【ハイファンタジー】恋人を寝取られるたびに強くなる男

「ネ、ネラト!? こ、これは違うの! 私はただ……」


 ああ、またか……。

 また、寝取られてしまったのか。


 俺がクエストを終えて家に帰ると、恋人のキャシーが知らない男とベッドでまぐわっていた。

 ショックではある。だが、慣れてしまった。今度こそはという思いと、また寝取られるのだろうという思いを同時に抱くのだ。


「キャシー、出て行ってくれ。それと、君とは別れることにするよ」

「そ、そんな――」

「頼むから、早く出て行ってくれ。でないと、俺はそこにいる男をボコボコにしてしまうかもしれん」

「……わかったわ」


 キャシーと男は服を着ると、俺の家から出て行った。


 ポーン、と不思議な音が頭の中に響く。


『ユニークスキル〈寝取られ強化〉が発動しました。ネラトのレベルが253から263へとアップしました』


 声の主が誰なのかはわからない。女ということくらいしかわからない。


 モンスターを倒したわけじゃないのに、レベルが10もアップしてしまった。まったく……ふざけたスキルだ。


 王国トップクラスの実力者でもレベルは二桁である。レベルは上に行くほど上がりにくくなる。だが俺のレベルは、安定して上がっていく。


 世の中にはスキルというものが存在する。これは基本的に生まれたときに所持しているもので(後天的に手に入ることもある)、中でもユニークスキルは他に所持している者のいない、世界にたった一人しか所持者のいないスキルである。


 俺のユニークスキルは〈寝取られ強化〉。


 恋人を寝取られる確率が上がり、恋人を寝取られた際にレベルがアップする。強力なスキルではあるが、恋人ができるたびに寝取られるのはきつい。


 今まで何度恋人が寝取られてきたか。数を数えるのは、とっくの昔にやめた。虚しくなるだけだ。


 クエストをこなして、鬱憤を晴らすことにしよう。


 ◇


 俺が冒険者ギルドに入ると、中にいた冒険者たちが俺のことをちらちらと見てくる。俺のレベルが100を超えているということを、彼らは知っているのだ。だが、レベルが263もあることは知らないはずだ。


「おい、ネラトだ」

「あいつってレベル100超えてるんだろ……?」

「一体、どれほどの努力を重ねたんだろう?」

「恵まれた才能に驕らず、ストイックに努力を積み重ねる。実に素晴らしい」


 ああ、恋人に寝取られるって努力をしたよ……。

 それ以外は大したことはしていない。〈寝取られ強化〉のおかげで、俺はここまでたどり着けたんだ。


 申し訳ない気持ちでいっぱいになる。俺はストイックな人間なんかではない。ただ才能に恵まれた(?)だけなんだ……。


 冒険者ギルドの受付嬢たちが、キラキラとまばゆい視線を送ってくる。


「ネラト様、かっこいい」

「ねえねえ。ネラト様って恋人とかいるのかな?」

「そりゃ当然いるでしょ」

「いいなあー。私もネラト様と付き合いたいなあ」


 どうせ俺と付き合っても、浮気するんだろ。つまり、寝取られる。


 これ以上強くなったところで、力の使い道なんてない。だから、もうレベルは上がんなくていい。その代わりに、寝取られるのをやめたい。どうして、恋人ができるたびに寝取られなければならないんだ!?


 〈寝取られ強化〉――恋人を寝取られる確率、上がりすぎだろ。今のところ、100パーセント寝取られてるぞ。


 もう、うんざりだ。

 どうすれば、恋人を寝取られずにすむのか……?


 俺の恋人を寝取ろうと近づいてくる男を、片っ端から殺していくか? 

 昔、殺すところまではいかなかったが、片っ端からボコボコにしたことがある。だがしかし、隙を見て寝取られた。一瞬でも隙があれば、寝取られるのだ。隙を皆無にするのは、きわめて難しい――というか、不可能だ。


 いっそのこと、男を恋人にしてみればいいのでは? そう思った。

 俺はゲイではないのだが、男の娘はいける(付き合ったことはないが)。かわいい男の娘は、実際の女よりもかわいかったりするのだ。


 俺はクエスト掲示板で数多のクエストを吟味して、ドラゴン退治のクエストを受けることにした。


 クエスト依頼用紙をもぎ取って、ある受付嬢のもとへと持っていく。その子は一見、女の子にしか見えないが、実際は男の娘である。


 名前はシル。

 銀髪ショートボブの男の娘。


「あ、ネラトさん。こんにちは」

「おう、こんにちは」


 いつも通り挨拶する。


「このクエストを受注したいんだが」

「わかりました」

「あ、それと……」

「? なんですか?」

「今夜、空いてるか?」

「ふえ?」


 シルは目を丸くした。


「飲みに行く相手がいなくてな。よければ一緒に飲みにいかないか?」


 俺が誘うと、シルはあからさまに動揺した。


「えっ!? も、もしかして二人きりでですか?」

「ああ」

「ほ、本当!? 嬉しいな……」


 えへへ、とシルの頬が緩む。


 どうやら、嫌がってはいないようだ。むしろ、言葉通り嬉しそうに見える。シルは俺に対してかなりの好意――いや、もしかしたら、それ以上の感情を持っているのかもしれない。


「じゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃいませ」


 ◇


 次の日の朝。


 目覚めると、隣にはぐっすりと眠っているシル。


 昨日の夜、クエストを終えた俺と、仕事を終えたシルは、酒場へ飲みに出かけた。そこで酔っぱらった俺はシルに告白した。


「付き合ってくれないか」


 ――と。

 それに対してシルは、


「はい。よろこんで」


 と、目を輝かせて言った。


 というわけで、俺たちは付き合うこととなった。


 俺が今まで付き合ってきたのは全員女だった。だが、シルは男の娘だ。さすがに寝取られはしないだろう――。


 そう思った。思ってしまった。油断していたのだろう。

 それは希望的観測。現実は絶望的だった。


 ◇


 シルと付き合って一か月ほどが経ったある日のこと。俺は金を稼ぐために冒険に出かけた。


 夜、家に帰り玄関ドアを開けようとした、そのとき――。


 声が、聞こえた。


 複数の声。


 嫌な予感がする。俺の額を一筋の汗が流れ落ちる。口の中が異常なほどにかわいている。胸が苦しくなる。


 思い切って、ドアを開けた。

 そこには――。


「ネ、ネラトさんっ!?」


 シルが知らない男と――いや、知っている女とまぐわっていた。あの女はもしかして――いや、間違いない……。


「キャシー……」

「久しぶりね、ネラト」

「どうしてだ?」

「私を振ったあなたに対する復讐よ。シルはもう私のものなのよ」


 キャシーはシルを後ろから抱きしめた。


「ごめんなさい、ネラトさん……。ボク、やっぱり女の人と付き合いたい……。ネラトさんのことは好きなんだけど……」

「……わかった。今までありがとう」俺は言った。「俺は男と付き合おうが、女と付き合おうが、寝取られる運命なんだな」


 服を着たキャシーとシルが出て行った。


 ポーン、と不思議な音が頭の中に響く。


『ユニークスキル〈寝取られ強化〉が発動しました。ネラトのレベルが263から278へとアップしました』


 レベルが15もアップしてしまった。


 どうすれば。

 どうすれば、俺は恋人を寝取られずに済むのか……。

 俺は一人、夜の闇の中で静かに泣いた。


 ◇


 その後も、恋人ができるたびに寝取られ続け、ついに俺のレベルは400を突破した。俺に敵う者はこの世界に誰一人としていない。


 圧倒的強さは、俺を孤独にさせた。

 精神が摩耗していく。


 俺はいつまで恋人を寝取られ続けるのか――。


 ◇


 ある日のこと。

 俺がクエストをこなし家に帰ってくると、


『ユニークスキル〈寝取られ強化〉を消したいですか?』


 脳内に声が響いた。


「なっ……!?」


 驚く俺に、女の声は続ける。


『一度、スキルを消したら、二度と同じスキルを得ることはできません。それでも、〈寝取られ強化〉を消したいですか?』

「ああ。こんなスキル、俺には必要ない!」

『わかりました』


 俺の目の前に魔法陣が現れた。そしてそこから一人の女が現れる。20歳前後の、恐ろしいまでに美しい女だ。


「あんたは……?」

「私は女神ネトエルです」


 女は名乗った。


「この世界に住む人々のスキルは、すべてこの私が与えたものなのです。ゆえに、スキルを消し去るのは、私にとって造作もないこと」

「どうして、あんたは〈寝取られ強化〉なんてスキルを俺に与えたんだ?」


 純粋に疑問に思い、俺は尋ねた。


「簡単に、何の犠牲もなく強力な力を得るのはよくないと私は思っています。力を得るためには、それ相応の対価が――犠牲が必要なのです」

「わからないな。どうして、俺に力を与える必要性があったんだ?」

「それはですね、あなたが私の好みどストライクだからです」


 ネトエルは恥ずかしそうに、頬に手を当てながら言った。


「……」

「私はあなたがこの世界に生まれる前に、あなたの将来の姿――つまり、今の姿ですね――を知ることができたのです。好みのあなたには超強いスキルを与えたい。だけど、何のデメリットもないスキルを与えるのはよくない。それに、あなたが恋人と結婚して幸せになってしまうのも、とても悔しい。だから、〈寝取られ強化〉というスキルを与えざるを得なかったのです」

「……」


 なんなんだよ、その理由は……。


「ネラト。あなたには大変申し訳ないことをしました。〈寝取られ強化〉は私が責任をもって消し去りましょう。その代わり――というか、報酬として、私と結婚してください」

「嫌だと言ったら?」

「〈寝取られ強化〉を消してあげませーん」


 ネトエルは女神らしくない、子供のような口調で言った。


「なんだそれ……」

「さあ、言え。言うのです。ネトエル大好き。超かわいい。結婚して、と」

「ぐっ……」

「私と結婚すれば、寝取られることはありませんよ。私は懐が深いので、ネラトが他の女と深い関係になっても許してあげますよ」

「ぐっ……」

「言ーえ言ーえ言ーえ言ーえ言ーえ言ーえ言ーえ言ーえ」


 俺は、俺は、俺は、俺は……っ!


「……わかった。結婚しよう」


 俺は女神と結婚した。


 ◇


 一年後。


 俺は地上でクエストをこなし、天界にある家へと戻った。家の中に入ろうとすると、中から声が聞こえた。

 それはネトエルと、もう一人女の声。


 天界には女神しか住んでいない。それはつまり、男は俺以外に住んでいないということ。

 友達かなと思ったが、嫌な予感がする。


 かつて付き合った男の娘シルは、女に寝取られた。

 寝取ってくる相手は男とは限らないのだ。


 俺は覚悟を決めて、ドアを思い切り開け、家の中に入った。


 そこには――。

 ネトエルが同僚の女神と、ベッドでまぐわっていた。


「こ、これは違うんです!」


 ……。

 …………。

 ………………。


「やっぱり、寝取られたじゃねえか!!!」

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