気がする。名前もわからぬ不気味なモンスターが発する叫びのような、そんな感じ……。
俺はレジにいる店員を見た。
「なっ……」
驚いた。顎が外れそうになった。
コンビニ制服を着た店員は、男女1名ずつ。年齢は20代だろうか。……いや、そんなことはどうでもいい。重要じゃない。
重要なのは、その店員が――ゾンビだということ。
ゾンビ。
蘇って動いている、人間の死体。といっても、典型的な一般的に想像するゾンビとは少し違う。死体ではあるけれど、まあまあ綺麗だ。綺麗というのは、腐って肉が剥がれ落ちていない、生前に近い状態を保っている、ということ。
しかし、ゾンビであることには変わらない。一目見て、生きている人間と間違える人は、まあ、まずいないだろう。
どうして、ゾンビがコンビニにいるんだ? というか、何らかのアクシデントがあってコンビニに侵入したわけじゃなくて、制服を――しわのない綺麗な制服を着て、店員をやっているって……?
俺は混乱のあまり、剣の柄に手をかけたまま、店の入口で硬直してしまった。どうすればいいのかわからない。脳が情報を処理できていない。
レジにいるゾンビは、俺を見ても襲ってこないし、かといって馴れ馴れしく話しかけてきたりもしない。人形のように突っ立っている。
レジの奥から誰かがやってきた。20代の男だった。彼はゾンビでなく、人間だ。線が細くて、格闘は苦手そうだ。魔法使いのような趣がある。
「いらっしゃいませ」男は言った。
「……あー、っと……」
「どうかされましたか?」
「いや、そのっ……」俺はゾンビ店員を指差した。「このゾンビは一体……?」
「おや、お客さん。我がコンビニに来るのは初めてですか?」
「ああ」俺は頷いた。
「店に入る前に、店名の載った看板を見ませんでした?」
「え? あー……見てない、な」
「見てみてください」
そう言われたので、俺はコンビニの外に出て、看板を見てみた。
そこには『ゾンビニエンスストア〈ゾンビーズ〉』と書いてあった。ロゴはデフォルメされた、かわいくも少し不気味なゾンビのイラスト。
「ゾンビニエンスストア?」
「ええ。ゾンビニエンスストアなので、ゾンビが店員をやっているんですよ」
わけがわからない。しかし、店長の口調はごく当たり前のことを説明しているかのようだった。ゾンビニエンスストアを知らない俺のほうが非常識かのように。
「ゾンビニエンスストア?」俺はもう一度言った。
「ここ数年、少しずつ増えているんですよ、ゾンビニ」男は言った。「そのうち、コンビニの過半数がゾンビニになるんじゃないか、などとも言われているんですよ」
「まさか」俺は真顔だった。
店内に戻って、ゾンビ店員をもう一度観察する。ゾンビの仮装をしているのではなく、やはり間違いなくゾンビだ。
「どうして、ゾンビを店員にしてるんです?」
「経費削減です」
「というと?」俺は詳しい説明を求めた。
「人間を雇うとなると、人件費がかかります。人件費というのは馬鹿になりません。人を雇えばその分だけ、商品の値段を高く設定しなければなりません。そうしなければ利益が出ませんから」
そう言うと、店長は突っ立っているゾンビ店員(男)の肩を叩いた。
「しかし、ゾンビならば人件費はかかりません。ゼロなのです。ですから、その分だけ商品を安くすることや、利幅を増やすことができるのです」
「なるほど」俺は感心した。
「それに、ゾンビは人間と違って疲れを感じません。文句ひとつ言いませんし、歯向かうことだってありません。どうです、すばらしいでしょう?」
「すばらしいな」
面白いことを考えるな、と俺は思った。賢い人間は頭を使って、画期的なアイデアを生み出し、うまいこと儲けるのだ。俺も見習わなければな。
「しかし、このゾンビたちはどうやって動いてるんだ? 機械のように電池やぜんまい仕掛けってことはないだろう?」
「魔力です」男は答えた。「ネクロマンサーが魔力によって操ってるのです。人形遣いのように」
「ということは、あんたはネクロマンサーなのか?」
「ええ。あそこをご覧ください」
男はレジの奥の壁にかかった額縁を指差した。額縁の中には、賞状が収められていた。それを俺は目を細めて読んでみる。
「一級ネクロマンサーの資格を授与します――」
「私は国家に認められた一級ネクロマンサーなのです」男は胸を張って言った。
一級というのが、どれほどすごいものなのかはわからない。というか、そもそもネクロマンサー資格は何級まであるんだ? 階級が上がると、どれくらい違うのだろうか?
「知らなかったな、そんな資格があるだなんて」
「マイナーなんです」男は言った。「ですが、この資格を持っていれば食い扶持に困ることはありませんよ。素晴らしい資格です」
俺も一級ネクロマンサーの資格を取ってみようかな。俺の能力じゃ、冒険者として金持ちになることなど不可能だ。そのうち、クエストに失敗して死んでも不思議じゃない。
「〈ゾンビーズ〉では、一般的なコンビニにかかる人件費を削減した分、商品をお安く提供させていただいております」男は言った。「たくさん買っていってください」
俺は頷くと、商品が陳列された棚へと向かった。
店の自動ドアが開いて、客が店内に入ってきた。
「いらっしゃいませー」店長が頭を下げた。
追従するように、ゾンビ店員も「いらっしゃいませー」と言って、頭を下げた。
◇
なるほど、確かに商品の値段は安かった。一般的なコンビニはもちろんのこと、安さが売りのスーパーをも上回る値段設定。
ここまで安いと怪しささえ感じてしまうが、安さの理由を知っているので、安心して買い物ができるというわけだ。
俺はたくさんの商品を持って、レジに向かった。ゾンビ店員が会計をしてくれた。それは不気味であると同時に、少し面白みのある光景だった。
「1100ゴルドになります」
ゾンビの声はまだ慣れない。びくっと反応してしまう。ダンジョンの曲がり角で、モンスターに出くわしたような気分だ。
俺は金を支払うと、商品の入ったレジ袋を持って店を出た。
「ありがとうございましたー」
◇
ゾンビニエンスストア〈ゾンビーズ〉には週に2、3度のペースで通った。このコンビニは盛況のようで、客足が絶えない。皆、安さを求めてやってくるのだ。
ある日。
俺はいつものようにクエストを済ませ、〈ゾンビーズ〉へと向かった。今日は何を買おうかな、何か新商品売ってないかな、などと胸を膨らませながら――。
しかし、〈ゾンビーズ〉は営業していなかった。店の周りには、国軍警備隊の屈強な男たちがいた。何か事件でもあったのだろうか?
「あの」俺は国軍警備隊の男に話しかけた。
「ん、なんだ?」
「この店――〈ゾンビーズ〉で何かあったんですか?」
「このコンビニは死者を操って――つまり、ゾンビを店員として使っていたんだ」
「? それがどうかしたんです?」
俺がそう言うと、男は呆れたようにため息をついた。
「死者を操るのは、基本的に法律違反だ。ネクロマンサーの能力――ネクロマンシーの使用は厳密に制限されてるんだ。知らなかったのか?」
「知りませんでした」
「お前はこの店の常連だったのか?」
「常連ってほどでは……週に2、3度くらいです」
「常連じゃないか」男は言った。「お前、ゾンビが店員をやってるのを見て、不思議に思わなかったのか?」
「まあ、思いました」
俺は初めて〈ゾンビーズ〉に行ったときの、店長との会話を、国軍警備隊の男に話した。彼は俺の話を聞いて苦笑いした。
「一級ネクロマンサー、ねえ……。そんな国家資格はないぞ」
「でも、額縁に入った賞状が飾ってありましたよ?」
「そんなのいくらでも偽造できる」男は言った。「用意周到だな……いや、ゾンビが店員をやってることなんて、遅かれ早かれ我々の耳に入っただろうから、間抜けなのか……?」
「ここの店は――土地はどうなるんですかね?」
「さあな。でも、普通のコンビニになるんじゃないか」
そう言うと、彼は去っていった。
ゾンビニエンスストア……いいアイデアだと思ったが、法に思い切り触れることはやってはいけない。死者を自分勝手に操り利用するのは、彼らに対する冒涜だろう。
今度はここにどんなコンビニができるのだろうか?
楽しみだ。
◇
次にできたコンビニは、〈スレイブンズ〉という名前だった。価格は〈ゾンビーズ〉ほどではなかったが、なかなか安い。
俺は週に2、3度のペースで通い、店員とも親しくなった。このコンビニで働いている人たちは、前の店とは違って皆人間なのだが、全員がゾンビのように青白い顔をしている。頬はこけてやつれている。
「なあ、顔色悪いけど大丈夫か?」
「ええ、大丈夫ですよ……」
店員の男はどう見ても大丈夫そうには見えなかった。生気が感じられない。
「まだたったの40時間しか働いていませんから……」
「週に?」
「いえ、連続で」
「それは……大変だな」俺は言った。「丸二日働いて、一日休みとかなのか?」
「いえ。休みは週に一日――24時間しかありませんよ」
ははは、と乾いた笑い声を出した。
一週間は7日。ということは、一日3~4時間しか休めないということか……。
ブラックだな。
「あー、でも、忙しい分、給料はいいのか」
「月15万ゴルドです」
「……」
冒険者の俺のほうが働いている時間は短く、遥かに稼いでいる。とはいえ、俺の職業はリスキーだし……と思ったが、週に144時間も働いたらそのうち過労死してもおかしくはない。
「他の職に就こうとは思わないのか?」俺は尋ねた。
「俺なんかじゃ、他の職には就けませんよ……。それに、俺がいなきゃ〈スレイブンズ〉はやっていけないだろうし、辞めたら他の店員に迷惑がかかりますから……」
「そ、そうか……」
〈ゾンビーズ〉も〈スレイブンズ〉も似たようなものじゃないか、と俺は思った。
はたして、〈スレイブンズ〉はいつまでもつのか……?
◇
案の定、〈スレイブンズ〉の経営者もすぐに逮捕された。
死者をゾンビとして操ってコンビニを経営するのと、人間をゾンビのように操ってコンビニを経営するのは、どちらがマシだろうか……?
どちらも似たようなもので、本質的には何ら変わらないのかもしれない。
客が安さを求め、それにこたえるために経営者は人件費など諸費用を極力減らそうとする。もしそうなら、安さを求めた俺も、経営者たちと同様に罪深い存在かもしれないな……。
かつて、〈ゾンビーズ〉で、この前まで〈スレイブンズ〉だった店舗は、またコンビニになるらしい。
今度は普通のコンビニになるといいな、と俺は思った、
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